事案
熊崎を探すはずなのに、気付けば困難な状況になった。
回りの人間は閉じ込められたことでパニックを起こし、叫びまわりながら逃げて行った。加えて、その後、突如発生したホワイトノイズから現れたマレビトが混乱に拍車をかけていた。
僕は、息を殺して、状況を見ていた。
…静かになったものだ、叫び声がしなくなったと言うことは、槍使いが殺して回っているのか、はたまた僕のように息を潜めているのか…
僕は、そろそろと、移動を開始した。
そうやって、槍使いとマレビトを相手に、逃げていた時だ。
僕は意外な人間と出会った。
エレベーターの前のホール前まで僕は逃げてきた。だから、動いてきたエレベーターの戸が開いた瞬間、信じられなかったと言うより、二人の姿を見た僕は、初め本物かと疑った。
「なんで、」
思わず零れた僕の声が聞こえたのだろう。二人は僕の方へと向き直った。
向こうも意外だったようだ。
それはそうか、地味なクラスメートがいたんだから。
…向こうの方が驚いているかもしれない。
「直江君!だ、大丈夫?」
そうして慌てて芹澤さんは僕を気遣う。
その優しさは嬉しかったが、僕はこの二人の、敵だ。
クサナギ計画を企画した機関に属している事を知られれば、刃を交える間柄である。…ここで、下手な発言をすれば、僕は沢田に斬られる可能性もある。
よって何を言うべきか?
僕が考えていると、沢田が言った。
「巻き込まれたんだな…直江、今すぐ逃げろ、お前には関係ない話だ」
唖然としてから、僕はすぐ事態を飲み込んだ。
奴は僕のバックグラウンドを知らない。だからそう言ったのだ。
僕は、真剣な沢田の姿に笑いたかった。
---僕が、お前らの敵だと言うのに、コイツは僕を逃がそうとするらしい。
それで確信した。沢田たちは僕ら七支をよく分かっていない。
幸いなのか意図的なのか、彼らは僕が機構の四位であることを知らないようだ。
…なんとも皮肉な物だ、そんな状態で、こんな所で出会うとは。
徒手空拳の現状だ。
僕が担い手には見えないのも効を奏したのだろう。僕は自分の悪運に感謝した。
「早く、逃げて」
そう急かすように芹澤さんに言われてから、僕は、この二人が、ここにいる事が場違いだと気付いた。
かつてない量のマレビトに、機構に敵対する組織。
そして、七支の内部の裏切り。
僕ですら、実力不足を痛感しているのに、彼らが生き残れるとは思えない。もしも、仮に他の候補者や機構の七支と出会えば、終わりだ。その上、敵の応化儀杖も半端な数ではない。
そんな彼らが自殺行為に飛び込もうとしていることを疑問に思って、僕は聞いた。
「沢田達は、どうするのさ」
その質問に、沢田は即答した。
「お前を襲ったような奴らを倒してくる」
その時、僕はこの男を馬鹿だと思った。
「嘘だろ」
「ホントさ」
沢田は、自信を持って答えた。
この場に、もしも、熊崎がいたら全く同じことを考えだろう。
何故、沢田、お前は断言できるのだ?と。
…でも熊崎はそんな沢田を好ましく思い、僕は疎ましく思うんだと思った。
「だから、速く…」
に、と沢田の唇が動いた所までしか、僕は見ていなかった。
それより、僕は背後に現れた奴を見る。
「いた」
空気が、凍る。
沢田は、すぐさま振り返ると、槍使いに向き直った。
「さて、どちらが相手なのかな?」
この言い方で、僕はコイツが機構の人間でないと判断した。
となると庁の人間。
つまり、僕や沢田たちの敵。槍使いは、楽しそうに僕らの前に立ちはだかった。