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ポストエッジ  作者: こいかわぎすけ
だから少女は少年の手より
17/52

騙された



 SAで一時休憩となった。

 お手洗いを二人一緒に行ったのだが、伊藤は現地土産を、相方秋谷に買うと言って消えた。秋谷は、伊藤の担い手で、応化時は鋼蜂という薙刀に変化する伊藤を操る女傑である。ただ、女誑しの伊藤の相方らしく、キャバ嬢のような感じの女性だった。

 しかし畠と言い、伊藤と言い、相方への愛は深いなあ。

 どこかのオンナへ対する僕の扱いとは、大違いだ。

「喉渇いたな」

 とりあえず、喉が乾いたので、午後の紅茶を自販機で買った。

 寒いけれど、外のベンチに座って一服する。久しぶりにミルクティを飲んだが、悪くない。だから、無性にクッキーやらサブレが恋しくなった。

 けれど、夕食には早い時間だったので、何かを食べるのは止めておいた。晩飯がどうなるかは知らないが、遠くまで来たのだ、何か美味いものを食べたい。

「お待たせ、じゃ行こう」

 いきなり背後から、伊藤はヌッと現れた。

 気が緩んでいた、僕にも非はあるが、気配を消して近寄らないで頂きたい。

「なんで、驚いた顔するかな?気付いてただろ、直江君」

 なるほど、素で達人の人間は気付いて普通らしい。

 しかし、僕は俄か達人である。

 前の担い手だった、嶋の技能をレンタルしているだけのバッタモンに行住坐臥、武人であれと期待するほうが間違っている。もっとも、こんな調子だからマレビト退治にも手間取るのだろう。

「いや、全く気付いていませんでした」

「…そうか、悪かった」

 そんなやり取りがあってから、我々は車に乗り込んだ。

 スポーツカーの癖に妙に静かだと思っていたら、クライスラーでも元はベンツの何からしい。

 流石、メルセデス。

 と、ワケのわからない感想を抱いていると、高速を降りた。

 既に日が暮れていたので、僕には何処を走っているのか検討もつかない。けれど、運転手の伊藤は、知った道のようである。ナビゲーションの音声ガイドを無視しているのに、迷った様子は微塵も感じられない。

 その運転に頼もしさを覚えていたら、伊藤は近鉄の駅前で停車した。

 此処が目的地なのだろうか、それとも電車に乗っていくのだろうか?そんな事を、僕は考え、となりの伊藤に停車した目的を聞いてみた。

「なんで、停車したんですか?」

「そりゃ、ちょっとね」

 要領を得ない返答に、僕が問いただそうとするより早く、伊藤は窓の外を指差す。

「お、来た来た!」

 一体、誰が来たと言うのか。僕は、言われるままに、窓の外を見て…

 熊崎が寒そうにベンチに腰掛けるのを目撃した。

「………………」

 

 なんで、アレがココにいる?

 

 とりあえず、いやな予感がした。かなり上手に、罠に嵌められたというべきか、とりあえず極上の冗句に引っかかった気分である。何故、僕は熊崎が来るかもしれないと言う可能性を失念していたのだろうか?

 アレか、つまり無意識的に忌避していたとでも言うのか。

「じゃ、クマちゃんも着たことだし…此処からはタクシーやバスで行ってくれ。悪いねえ、俺、これから名古屋で秋谷と会う約束なんだ」

 そう、隣で伊藤が言った発言で、合点がいった。

 おそらく、畠が、言ったのだろう。《名古屋に行くついでに、直江を伊勢まで送ってやれ》そうでなければ、伊藤が俺を送るはずが無い。鞘の手入れ云々には、やはり熊崎と行かねばならないんだろう、でなければ熊崎は来ないはずだし。

 騙された気分だった。

 しかし、ココまで送ってもらったのだから礼を言って車から降りた。

「じゃ、頑張れ」

 無責任そうに、伊藤は僕に助言をしてから、クライスラー・クロスファイアで走り去った。心なしか、アクセルを踏んできた気がする。何だ、オンナの元へ今すぐ参じたいのか、あのヤロウ。

 僕は伊藤に苛立ちながらも、しようがないので熊崎の方へと歩き出した。

 灰色のニット帽に、臙脂色のピーコート、それとバーバーリーのマフラー。足元はワークブーツと黒いタイツが、今日の熊崎のファッションである。対する僕の格好は酷いものだ。学校帰りに、そのまま来たものだから制服。

 因みにコートは羽織っているが、ヨレヨレである。

 見よ、お洒落偏差値のこの落差を!

「…やあ」

 だからと言って、話しかけないことには何もを始まらないので、僕はなるべく平静を装って熊崎に話しかけた。ベンチに腰掛けていた彼女は、僕の声に気付いて顔を上げた。

 アイドルとは言わないが、それでも美女並みに整った顔が僕を見る。

 驚いた表情を見せたのは一瞬。

 直ぐに何時もの無関心そうな顔に戻った熊崎は、僕に返答する。

「こんばんは、直江」

 やはり今日も話題が、続かないんだろうなぁ。

 僕は、熊崎の返答を受けた瞬間、そう思ってしまった。けど、何時までもロータリーに突っ立っていても、何もならないので、移動する事にした。と言っても、僕も彼女も十八じゃないので車は借りられない。

 仕方が無いから、タクシーを拾って、その魔術師の邸宅まで行く事になった。

 個人のタクシーの方が、地元の事を詳しく知っている、と熊崎が主張したので個人のランプが灯ったタクシーを拾う。ガソリンが高くなったからだろうか、プリウスのタクシーだった。

「ハイブリッドのタクシーか…」

「…ほら、」

 僕が珍しさに立ち止まると、熊崎が急かした。タクシーが、ハイブリッドだろうが、LPG仕様だろうが、彼女には興味が無いらしい。もっとも、走れば十分なのだから、珍しさなんてあまり必要ないのだろうケド。

「あの、ここに向かって欲しいんです」

 以前も訪れたことがあるらしい、手馴れた感じで、運転手に場所を熊崎は説明した。まったく行き先がわからない僕が、熊崎が行き先を知っていた事に安心したのは言うまでも無い。

 そして、タクシーは走り出した。

 が、やはり先程の予測は的中した。

 まったく車内に会話は無かった。時折、運転手が僕らに話しかけてきたが(何処からきたんですか、など)、その度に、熊崎が実に当たり障りの無い答えを返していた。運転手は熊崎の話に納得すると(僕らは親類の法事にきた、ハトコ同士ということになっていた)、それからは何も喋らなくなった。

 ラジオだけが流れる空間で、隣は熊崎と言う状況。

 かなり胃にくる。

「…、腹減った」

 空腹の上に、無言で叩きつけられるプレッシャー。

 いい加減に、嫌になる。

 だからと言って、面と向かって熊崎に、貴方が嫌いだとも言いたくない。言えばスッキリするんだろうが、言ったが最後、応化が出来なくなるだろう。そしたら、対マレビト戦で犬死するのは見に見えている。

 なので、これくらい我慢しとけよ。

 みたいな雰囲気が僕ら二人の間には、流れていた。

「…夕飯、食べてない?」

 沈黙を破るように、熊崎が尋ねてきた。

「伊藤さんの車に、乗せてきてもらったから、晩飯はまだ」

 そう僕は事実を淡々と告げる。

「私も食べてない」

 まあ、半ば予想できた返答だった。

 だから僕は、「そう、じゃどうします?」と聞くのではなくて、こう言った。

「僕は和食がいい」

「そ、じゃあ別に食べましょう。私は洋食がいいから」

 返ってきた答えは何時も通りだった。

 元々、無理してまで顔をつき合わせて、重苦しい食事を摂る決まりは無いのだ。僕と熊崎は相方だが、だからと言って他の担い手や応化儀杖みたいに恋仲でも夫婦でもない。

 だから、一緒に食事を積極的に摂る必要も義務も無い。

 よって、何時もの様に別行動で、食事をすることにした。


 

 目的地の周辺でタクシーを降りる。

 支払いは折半したので、そこまで高くなかった。だからATMでお金を下ろしてこなくても、食事をすませるのには十分な金があった。だから、ごくごく普通のお食事どころで定食をたのんで、食べてきた。

 海鮮定食、1570円。

 なかなか悪くなかった。もっとも、僕はとりたてグルメではないのだから、別にジャンクフードでも美味いと思える。けれども、はるばる地元から出てきてマクドナルドやケンタッキーで済ますのもどうだろうか?そう思って奮発したのだ。そして成功した、良い事だ。

「……くぁ」

 そして今。

 僕は、いい具合の満腹感と疲労で眠たかった。寝てはダメだと、気合を入れるのだが…限度がある。仕方が無いので、カフェインの力を借りる為、ボスのシルキーブラックを飲んだのだが、眠たい。

 ローソンで缶珈琲を入ったついでに、買ったキシリッシュを噛んでも、睡魔は逃げなかった。完全に、気が抜けているようだ、これから魔術師なんて胡散臭い人物と会うと言うのに。

「帰りてぇ」

 それを思い出すと、すごく帰りたくなった。

 ただ、今から帰宅すると絶対終電に乗れないので、何処かの宿で一泊するしかないだろう。しかし、伊勢の魔術師と聞いていたから、どんな山奥に住んでいるかと思っていのだが、わりと街から程近いところに居を構えていた。

 なので、少し歩けば、駅にぶつかるだろうし、駅前なら、宿の一つや二つくらいあるさ。――宿に移動して、寝ようか?

 僕が、そう考えた時だった。

「行こうか、直江」

 やっと食事を終えたらしい熊崎が、僕を呼ぶ。

 コンビニのゴミ箱の前にいた僕は、しかたがないので熊崎の方へ歩く。

 足が碇になってる。

 


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