急転
結局、僕は何も発言できないまま、熊崎の部屋を出てきてしまった。
普通、女性とは気の無い男を部屋になんて上げないだろう。
なのに、僕を部屋に招いたということは、なんだかんだ言いながらも熊崎は僕に期待していたらしい。
意外な話ではないが、だからといってどうだという話でもなかった。
けれど、悪いことをしてしまったと言う、後悔の気持ちが強くあった。強く抱きしめてやれば、また暖かい言葉があれば、救えたかもしれなかったからだろう。
…だか、僕がそんな事をしていいはずがない。
男は、強くてもちょっと弱いところがあるような女、または何処か暗い影をもった女に魅かれるイキモノだと言う。なら熊崎はモテモテだろう。けど、僕は肉食系な男子ではないので、アイツは好みじゃない。
それと、僕は自分より強い女子も弱い女子も嫌いだ。
…でも、アイツは救われなきゃ虚しいと、僕は主観で思った。
そうして、当ても無く、僕はふらふらと夜の街を歩いていた。
街行く、恋人たちの姿が、やたらと目に付いた。
どうやら、僕は、意識しているらしい。
熊崎のシアワセとかを本気で。
けれども、僕に何が出来ると言うのだろうか?
僕は、僕だ。
アイツと違って、僕はアイツの心を読めない。
沢田と違って、僕はアイツの寂しさを埋められない。
嶋と違って、僕はアイツをあまりに知らない。
自分の無能を、思い知らされながら、僕は自宅に戻った。
何もしたくない。
僕はソファに腰掛けたところで、携帯電話が鳴っていたことに気付いた。
『…はい』
何も考えず、電話に出た。
すると、聞こえる声は意外な人物からだった。
『直江か?』
『竹河…さん?』
以前一度だけ話したような男の声だった。
『いいか、何も言うな、これから話すことをよく覚えててくれ』
有無を言わさぬ強い口調に、僕は耳を清ませた。
いつ、僕の携帯番号を知ったのかとか、そんな疑問を尋ねるよりも、彼の話のほうが重要な気がしたのだった。
『草薙計画にイレギュラーが発生した。だから、お前に色々と教えておく』
---イレギュラー。
その単語に、僕は不穏なものを覚えた。
それから、竹河は僕にいくつかの事を説明した。
『また一人、クサナギ関係で七支の一人が死んだ。こんどは六位だ』
『渡辺が?』
信じられない、また被害者が出たのか。
『嗚呼。そして裏切り者はやはり内部に存在しているとみて間違いない。ここまで七支の数が減れば、計画続行どころではなくなった。だから、気をつけろ。計画が停まったとはいえ、凶行が続かない保障はない。保身のため、熊崎と、四六時中、過ごせ。刺客が現れないとも限らない、国を出ることも考えておけ。それから…セントラルタワーズには近づくな』
口早に竹川はまくし立てた。
僕が聞く暇もなかった。
『タワーズでの、新七支候補選定。その会合を狙って、敵は動くはずだ。だから、逃げろ』
そこで竹川は話を切ろうとした。
けど、僕としては堪ったものじゃない。
…今までクサナギ計画について結局、ろくな説明も得られなかったのだ。だから、この機会を逃せば次がないと思った僕は、竹川に質問した。
『待ってください、結局クサナギ計画って何なんですか?』
無言。
それから竹川は、言った。
『―――しかたがないか。お前はまともに計画について知らされていなかったと聞くからな』
呆れた様子。
だが、話してくれるらしい。竹川は、ゆっくりと語りだした。