妖刀の系譜
『そもそもオウカギジョウの原型は、古い』
竹河はそう、間を取ってから続ける。
『合戦のとき、直ぐに刃毀れする刀ではなく、より鋭く研ぎ直さなくとも、何度でも人を斬れるための刀として、彼ら彼女らは作られた。当初は獣の体を打って作られていたが、やがて性能面の限界から人の体を使い出した』
知らない事実に僕は耳を傾ける。
『人の体になったことで、性能は飛躍的に上昇した。ただ、同時に、その時の一刀は陰陽を取り入れたため、ツガイが基本となった』
「今と同じじゃないですか」
『違う。当時は、武器が折られれば、もしくは担い手が死ねば、両者が灰燼と化す欠点も孕んでいた』
『でも、今の奴は…』
僕の指摘に、彼は説明を補足する。
『そうだ、今は片割れが討たれても滅びない』
「何故?」
『喪われゆく剣の技を残したいと願った、一人の発案で大きく形式が変わることになったからだ。ソレまでの、血による当人同士の直接の契約ではなく、鞘を間に置くことによって、共倒れを防ぐ技法が考案された』
ここからが重要だと、念を入れてから、竹河はさらに続ける。
『そうして、爆発的に彼らは合戦で用いられた。刃こぼれしない刀が、何人もの手に渡るようになったからな。やがて、一部の担い手が生き血を吸った自身の得物が強化されていることに気付く。…コレが、神代の剣の再現の契機となった』
僕は、あるワードを思い出した。
クサナギ、日本神話に登場する剣の名だ。
『神代に喪われた宝刀を再び、再現する』
「馬鹿げてる」
『いや本気だ。そのために考案されたのが、共食い』
竹河は言い切った。
『それこそ現在行われているクサナギ計画のルーツだよ』
僕は始めて、計画の概要を知った。
『食わせるって、なんなんですか?』
『言葉通りさ。剣に剣を食わせる。弱肉強食の掟だよ。食われた応化儀杖は、食った応化儀杖に、その魔力と技能を明け渡す。また人を切っても同じだ、斬った数だけ、剣は強くなる』
が、人を切って強化するには限度があったと、竹川は補足する。
『普通に人を斬っていては、剣が完成するまでに途方も無い人間が殺される。しかしだ、共食いならば、数は減るが確実に強化できることを知ってしまった。
そして、共食いは、合戦のたび、何処かで行われた。
…時代が、変わっても、な。
そして太閤の時の刀狩は、応化儀杖を回収する側面も持っていた。担い手を、オウカギジョウを、人を斬った応化儀杖ほど強くなる。そんな得物を集めて打ち直し、最強の技術と、最強の機能をもった一振りを生み出す心算だった。
…今のクサナギ計画と目的地は違うが行うことはほぼ一緒だ』
---今とは違うが。
そこが、引っかかるが、僕は先を催促した。
『結局、剣は完成したんですが?』
『いや、完成はしなかった』
竹河は言葉を切って、時間を空けてから説明した。
『記録としてだが、太閤の世に最後の二刀が出来上がった。
---握れば、どんな素人でも達人を切り殺せるとも言われた、その二振り。達人を量産させる器械としても、ソレを権力者は欲したんだろう。
けれど、それは予期せぬ形で完成しなかった。
魔剣を食いに食った、その最後の二刀が同士討ちなんて形で折れた。
完全に能力が拮抗した二刀の破損は、時の権力者にとって手痛い失敗であると同時に大きな損失だった。何とか壊れた刀の残骸から十二本を再生はしたものの、それは元々の二刀よりも劣っていた』
…なんとなく、わかる気がした。
『ただ、誤算も一つあった』
竹河は応化儀仗の核心に触れた。
『それは最後の二振りの性別が違い、その二人の間に子が成させていたことだった。…当時の応化儀杖の子は、普通魔力が高い人に過ぎない。
しかし、両親が応化儀杖だった場合、両親の呪いはその子にまで伝播する。
そして、その予期せぬ形であったが十三本目を作ることに成功した。
更に新たに食い合わせることで作り出していた十四本目。
…以上14振りの刀剣が現在我々の使う応化儀杖の祖である…十四氏族となった』
僕は竹河の話に集中する。
『現在の応化儀杖は、新造を除くと、その十四家の血統の人間をオリジナルを写して鍛造する事で作られる』
「写し?」
『コピーと言うことだ』
「じゃあ原本があるってことですよね?」
『原典だな』
「その原典を食い合わせればいいじゃないですか」
僕の質問に竹河は、忌々しそうに答えた。
『では、聞くぞ直江。その十四家の原典を食い合わせれば、原典は何処に残る?』
『あ』
盲点だった。
『完成するかと思うだろう…だが権力者はこれ以上の失敗を恐れた。彼らは、もう失いたくなかった。技術を業を作る手間を恐れたんだ。だから、つい最近まで、彼らの一族に厚く注目する人間はいなかった』
『だから、計画を発動しなかった?』
『そうだ。しかし、状況は一変する。ある剣が何者かの手によって破壊された』
…ある剣?
僕は気にかかったが、聞かずにおいた。
『喪われた剣が、何故破壊されたのか、その疑問はいい。
---問題は喪われた事実だ。祭器が無くては祭れるものも、祭れない。よって、急遽レプリカの作成が必要とされた…それで次の時期までに祭器を完成させるために、急増の五十四組を食い合わせるクサナギ計画を発案したわけだ』
『じゃあ、クサナギ計画の完成って、何なんですか?』
僕が疑問を振ると、竹河は言った。
『五十四人を食い合わせた後、七支の誰かと食い合わせることで、剣を完成させることだ。七支が勝つか、計画の勝者が勝つかなんて関係ない、ただ剣が完成すればいいと、上は思っている』
なるほど、そんな理由でか。僕は、今までの疑問に納得が言った。
けれど、そこで僕は気づく。
…と言うことは、僕と沢田は戦うかも知れないと言う事だ。
もしも勝ち続けたらであるが。
『…話が長くなりすぎたな。この番号は捨てる。だから、最後に訊いておきたいことはあるか?』
どうやら、潮時らしい。
そう言った竹川に、僕は、何気ない風を装い、こう尋ねた。
『…そうだ、契約の強制解除ってできますか?』
『契約の強制解除?』
僕の質問に竹河は何を言っているのかといった感じだったが、答えてくれた。
『簡単だ、鞘に傷を入れるか、鞘の埋まった部位が切り離されれるか、それだけだ。一人一本、男と女のツガイが応化儀杖の原則だが…それが全てではない』
意外な話どころではない。
…原則を無視または覆すような発言である。
その時、竹川の携帯からだろう、何かのアラームが鳴った。
『話したいのは山々だが、時間が押した。切るぞ』
僕は、その真意を聞こうとしたが、そこでブツリと電話は切れた。
携帯電話の画面が、待ち受けの画像に戻った。
我に返った僕は竹河の言葉を考えていた。
…六位が、死んだという事実。
それと、熊崎と四六時中いろと言う竹川の忠告。
僕はいても立ってもいられなくなった。
---何が起きているのか、まったく解らないが、何かが起きようとしているのだけは間違いなかった。
敵対する組織やマレビトが噛んでいるのだろうが、僕はよく解らない。
悩んだ瞬間、僕は熊崎の事を思い出した。