転調
何処へ行こうとしているのか、僕はよく解らなかった。
ただ、遠くで悲鳴と、剣戟、そして銃声らしきものが聞こえた。
おそらく、他の階でもマレビトは暴れまわっているらしい。
…何も考えたくなかった。
沢山の人間が死んでいる。それくらい解る。
けれど、どうすることも出来なかった。
良心は痛まない、けれど、声が耳から離れない。
「頭が、どうかなりそうだ」
「ええ」
熊崎と、そんな事を言っていた。
階下で階上で、誰かが死んでいる。殺されていく。
けれどどうすることも出来ないし、しようとも思わない。けれど、人は死ぬ。頭が、どうかなりそうだ。止める事も出来ない、無力さを僕は感じていた。
…おそらく、このタワーズでの惨劇もクサナギ計画のファクターとして組み入れられているのでないか僕はそう考えていた。
竹川が言っていたじゃないか、人を切れば、応化義杖は強化されると。
…つまり、誰かは知らないが、七支の誰かが計画してここれを引き起こしているのだろう。
もしかしたら、七支の候補、それか五位。
…いや、敵対組織の儀杖も殺しているかもしれない。
兎に角、僕は胸糞悪かった。
僕らは無言で、非常階段を下りる。このまま下まで下れば、脱出できる筈だ。
しかし、ある階に差し掛かったところで、壁にぶつかった。
「ダメ、塞がれてる」
誰がやったか知らないが、大量の椅子や机が投げ込まれて、そこから先の階に降りられそうに無い。
「迂回しましょう」
「ああ」
僕らは、仕方が無く、その階で戻った。
非常口から、その階に入ると、どうやらホテルのフロアだったようだ。
革張りのソファがあり、大ホールへと続く扉がある。遠くで、聞こえた剣戟が近くなった。どうやら、ホールで誰かが戦っているらしい。
僕は近寄りたくなかった、しかし熊崎は何故かふらふらと近寄って行った。
「お、おい!」
呼び止めるより速く、熊崎は、扉を開け…そして行き成り走った。
熊崎が扉を開けたから、中が良く見えた。
そこには四人の死体と、折れて血を流す武器がある。
…あと、誰が持ち込んだのか、鞘込めの刀が一振り。
そして、その瞬間だった。
部屋の真ん中で争っていた、戦いが終了した。
沢田が瀬古に腕を斬り落とされ、そしてまた瀬古もまた沢田に斬られた。だた、沢田の一撃は瀬古を倒すには至らなかったが、応化の要である鞘を傷つけたらしい。
応化が解けた義杖ごと止めを刺したのは、…畠だった。
背後からの突き。
錦竜が瀬古の胸を貫通するほどの威力だった。
立っていたのは、二人だけ。
白刃を携えた、畠と、沢田に駆け寄る熊崎だ。
苦しそうに腕を押さえているの、沢田を庇う様に傍らに屈み熊崎は畠を睨んだ。
ここからでは、何を話しているのか、まったくわからない。
しかし、只ならぬ雰囲気だった。
熊崎と、畠は睨み合った。僕は、状況が、飲み込めなかった。ただ、畠は沢田と熊崎に一言二言云うと、非常口へと歩き出した。
何を話したのかえ、定かではない。
が、一つだけ僕にも解った事がある。
振り返る、その一瞬。
畠は僕に気付いた、僕も畠と視線があった。
不適に笑んだ、畠は、何も言わずに立ち去った。
「…ッ…」
僕は、追わずにいられなかった。
僕はホールに入った。だが、なんて、タイミングが悪いんだろう。応化が解けた芹沢と熊崎は、僕の顔をみて驚いていた。
どうやら、僕が逃げたものと思っていたらしかった。
けど、僕は、そんな二人に構わず、瀬古達に近寄った。
瀕死だった。
「…五位、俺はもうだめだ」
血痰を吐きながら、言った。
彼は、己と彼女の鮮血で紅く染まる彼女を強く抱き寄せながら、言う。離れないように、女を引き寄せながら。
「鞘が埋まった腕を移植すれば、二本使える…だから俺の腕を使えと言ったかったが」
流れる血が止まらない、沢田は、こう言った。
「無、」
そこで、彼は事切れた。
何が言ったかったのか、結局、解らなかった。
けど僕は、二人を看取った。目をそらさなかったし、沢田達が死に絶えるその時まで、視線を逸らさなかった。僕は、立ち上がる。四位達は、畠の凶刃にかかった。
なら、裏切り者は明白だ。
四位、彼が裏切り者だ。
非常口へと、畠は消えた。残されたのは僕と熊崎と、死体の山だ。
腕を切られた沢田は気を失っていた。青い顔をして、呼吸は荒い。芹澤は切断面を押さえている。不安そうに、熊崎も寄り添っていた。
…近くには、七支候補達の骸がある。
死と生。
僕はその二つに、背を向け、名も知らぬ七支候補が残したのであろう刀を執る。
畠を追わねばならない。
アイツから、きかなくちゃならない。
そして僕は、アイツが乗った非常口を目指す。そして、作業用のエレベーターを待っていると、熊崎が僕の前に立ちはだかった。彼女は、複雑な顔をしていた。
どうやら、沢田を芹澤に任せ、きたらしい。
「だめ、直江」
「どいて」
僕は熊崎に言った。彼女だから、そう言った。
「だめだよ、直江」
「どいてくれ」
僕は、言っても無駄だと、悟る。拳を固めた。
そして、僕は、謝りながら拳を振るった。
「ごめん」
熊崎の腹部に、拳を入れた。当然だが、彼女は、腹部をおさえ蹲る。僕は、エレベーターに乗り込みながら、彼女にこう言う。
「謀反の旗で、聖を殺すのはやめろ。お前の、剣が悲しむぞ」
沢田と、芹澤の名前を僕は挙げて、そうとだけ言った。
僕は、閉のボタンを押して、エレベーターの扉が降りていくのを眺めていた。その間に、少し動けるようになった熊崎が、僕を金網越しに見て、言う。
「…まってよ、それじゃ、あんんたが救われない」
「救いが無いって、救いがあるんだよ」
僕は、坂口安吾の小説からの言葉を引用すると、彼女に背を向けた。
もう語ることは何も無い。
エレベーターが閉まる、僕は外道だと、今更ながらに理解した。