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ポストエッジ  作者: こいかわぎすけ
けれど、二人は出会えない
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現状への倦厭


 寝不足の朝だから、気持ちはもっと眠っていたかった。

 でも行かないと遅刻だ。厄介だなあ、と呟いて、僕は支度をした。朝食をインスタント珈琲だけにして、バスに飛び込み、空いてた席につく。窓からさす日が明るかったので、目をつぶった。

 バスの発着音で目が覚めた。

 焦って見れば、とっくに降りるべきバス停は過ぎている。ヤバイと、真剣に思った。なので、蛮行だとは知りつつも、隣で座っていた大学生風の男を押し退け、突っ走った。それで、外に出ると、学校が遠くに見えた。

 腕に巻いたGショックを見れば猶予は無い。

 走る意外に選択肢は残されておらず、結局遅刻覚悟で走った。

 途中で靴紐がほどけて、転んだ。

 悪態をつくにも息が切れる。なんとか教室まで駆け込もうと、町を走るが、遠い道程に、挫けそうになる。やっとの思いで正門をくぐり抜ければ、チャイムが鳴った。

 遅刻である。

 そして、また生徒指導部の教師に捕まった。

 で、遅刻ナンタラと言う紙を書かされながら説教を食らった。学生証を見せろと言われ、僕はスラックスのポケットを探って気付いた。

 財布を落としたらしい。

 学生証も財布に入れていたから、どうしようもなかった。

 学生証が無いことを、変に言い訳すれば逆効果であるから、何も言わずに大人しくしていた。

 なので普通の倍ほど指導を受けたかも知れない。

 非常に、嫌な日である。



 体育の授業で、剣道をやることになった。

 臭い防具を付け、竹刀を振っているだけの筈がない。案の定、試合をやるからと、体育教師が適当に呼んだ出席番号ごとに、試合をする事になった。

 迫力のない模擬戦を眺めていると、番号を呼ばれた。

 立ち上がり、相手を見れば、沢田である。

 面倒臭い相手だと、すぐに知れた。

 負けても勝っても、何かしろのアクションはあるだろう。これだから目立つ奴と試合とかをするのは億劫だ。そんな、憂鬱な気持ちで、僕は試合に向かう。

 体育教師の初めの声で試合が始まった。

「セイヤァアアアアアアアアッ!」

 馬鹿正直に、沢田が腕力に任せて撃ち込んでくる。

 不思議なものだ、咎獅子を携えてもいないのに、ヤツの太刀筋が見える。どうも、技能が身に付き始めているようだと思いつつ、軽くかわした。

 何時もより簡単だった。

 すると奴、空振りした。これで僕は、沢田に勝つのか負けるのか、どうするか、非常に迷った。けど、馬鹿正直に負けるのは面白くない。なので、僕は避けられる一撃を、とりあえず防いでみた。

 流石竹刀、軽い。

 簡単に沢田の竹刀を防ぐ。

 ヤツは驚いたが、そのまま後ろに飛びながら、胴を放つ。

 確かに、上手い手ではあるが、芸も捻りもない。先日の刺客の方が良い動きをしていた。僕はクルリと竹刀を反し、刀身に手を添えて、胴を防ぎきる。竹刀同士が打ち合う音がした。

 が、その音で僕はフト、思い出した。

“あれ、そう言えば剣道って片手を離しちゃ駄目だったよな?“

 そう思ってしまった時だった。

 僕の動きが鈍ったのを好機と見たんだろう。

 沢田は、勝鬨のような声を上げ、面を狙ってきた。大振りの上段から、踏み込みを生かした面である。重い、上に速い一撃とは容易に理解出来るものの、当然わかりやすい一撃だった。

 でも、そんなテレフォンパンチのような面でも、隙をついてきてたので普通ではかわせない。…普通ではとは、剣道の動きでは間に合わないと言うことである。

 沢田の攻撃が当たるまでの刹那的な間に、僕は動き出していた。

 右の腕を振るいつつ、左手の竹刀を構えた。

 竹刀側面に、籠手ごとの打撃を当て、強引に軌道を変える。それと並列して、握りしめた竹刀の突きを見舞ってやろうと、竹刀をヤツの喉笛を狙う。

 あとは、腕を真っ直ぐ伸ばしてやればいい。

 それで、決着だ。

 

 それで終わる。

 

 そうして僕は腕に力を込めた。

 呆気なく、沢田の太刀筋は曲げられ、かわりに僕の竹刀が彼の喉笛めがけて伸びる。

「な…ッ!」

 面越しの沢田の瞳に、驚きと恐怖が宿る。俺は、その表情を愉快に思いながら、腕を伸ばす。喉笛に噛みつかんと、竹刀が進む。防具と、その隙間を縫って、竹刀は咽頭に突き刺さるはずだ。

 まず、殺したと思っていいはずだ。

“けど、殺していいか?“

 そう、思ったところで、僕は不味いと感じた。

 焦って、僕は体に急ブレーキをかける。無様な体勢でも、びたりと、腕を止められた。遅れていたら、学校で殺人を犯すことになっただろう。

 危ない、沢田を殺すところだった。

 そう僕が在り得た可能性について考えたとたんに、体育教師がすっ飛んできた。

 なんでも突きは禁止、それを使うとは直江、お前は何を考えていると言われた。

 当然だ、殺す必要もないまま、殺す技を使っていたのだから。

 なので試合は、反則負けになった。



 沢田の回りは、ぶちのめせばよかったのにと、口々に言っていた。が、沢田は信じられないような物を見た目で、僕を見ていた。僕に、ヤツが何を思ったかなど、知れないが、それでもずいぶん強い視線で見られた。

 それが、僕には戸惑いと、嫉妬の気がした。

 見下げているからそうなるんだろうなあ、と思いながら、僕は竹刀を棄てた。

 教室に戻ると、携帯に着信があった。

 熊崎からのメールには、用事があるので来いとだけ書かれていた。

 もう沢山だ。

 ごく普通に僕は、そう思った。




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