予感
しかし、全身血まみれだ。
惨殺した死体が転がる部屋は検分しているから、隣の部屋を探す。と、ダブルのスーツとコートを見つけた。サイズが微妙だが、とにかく着替えて、トイレで頭だけ洗うと、少しはマシになった。
そして、ビルを出た。
女は、後始末があるからと残った。
僕は残ろうとも思わなかった。
ホストみたいなトレンチコートとスーツを着て、僕は表に出た。
あまり考えたくないが、人身売買の現場に居合わせたいとは思わないからだ。
「さむ…」
知らない、街だった。
そして、車も足もない、だから公共交通機関を利用して帰ることにした。
家に帰るため、僕は電車の切符を買う。改札を抜け、人の少ないホームで電車を待つ。機構に電話をすれば、迎えをよこしたのだろうが、僕はどうも頼る気にはならなかった。
…菊花機構の目的は、マレビトの退治とは言っているが、本当だろうか?
この組織が何を考えているのか、僕はよく解らない。
僕はマレビト殺しの別に目的があると思うのだが、ここまで僕ら七支にそれを明かした事はない。そのことを見ると、機構は何を目的に動いているのやら。
しかも、現在進められている草薙計画にしたって、54組(沢田と芹澤さんが含まれる)新造の応化儀杖と担い手で、何かをやっている程度しか僕はわからない。
制約が多く量産には向かない応化儀杖で行う、草薙計画とは何なのか?
応化儀杖を使うには、色々な制約が付きまとう。
例えば、武器と担い手の性別が一致すると契約が不可だとか、そもそも武器となり得る人材の確保が困難だとか。その他様々な問題が在る上に、かなりの時間が製作に必要となる。
そこに魔術的な問題も含まれるらしく…
一組作るのにも大変な労力が掛かるそうだ。
ただし、その分、性能は折り紙つき。
こんな僕が振るっても、熊崎はマレビト退治には覿面だから頷ける話だ。
貨物列車が通過するらしい、そんなアナウンスが入る。
――けどさ、そんな素晴しいものでも、拳銃…いや自動小銃には絶対に勝てない。
武器の強度や長さ、それと使い手の技量など、飛び道具の前には無意味だ。僕は拳銃相手には勝てたが、自動小銃等を装備した歩兵を相手に勝つ自信はない。
現代において、刃こぼれしない、研ぐ必要がない刀は無用の長物だ。
そんな白兵戦だけしか出来ない、魔法の道具なんて誰が求める?必要とする?
マレビトを殺すため以外に、僕らは何の意味もない存在だと言うのに。
けれど、草薙計画では、その無用の長物が重要な役割を占めている。
それは何故か?
重要なのは、契約して僕が出来るようになったことだろう。
こうして、僕は熊崎と契約したわけだけれど、伝奇小説にお約束の、式神を操ったり、呪文を唱えて火柱!とかの、陰陽術や魔術が使える様にはならなかった。
しかし、一朝一夕では習得できない剣術・体術を得たのは、紛れもない事実だ。
ここから推測するに、草薙計画とは、契約すれば無双となれる剣を生み出すためではないだろうか?契約した瞬間、宮本武蔵、柳生十兵衛に匹敵する、剣士を生み出す魔法の剣…ではないか?
だが、僕はこれでも納得できない。
銃弾の時代に、白兵戦で最強を誇って何の意味がある?
無意味じゃないか―――
そう思った瞬間、目の前を貨物列車が走りぬけた。