彼女はどこに?
僕は、いつか奪ったコートを羽織ると、ただ彼女の部屋を目指した。
どうしてそうしたのかは、自分でも解らない。
けれど、会いたかった。
バイクでマンションに向かい、オートロックを抜ける。そして彼女の自宅前までくると、静かにノックした。
けれど返事が無い。
僕は二度目のノックをした。
やはり返事がないので、僕は痺れを切らしてドアに手をかけた。
「?」
鍵が、開いていた。
防犯上、倫理上ダメだが、僕は心が抑えられず、僕は、そのまま彼女の部屋に上がった。蛍光灯を点しながら、奥へと向かう。
しかし、奥のリビングには誰もいなかった。
何処へ、彼女は消えたのか。僕がそう思った時、テーブルの上に文庫が載っていることに気付いた。
熊崎が残した本を手に取る。
走れメロス、なんでこんな古典作品を読んだのだろうか?
僕は一度読んだ事の在る物語を開いてながらに読み直す。
…暴君を殺す事を決意したメロスは、暴君を手にかけるその前に、王に捕らえられてしまう。暴君はメロスを殺そうとするが、メロスは処刑される前に妹の結婚式に出る事を求めた。メロスの言葉を嘘だと信じない暴君だったが、メロスの友を身代わりにすることでメロスの釈放を約束する。
メロスは、結婚式に出た後、友の為、処刑台にまで走る…あれ?
「汚いな…」
おかしなことにページが汚れている。
何を零したのだろうか、黒く文字が汚れていた。
インクに、水でもたれて滲みたら、こんな汚れになるんじゃないだろうか。僕は、その汚れを気にせず読み進めようとして、紙にできた次の染みを見つけた。
水でも零したような跡。
…乾いてもいない。
途端に、僕は察してしまった。
「そりゃ、ないだろう熊崎」
注意深く余白を見ると、何か書かれている。
熊崎が急いで書いたらしい拙いボールペンの字。
それはこうあった。
“センタータワーズに向かいます、探さないで、直江“
泣いて、震えながら書いたんだろう。
こんな僕のために。
こんな俺のせいで。