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ポストエッジ  作者: こいかわぎすけ
食らいつく獣をその手に
32/52

女の小道具

遅くなってすみません。

 女が到着するまで、時間があった。

 なので、血まみれの室内を物色していた。

「へえ、こーゆー事務所ってドラマみたいだ」

 そう、僕は熊崎に話しかけるのだが、熊崎は一言も言わない。

 おしゃべりなコイツは嫌いだが、沈黙しているコイツはもっと嫌いだ。人が、面倒でも話題を振ってやっているのに、なんて態度をしてるんだろ。念話ではなく、わざわざこうして声に出しているのに、この愛刀は返事も言わない。  

 僕は、面白くなかった。

 女は生かしてあるが、逃げられても困るので、腱を切断しておいた。

 現在は、おびえた様子で、長椅子に足を広げる僕を見ていた。僕は、咎獅子の峰で、ぽんぽんと肩を叩いて、女を待っていた。

「おまたせ、遅れた」

 ドアが開くと、女がやってきた。

 見れば、手に紙袋を携えている。

「着替え、もってきたわ」

「あ、どうも」

 そう僕はお礼を言ってから、受け取ろうとしたのだが…

「違うわ、君のじゃないのよ」

 血まみれの担い手なんて、どうでもいい。そんな感じの口調。

「じゃ、女性の着替えを覗かないように」

 そう言われた僕は、言葉どおり追い出された。



 しばらく待つと、着替え終わったらしい。

 女に呼ばれたので部屋に入った。

「じゃ、担い手さんに…」

 そう言って、女は、何かを渡そうとしたのだが、

「私が貰うわ」

 と、熊崎は有無を言わさぬ強い口調で、鮮やかな橙色の布切れを女から譲り受けた。僕は、奪い取るような、熊崎の態度に気圧されて、何も言えずにいた。

 そして熊崎は、その布を掴んだまま、僕にさよならも言わずに、ドアの外に出た。

「先、帰る」

 とだけ言って、熊崎は帰った。

 バタンと、ドアが閉まる。

 しばし呆然としていると、走り去る車の音がした。

 どうやら、本当に帰ってしまったようだ。

「は?」

 あまりにも急いだ不審な行動に、僕が呆気にとられていると、女が声をかけてきた。

「…早いわね、そして無傷?」

「あ、あぁ」

 僕の手並みに、感心したらしい女。

 彼女は死体と血に汚れた室内を検分しながら、僕を見た。

「もっと、不甲斐ないと思ってた。魔術師の玩具に振り回される傀儡とは違うのね」

・・・楽しそうだ、コイツも畠と同じ性質の外道なんだろうな。

 そう僕が感想を抱いていると、彼女は手提げカバンから手馴れた様子でラークとラインストーンが一箇所だけ嵌められたオイルライターを取り出した。格好がいい云々ではなくて、ごく自然に、彼女は煙草に火を点けた。

「吸う?」

 煙草一本を指に挟んで、言う。

「いや、いい」

 フィルターに着火するなんて酷い失敗をして以来、僕は喫煙と飲酒をしないことにした。人間、あれだ、手痛い失敗をして学ぶように出来ているんだからさ。僕はそういって、真新しい煙草を断った。

 吸いたい気分だったけど、我慢した。カッコつけで。

「儀杖、先に帰らしてよかったの?」

 唇に指を当てつつ、煙草をはずした彼女は聞く。

「別にいいさ、彼女は彼女だ」

「へぇ、あの子、あんたの恋人じゃないんだ」

 意外そうにいって、煙草の灰を床に落とす。

「違う」

「応化儀杖はツガイが多いと聞いたんだけどね」

 百聞は一見にしかず。

 と彼女は言ってから、煙を吐き出す。煙草特有の甘ったるいような匂いと、煙草くささが香った。あまり、好きじゃない香りだった。まだ、お香や香水の方がマシだ。

紫煙を漂わせながら、女は言った。

「謀反の旗なんて求めるから、変だとは思ってたけど」

「謀反の旗?」

「知らないか、普通」

 彼女は携帯灰皿に煙草を入れてから説明した。

「術式が織り込まれている布。契約を歪める事ができる…つまり、他人の儀杖を我が物として使える布」

 説明は在りがたいが、やはり魔術がらみだった。

 実際、目の前で数々の異常を見てきたのだが、相変わらず仕組みがわからない。どうして動いているのやら。

「熊崎、何に使うんだろ?」

 それよりも、僕はそんな素朴な疑問を思った。

「そりゃ、同じ応化儀杖を殺すんでしょうよ」

 カノジョはそう言った。

「それで、首でも絞めるのか?」

「ま、そういう使い方じゃない?」

 あのコがどう使うかなんて、私は知らないけどね、そう付け加えてから女は言う。

「あのコみたいなタイプだと、きっと誰かの為なんじゃない」

 誰かのため、か。

 じゃあ誰に使うんだろう?

 僕は、そう考えたけれど、こいつに聞いても意味が無いので普通に納得した。

「へえ、そうか」

 そんな僕の発言に何を思ったか、女はカバンからもう一枚の布を取り出すと僕に渡した。ふと見た彼女の顔は、今までと違って何処か痛々しいものを見るようなカンジだった。

「…あげるわ、これ」

「?」

 そのヌノッキレを僕はプラピラしてみた。

「女に追加で渡しておいて」

「なんで?」

 僕は彼女に聞いたが、彼女は僕に、薄く笑って言った。

「勘と、気まぐれ」

 理由が適当だった。その癖、断れない雰囲気だった。


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