彼女へ施せる
「…運が悪かったんだ」
搾り出すように呟いた言葉は、何の意味もないと、僕は解っていた。
「そうだよね」
空虚な、
同意。
僕は、
嗚呼、
理解した。
熊崎が想った相手は、眩し過ぎて、その隣にはすでに女がいる。
その状況に、熊崎は打ちのめされたんだ。理由としては下らないだろう、恋愛至上主義を信じない人間なら一蹴できるお粗末な理由だ。
けど、病んだ彼女には致命的だった。
「一人は、嫌なの」
ボロボロと、彼女は泣きながら訴える。
「だけど、剣は私のことなんて、覚えていない。嶋は、私だけを見ていててくれなかった」
熊崎は、沢田の下の名前を呼んでいた。
その姿は、見ていて、快いものではない。
…あんな馬鹿が、女を泣かすのだ。
人間的に苦手とはいえ、熊崎は相方だ。僕は、やはり能天気な沢田を憎んでみることにした。けど、無理だ、アイツは妬む事しか出来ない。
僕が妬むような…イイ奴だからだ。
黙った僕の目を、赤い目で見ながら、熊崎は言う。
「そして、直江は―――わかろうとして、くれない」
事実を言われた。
その通りだ、僕は他人なんて重いものを背負える自信が、すこしもしない。
熊崎を支える事を、僕は出来るんだろうか?
哀れだとは思えても、救いたいと思えない僕は、きっと無理かもしれない。
在るべき価値観の一部を、僕は喪失しているのかもしれない。
下流志向の時代で人間的に成長できなかったのかもしれない、あるいは知らぬ間に両親の離婚で歪んだのかも。
どちらでもいい。
ただ一つ言えるのは、僕は熊崎を背負えるほど強くないという事実だ。
それでも、僕は彼女を守れるかもしれない。
それとも、僕は彼女を守ったかもしれない。
そんなことを、ふっと思った。
「…すまない」
それしか言えない。
それしかなかった。
だけどさ、謝っても、答えは出ない。出るはずがない。
僕は、悩んで、それから何も言えなかった。