瀬古の腹積り
「流石、嶋の後釜だ。お前、変だ」
そう呟きながら、五位はゆらりと小太刀を携える。
ピン、と空気が張りつめるような、錯覚。敵から浴びせられる殺気を知覚しながら、僕は咎獅子を構える。
熊崎は、何も言わない。
「機構にいる地点で普通じゃないんですよ」
言うが早いか、僕から先手を撃った。
上段からの薙ぎ。得物の間合いから防げないとふんでの一撃だった。
咎獅子は問答無用で五位の首を跳ねようとした。
が、それを五位が許すはずがない。逆手に握った小太刀が、動く。先んじて咎獅子の軌跡に入ったと同時に、僕の一撃を防ぎきる。
鉄を打つ感触に、手のひらに痺れが走る。
しかし、それを気に止めている時間は、無かった。五位はクルリと、小太刀を反転させたかと思うと、ソイツをしごき出す。
密着されたままの、その突き。
ソイツは、恐るべき速さであった。
閃光に顔を背けるように、首を捻っていなければ、喉をやられていただろう。
浅く斬られた皮は痛むが、俺は間合いに入った奴を迎撃しようと構える。
今度は、多少の防御などへし折るつもりの一撃。それを、五位は避けるでもなく、全く別の対処で応じた。
「!」
足の痺れと同時に、視界がずれる。
---刀は引っ掛け、本命は足払いか!
そう僕が自分が転んだと知ったが速いか、向こうは突きを繰り出す。このまま僕が受け身で手をつけば、斬られる。不十分な体勢だが、無理やり防御するしかない。
背を強打し、息がつまりながらも僕は峰でその突きを弾く。
行動の速さを優先した為だろう、渾身には程遠い突きは、容易く弾けた。
しかし、状況は悪いままだ。
体勢が悪すぎる。二打目を防げるとは到底思えない。しかし、諦めるものか。のし掛かるように、五位が剣を向けるなか、僕は手を打った。
“熊崎ッ“
俺の呼び掛けに答え、いつかのように刀身が伸びる。
その分、重量も増すが、関係ない。起き上がった後、一刀両断してみせよう。痺れる足に力を込めつつ、右手で刀身を握って、その斬撃を防ぐ。刃を握っているのだ、指をことごとく斬ったが、右手を添えた効果はあった。
体重を載せた攻撃をなんとか防ぎ、僕は左足で五位を蹴っ飛ばす。
僕が蹴った事で、五位は後ろに引き、僕はその隙に立ち上がる。
急所は外れ、代わりに右手を犠牲にしたが、まだ戦える。
僕は傷ついた右手を柄に添え、再度構える。
…そんな時だ、五位はいきなり発言した。
「驚いた、本当にお前、再契約した人間か?二段目が使えるなんて、知らなかった」
一瞬見せた隙。
しかし切り捨てるには遠い間で、五位がそんな発言をしたものだから、僕は怪しんだ。どうやら五位が驚いているらしいとは解ったが、殺し合う最中に話しかけられるなど、誰が予想できるか。
僕は、構えを解かず、好機にはすぐさま斬れる体勢のまま、五位の発言を聞くことにした。
「協力しようや、四位」
“罠よ“
熊崎が指摘する。
僕は、彼に尋ねた。
「裏切ったんじゃなかったのか?」
「裏切る?」
瀬古はひょうげてみせる。
「とんでもない、鞍替えしたって俺は機構の儀仗を持ってるんだぜ」
「おまえの話の筋は通ってない」
僕が指摘すると、瀬古は言った。
「向こうは俺を信用してない。俺もおまえを信じてない。試させてもらったぜ」
嘘か真か。
判断のつかない僕ら二人に、瀬古は言う。
「あいつらは、俺たちが同士討ちして欲しいだけだ。それに、本当の裏切り者は、六位だぜ」
…新事実だった。
確かに、裏切り者が七支の中にいたのは事実だと聞いていても、意外な人物の名前に。僕は驚いた。
「ちょっとまて、六位は殺されたぞ」
その質問に、瀬古は答える。
「二位が殺した」
「じゃあ、裏切り者はいなくなった、と言うことか?」
僕はそう期待して言ったのだが、瀬古は曖昧な答えを返しただけにとど待った。
「さあ…な」
僕は、その態度に不審な気配を感じたが、問いただすのは止めておいた。
「なんにせよ、あんたは何がしたいんだ?」
代わりにそう質問すると、瀬古は武器解除をしながら言った。
「保身だよ、俺たちのな」
僕と熊崎は対応に困った。