女の小道具
遅くなってすみません。
女が到着するまで、時間があった。
なので、血まみれの室内を物色していた。
「へえ、こーゆー事務所ってドラマみたいだ」
そう、僕は熊崎に話しかけるのだが、熊崎は一言も言わない。
おしゃべりなコイツは嫌いだが、沈黙しているコイツはもっと嫌いだ。人が、面倒でも話題を振ってやっているのに、なんて態度をしてるんだろ。念話ではなく、わざわざこうして声に出しているのに、この愛刀は返事も言わない。
僕は、面白くなかった。
女は生かしてあるが、逃げられても困るので、腱を切断しておいた。
現在は、おびえた様子で、長椅子に足を広げる僕を見ていた。僕は、咎獅子の峰で、ぽんぽんと肩を叩いて、女を待っていた。
「おまたせ、遅れた」
ドアが開くと、女がやってきた。
見れば、手に紙袋を携えている。
「着替え、もってきたわ」
「あ、どうも」
そう僕はお礼を言ってから、受け取ろうとしたのだが…
「違うわ、君のじゃないのよ」
血まみれの担い手なんて、どうでもいい。そんな感じの口調。
「じゃ、女性の着替えを覗かないように」
そう言われた僕は、言葉どおり追い出された。
しばらく待つと、着替え終わったらしい。
女に呼ばれたので部屋に入った。
「じゃ、担い手さんに…」
そう言って、女は、何かを渡そうとしたのだが、
「私が貰うわ」
と、熊崎は有無を言わさぬ強い口調で、鮮やかな橙色の布切れを女から譲り受けた。僕は、奪い取るような、熊崎の態度に気圧されて、何も言えずにいた。
そして熊崎は、その布を掴んだまま、僕にさよならも言わずに、ドアの外に出た。
「先、帰る」
とだけ言って、熊崎は帰った。
バタンと、ドアが閉まる。
しばし呆然としていると、走り去る車の音がした。
どうやら、本当に帰ってしまったようだ。
「は?」
あまりにも急いだ不審な行動に、僕が呆気にとられていると、女が声をかけてきた。
「…早いわね、そして無傷?」
「あ、あぁ」
僕の手並みに、感心したらしい女。
彼女は死体と血に汚れた室内を検分しながら、僕を見た。
「もっと、不甲斐ないと思ってた。魔術師の玩具に振り回される傀儡とは違うのね」
・・・楽しそうだ、コイツも畠と同じ性質の外道なんだろうな。
そう僕が感想を抱いていると、彼女は手提げカバンから手馴れた様子でラークとラインストーンが一箇所だけ嵌められたオイルライターを取り出した。格好がいい云々ではなくて、ごく自然に、彼女は煙草に火を点けた。
「吸う?」
煙草一本を指に挟んで、言う。
「いや、いい」
フィルターに着火するなんて酷い失敗をして以来、僕は喫煙と飲酒をしないことにした。人間、あれだ、手痛い失敗をして学ぶように出来ているんだからさ。僕はそういって、真新しい煙草を断った。
吸いたい気分だったけど、我慢した。カッコつけで。
「儀杖、先に帰らしてよかったの?」
唇に指を当てつつ、煙草をはずした彼女は聞く。
「別にいいさ、彼女は彼女だ」
「へぇ、あの子、あんたの恋人じゃないんだ」
意外そうにいって、煙草の灰を床に落とす。
「違う」
「応化儀杖はツガイが多いと聞いたんだけどね」
百聞は一見にしかず。
と彼女は言ってから、煙を吐き出す。煙草特有の甘ったるいような匂いと、煙草くささが香った。あまり、好きじゃない香りだった。まだ、お香や香水の方がマシだ。
紫煙を漂わせながら、女は言った。
「謀反の旗なんて求めるから、変だとは思ってたけど」
「謀反の旗?」
「知らないか、普通」
彼女は携帯灰皿に煙草を入れてから説明した。
「術式が織り込まれている布。契約を歪める事ができる…つまり、他人の儀杖を我が物として使える布」
説明は在りがたいが、やはり魔術がらみだった。
実際、目の前で数々の異常を見てきたのだが、相変わらず仕組みがわからない。どうして動いているのやら。
「熊崎、何に使うんだろ?」
それよりも、僕はそんな素朴な疑問を思った。
「そりゃ、同じ応化儀杖を殺すんでしょうよ」
カノジョはそう言った。
「それで、首でも絞めるのか?」
「ま、そういう使い方じゃない?」
あのコがどう使うかなんて、私は知らないけどね、そう付け加えてから女は言う。
「あのコみたいなタイプだと、きっと誰かの為なんじゃない」
誰かのため、か。
じゃあ誰に使うんだろう?
僕は、そう考えたけれど、こいつに聞いても意味が無いので普通に納得した。
「へえ、そうか」
そんな僕の発言に何を思ったか、女はカバンからもう一枚の布を取り出すと僕に渡した。ふと見た彼女の顔は、今までと違って何処か痛々しいものを見るようなカンジだった。
「…あげるわ、これ」
「?」
そのヌノッキレを僕はプラピラしてみた。
「女に追加で渡しておいて」
「なんで?」
僕は彼女に聞いたが、彼女は僕に、薄く笑って言った。
「勘と、気まぐれ」
理由が適当だった。その癖、断れない雰囲気だった。