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ポストエッジ  作者: こいかわぎすけ
けれど、二人は出会えない
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申し開き


 結局、親が見舞いにくる前に病院から帰る事が出来た。

 本当に週末に怪我をしてよかった(とは言え怪我は厭であるけれど)。土日を病室で過ごしただけで、普通なら退院させないのだがね、と医師に嫌味を言われることなく、退院できた。

 機構の計らいに僕は関心させられるやらだ。

 ただし、抗生物質に化膿止め等、大量の服薬に、それと包帯を変えに病院に来い。

 と、こうして小言を言われると知っていたなら、退院しなくても良かったと思った。無論、それは贅沢と言うもので、辛気臭くなる病室と別れられるのには感謝していた。

 だから、病院の嫌いな僕は、外に出られて清々していた。

 

 それで、遅刻だが、学校に行った。

 自宅によって、最低限の身だしなみを整えてから、学校と歩き出す。天気が良かった、人殺しの心も清らかにしてくれそうだった。遅刻の証明に、医療機関の証明書を使うと、担任は災難だったなと言っただけ、すぐに仕事に戻っていった。

 僕が教室に入ると、ちょうど休み時間だった。

 ガヤガヤする教室を横断して、自分の席についた。次の授業は科学である。

 嗚呼、面倒くさい。



 昼休みを終えた頃、校内でちょっとしたイベントに出会った。

 簡単に言えば、喧嘩だ。

 最近流行りの校内暴力である。場所が僕の教室から近く、そして僕はお手洗いの帰りだった為、その校内暴力をしっかり見ることが出来た。

――そいつらは、廊下の真ん中で、言い争っていた。

 よほど興奮しているようだ。眼鏡をかけた、気の弱そうな、それでいてキレたら何をしでかすか解らそうな男と、茶系に染めた短髪の男が激しく言い合っていた。そうやって、喧嘩をしている二人は、しきりに死ねだの殺すなど喚いては罵りあっている。

 僕は初め、無関心を装い、その人ごみを通り抜けようとした。

 邪魔臭い、通行の迷惑だ。そんな事を思っていた。

 その時、群衆がワッと沸いた。

 何事かと思い、僕も喧嘩をしている二人を振り返ると、片方―――眼鏡が刃渡り15センチも無いナイフを振りかざし、突進していった。危ないなと、思った次の瞬間には、そのステンレスのナイフは短髪の腹腔に刺さっていた。

 短いとは言え、刃が刺さったのだ。

 眼鏡が刺した箇所からは血が流れ出ていた。

 流血を見て、誰かが悲鳴を上げる。

 そしてその悲鳴を引鉄に、ざわめきが大きくなる。一種のパニックだ。流血を契機に、テンションが上がる。親切心からだろうか、携帯電話で救急車を呼ぶものもいる。

 僕はそんな、周りなど気にも留めず、喧嘩の当人達を見た。

 刺された当初から理解が追いつかなかったらしい、短髪は苦悶と疑問の表情を浮べ、苦しそうに倒れ臥している。それを見ていた、加害者である眼鏡は、逆に痴呆を患ったかのように、突っ立っていた。

 見苦しい顔だ。

 潔さよりも、どう自己正当化しようかと決めあぐねているように、僕は思えた。

 なんにせよ、加害者と被害者の顔を見た僕はもう満足だった。これ以上、騒動になる前に、僕は教室に戻ることにした。戻る途中に、騒ぎを聞き付けた教師が、大急ぎで走ってきて、僕の隣を通り抜けていった。

ご苦労様である。

出来の悪い生徒の中には、こんな輩もいるのだ。僕みたいな劣等生よりも性質が悪いと思う。やがて、教師達は事態を就職させる為、野次馬の学生を教室に帰らせた。そしてテキパキと手当てと、加害者の眼鏡を連れて行った。

 現場には、ナイフだけが残された。



 五時限目は、やたらと五月蝿かった。

 古典の教師が自習にしたのが理由だろう(茶髪か眼鏡の担任らしい)。受験生でもないのだし、真面目に勉強する奴は皆無だ。大抵、中のいい奴とツルんで、先程のナイフ事件を話している。

 因みに僕は、本を読んでいた。

 ヘッセの車軸の下である。

 溺死するまでの主人公の転落人生、その生き方が他人事じゃない気がした。そして退学した彼のスピリットには、なにかシンパシーが沸いた。そしてドロップアウトと言う事で、僕は傷害事件を起こした眼鏡の行く末を思ってみた。

 一つ言えるのは、彼はフツーと言うレールから転覆した事だろう。

 人生は何度でもやり直しが効くと言うが、眼鏡はもう無理かもしれない。

――頭にきて、茶髪を恨んだり怒ったりしたことを、僕は別に普通のことだと思う。

 けれども、刺すのだけはダメだ。

 確かに刺せば、憎しみや怒りが消えるとわかっているさ。ただ、その代償は、余りに高い。人生を投げ打ってまで、復讐に値するほど、果たして茶髪には価値が在ったのだろうか?

 僕は無いと、思う。

 アレの人生も、きっと僕の人生となんら大差ない。愚か過ぎて、自分が阿呆だってことにも気付けずに、醜態をさらして生きる人間だ。

 けど、しかし、もしもだ。

 眼鏡が、茶髪を憎んで憎んで憎みぬいて刺したなら、もっと違う顔をしたことだろう。少なくとも、あんな脅えた顔はしなかったはずだ。その表情の一部に恐怖が混じったとしても、一本筋の入った何かを表情の中に見て取れたはずだ。

今更だし、僕は予想しか出来ない。だが、そう思う。

 嗚呼、もしかしたら、眼鏡は目の前の光景が信じられなかったのかもしれない。短髪も眼鏡も、両者共に驚いた顔をしていたが、僕が一番気にかかったのは、眼鏡の男の怯えたような顔である。おそらく、喧嘩など一度もしたことがなかったのでは無いだろうか?だから暴力の象徴であるところのナイフを振りかざし、殺しかけた。

 もしそうなら、無様を通り過ぎて、見るに耐えない。

 自分が力を行使したらどうなるかくらい、理解しておけよ。


 そこで、俺はふと自分と比較してみた。

 あの時、僕は確かに殺す覚悟を決めていた。だから、殺した事実を受け止められてしまった。だが、眼鏡はそうではない。ヤツには殺す気なんてない。多分、こんなつもりではないと思っているのだろう。…いや、ナイフがもたらした暴力の大きさに怯えているのが事実かも知れない。

 覚悟が無いのだと、俺は思った。

 それか、開き直れていないのだろう。

 殺す事実にも、殺してしまう可能性にも。

 僕は殺してしまった。そこに開き直るしかない。罪を受けて死ぬ、それも親や親族に迷惑をかけることも承知だ。それでも僕はどうでもいいと思う。自分が死ぬより殺したほうがいい。後味の悪さは生きているから感じられるのだ。

 なんにせよ、殺せる気概も度胸も無いのに、ナイフを向けるなよ。

 ソレが僕の結論だった。


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