裏切り者?
マレビトの死体が音も無く燃える中、息を抜いたところで、熊崎の念話が入った。
“どうして…”
「たまたまさ」
そう言って僕は、床に咎獅子を突き立てから、応化を解いた。
何故熊崎はタワーズにやってきたのかとか、お前のために来たのだ、とは一言も僕は言わない。
所詮、僕の独りよがりだ。
そして熊崎を回収した今、ビルに残る必要は無い。
「本、読んだんでしょう」
僕は熊崎の服を拾おうとして、その一言で手を止めた。
僕は、嘘をつけたが正直に言った。
「読んだよ」
「何で、探しに来たの」
「さあ」
「探すなって書いたのに」
僕は、無言で服を彼女に投げる。
床に、布が落ちる音がした。
「兎に角、着替えてよ。話はそれからだ」
着替えが終わっても、僕ら二人の仲は、ぎこちなかった。
黙り込んだ熊崎を連れて、僕は廊下を歩いていた。
彼女がどうして、タワーズに来たのか?僕は、そのことを考えながら、エレベーター前に戻ろうとしていた。災害時で使えなくなっているかもしれないが、高速エレベーターのほうが早く戻れることに違いは無い。
どんな理由か、先ほどのマレビトを倒したら、突然このフロアからマレビトの気配が消えうせた。
しかし、またマレビトが襲い掛かることも十分にありうる。
だから、階段は避けたかった。そして、エレベーター前に辿り着くと、そこには先客がいた。
そいつは僕に、話しかけた。
「さて、マレビトの次は担い手か?」
「…さっきの槍使いは敵対組織だった。あんたは。どっちだ」
そう僕が言えたのは、待ち構えていたのが五位だったからだ。
裏切り者が誰だか解らない以上、熊崎以外すべて疑っておいたほうがいい。
果たして、瀬古は味方なのかと、思っていると向こうは、逆に質問してきた。
「なら、四位。お前はどっちについた」
「機構だ」
ここは、間違えない。
僕がそうはっきり主張すると、瀬古は残念そうでもなく言った。
「そっか、残念だ。俺は鞍替えするぜ」
敵対組織に移るらしい。
庁、って言うところだろうか。
「何故?」
裏切りの理由を知りたくなって、僕は彼に聞いた。
「何故って、敵だらけの機構には嫌気がさしたんだよ。安心できないからさ。その上、向こうはコチラよりも良い対応をしてくれるんだと。これは行かないとな」
「殺しているんだ、安心がなくて当然じゃないか」
「じゃ、絶対が欲しくないのか?」
「思わない」
大袈裟でなく、そこら辺に永遠や絶対が転がっているのなら、僕たちはそれほど、憧れはしないのだろう。
無いから欲しがるのだ。
持っていないから、何かを求める。
愛された事がないから、それを求める。
そして、無力を痛感するから力を欲する。
どれだけ欲しいモノを身に付けても、心が変わらなければ意味がないと言うのに。
「絶対とかに魅かれると思うんだが、衝動として」
「衝動なんかに従っちゃいけない」
「おいおい、心がないみたいに思えるぜ」
「僕は心をもっている。一個の人間として」
この心に変化がなければ、ただ人生を生きているだけに過ぎない。
漠然と生かされるだけなら、僕たちは檻の中の獣と同じだ。だから獣でなく、人であるために、僕らは強くならなければならない。
「それなのに、物欲と衝動にだけ従って、生きる?
冗談じゃない。考えもせず従うだけ、そんな生き方は楽なだけだ」
もっとも、僕のように言い訳を続けながら無関心で生きるのも褒められたモノでないのだが。それでも、そう思う。
僕の言葉に、瀬古は武器を構えつつ言った。
「おしゃべりはもういいだろ」