煩悶に次ぐ懊悩
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嫌な出来事には、最近事欠い。
例えば、三者懇談があるとか、試験の結果が思わしくない事である。
それらの嫌な事を考えると、非常に憂鬱になる。
心が重くなるとでも言うんだろう。何か面白くない気持ちと、逃げ出したい本音が混じった気分だった。
僕は部活には所属してなかったから、土日は基本的に暇である。自宅で有閑の過ごし方についてあれこれ考えて見たが、妙案は出なかった。結局、飯を食い、眠り、と人間である行為をしていたら、夜になった。
風呂に入ったのに眠れなくて、困った。
仕方がない。
僕は、ゲーム機のスイッチを入れた。
しばらく画面とコントローラーが暇つぶしに役立った。
最新のヤツだけあって、無駄に画質が綺麗だ。やっていれば、それなりに楽しいと思う。しかし、熱中してるのかと考えるとどうなんだろう?惰性的にプレイしてるんじゃないだろうか。何かやるべき事からの逃避みたいな形でないと言えるのか。そんな事を考えて、逆にやるべき事は何だろうと思ってみる。
勉強だろうか?
それとも、友とすごすことか、恋人を作ることか、アルバイトで勤労を学ぶことかなんだろうか。
…よくわからない。
どれも、大切な気がするのだが、何処か今の僕がやるべき事とは食い違っているきがする。逃避からそう考えるのかもしれないが、それでも当てはまる答が無いのは何故だろう。もとより答の無い問い掛けだろうか。
いや違う、答えはあるはずだ。
モラトリアムに甘え、現実を見ようとしないから見えないのだ。
そう思っていると、ゲームオーバーしてしまった。
リセットしようか、と思っていたが、やめた。
やり直しはあまり好きではない。
見苦しいから、嫌いなんだと、思う。
だから、勉強しようと机に向かい、教科書を開いたが、しばらく読んでいて、すぐに飽きた。自ら学ぶのでなく、押し付けられる事に対しては反抗したくなる。若者の特権であると、誰かが言ったっけ。
だが、これは反抗ではないと、僕は理解している。
反抗を大義にかざして、勉学を放棄してるに過ぎない。
学ぶ事に意義が見えず、学問を修めることが億劫になっただけだ。
世を知らずとも、
数学を学ばずとも、
どっこい人は生きていける。
嗚呼、ただ人の隙間に生きるには知恵がいるからと学ぶのだ。
でも、僕は学ばず、また改善しようともしない。
嫌いであっても、多少の無理を押し通せば、少なくとも成績は人並みに戻れるのにである。ツラツラと椅子を揺らして、勉強しない理由を考えてみる。
そもそも、僕らは、豊か過ぎる社会に生まれた。
格差だの、希望のない社会だとか、そんな修辞句は、必要ない。問題なのは、消費するのが当たり前、そして学ぶことが当然のように出来る社会に生まれてしまったことだ。歴史には疎いが、国民すべてに教育を受ける権利を与えるなんて、愚かなことをした王や皇帝は過去の世界にいないはずだ。たいていの場合、ピラミッド上のヒエラルキーの高い、特権階級にしか学問は許されなかった。
仮に僕が古代の王なら、平民なんぞに、学を与えようとは思わない。
いらない、余計な知恵を持った平民は、搾取の対象ではなく危険な叛乱分子を内包することは容易に推測できるからだ。そして、そんなことが許される国家に、僕らが生まれてしまったのは幸福であると同時に、甘えを抱かせる最大の原因になったと思う。
僕らの祖父母、いや曽祖父くらいまで代を遡れば、教育は貴重なものだった。そのころは、日本は豊かではなく、学問を修めることを出来るのは難しいことだった。だから、昔の人たちは必死で勉強した。多分。
そんな偉大な先人たちは、祖国を豊かにしようと頑張って、日本をここまで持ってきた。 誰もが、平等に勉強できるようにと…そんな理想を掲げてさ。
けどまあ、大戦を終えて、状況は一変する。
教育制度が整い、誰もが義務教育を受け、また高等教育が容易に受けられるようになったことで、学問は貴重でも何でもなくなった。しかも、折は丁度、高度経済成長期、消費社会は三種の神器とか言われながら加速した。
だから、教育を拒む土壌は出来上がった。
日本式の教育制度、いやそもそも完璧な教育制度は存在しないんだろうが、高度経済成長の時、いや消費社会が加速しだすときに、偉い人は考えるべきだったのだ。
消費者の思考が、教育にも持ち込まれると。
今の学生の大半は、こう考えているはずだ。
学問を修めるのは夢をかなえる手段であると同時に、暗記や学校・規則への拘束、もっと言えば苦痛を強いられる事だと。単純に、意味(やることの意味を理解しない/していない)のない学習は苦痛だ。
その、苦痛に対して、対価の支払い、あるいは弁償を求めるのは、消費者…いや、クレーマーとして当然だろう。教育というサービスで苦痛を強いられた、勉強したくないのでクーリングオフしたい。
これが、今の僕のような馬鹿な学生の本質だろう。
もっとも、僕みたいなように考えているのは、マイノリティかもしれない。
なぜなら、僕はクラスの異端だから。
クロムウェルは磔刑に処されてしかりなのさ。
ふと見た時計は12時をとっくに回ったが、眠気は微塵もなかった。疲れる事をしないから、眠れないのだと思った。
斬るという、非常事態である事が身近に思えてきた。