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ポストエッジ  作者: こいかわぎすけ
けれど、二人は出会えない
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 その後は、よく覚えていない。

 死体があると不味いので機構に連絡をとると、恐ろしい早さで夜間の救急病院を手配された。腕が壊死しては不味いので、早急な治療は嬉しかったが、何針も縫われたのには勘弁してほしい。

 痛いし、抜糸に行く必要あるし。

 そうして一応の輸血をうけながら、病室に寝ていると、熊崎がやって来た。

 やはり、いつかの僕の予想は外れていなかった。

 彼女も彼女で、普通の家庭ではないんだろう。

 こんな時間に見舞いにこれるなんてさ、普通じゃない。

「怪我は?」

 心配した様子もなく、単に事実の確認をするような言い種だった。

 僕は包帯を巻かれた腕を見せるようにしながら答える。

「そこまで酷くは無い」

 実際そうだった。深い刺し傷だったが、腱も動脈も切ることもなく、意外と軽くすんだのは幸運であった。もっとも、無意識的な回避とかも考えられるが、幸運ですましたい。

「そ」

 そう呟いてから、熊崎はパイプ椅子に座った。

 無言だった。病室の中だからだろうか、彼女のシャンプーの香りが仄かにした。

「アイツ、死んだか?」

 茫然自失であの時は彼女の死に逝く肉体を眺めていた。だから、もしかしたら、と淡い欲望を託して聞いてみた。答えは、やっぱり期待を裏切らなかった。

「機構が拷問するより早くね」

 ぞんざいな言い方だった。咎め、誉め、そのどちらでもない。プレパラートの標本を見るような感じである。彼女は、僕が殺人を犯したことに何の興味も無い様子だ。

ソレが辛くも無いのは何故だろう。

 殺したらなら、許しか糾弾が欲しいはずなのに。

「僕は、人殺しだな」

 何故、自分がそう言ったのか、僕はついぞ理解できなかった。罪を叱責してほしかったのか、それとも許して欲しいのか。そのように、ただの音のように、発せられた僕の台詞を受け、熊崎は答えた。

「私もよ」

 共犯。

 その一言が浮かんだ。

 けれども、僕は自嘲してから言った。

「熊崎は武器だろ…」

 その通りだ。武器は単体では、人を殺められない。罠とは違うのだ、使い手が明白な“殺意”をもって振るわねば、武器は死を与えない。加害者意識から言うのではない、このような確固たる理由があるのだ。

 そしてここで、僕ははたと、自分の思考の不思議さに気付いた。

 俺はどうして彼女が嶋の殺人に加担しないと思っていたんだ?

 でも、それより先に、熊崎が言った。

「何、俺は人殺しだって怯えているの?」

 はたして僕は、殺人に怯えているのだろうか?

「わからない」

「わからないって何?」

 言えそうで言えないもどかしさが俺にはあった。事実、罪を犯したと言う感じを心は持っている。ただ、殺した相手に対する謝罪の気持ちはこれっぽっちもなかった。

 まるで、欠落したように。

 まるで、存在しないかのように。

「そうじゃ、ない」

 それだけ言った。

 俺の言葉に、彼女は、

「そう」

 とだけ言った。

「せめてるのか?」

「まさか」

 そう答えては見たが、本当なのだろうか。

 僕は訝しみながら彼女を見た。今僕は自分の感情と思考を客観的に見られているか?いや、今は自己正当化と神経の興奮で、そう言った人として備わる良心が痺れているのではないか―――ふと考えの沼に漬かった僕を見て、何を思ったか、熊崎はこんなことを述べた。

「共犯なのよ、私たちは。貴方が何も感じてないのは、無意識に殺人を望んでいたからなのよ」 

 僕の心を知ったような言い方だった。

 けれど、応化して僕の心と繋がっている彼女の台詞だったから、僕は迂闊な返答は出来なかった。

 何も言いようを思いつけない。

 「そうだな」とは言えないし、だからと言って否定も口に出来そうにない。

 だから沈黙していた。

 

 それで、考えていたのは、先ほどの殺意についてだ。

 僕は確かに殺す覚悟をしていたが、果たして殺す現実について考えていただろうか。そして、心の底から、あの女を殺そうと願ったのだろうか。

 この二つは非常に重要である。

 他の人殺しが、どう殺人に対して思考を持っているかなんて、知らないので比較のしようが無いが、もしかして僕は殺人への感受が狂っているのではないだろうか。その答を知れば、不確かなりにも思考の切っ掛けにるだろう。そう僕は考えていた。また、間違いでは無いと言う、思いもあった。

 だから思い出そうとするのだが、思い出せない。

 思いつけない以上、無い、のだろうか。

 考えても、悩んでも、思っても、疲れるだけだった。


 長く黙っていると、熊崎が言う。

「…何を悩んでるか知らないけど、悩んで出ない答えなら、答えなんて無いわよ」

 何て、捨て台詞を残して、彼女は病室から立ち去っていった。

「………………」

 そして思う、熊崎はやはり厭な女だ。 

 お前だってひどい顔をしてるってのに。


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