賃借武芸
2
バイト中、何を考えるかといえば、何も考えない。
先程とは違い、本当に何も考えない。
気を抜けば死ぬ状況で、僕が余分なことを考えるはずも無い。つーか余裕がない。何故なら、僕の剣術は借り物であり、未だに自分の物として取り込む事が出来ないでいるからだ。
故に気の緩みはもってのほか、ただの雑念でさえ、命取りになる。
自分に気合を入れ、僕は最初のマレビトの群れに切り掛った。
走り出した、脚を止めることなく、切り上げで一匹目の首を刎ねる。そうして、首が落ちるより速く、二匹目の前足を断つ。斬った勢いをそのままに、僕は返す刀で三匹目の胴に一閃を入れ、呻く二匹目にトドメを刺す。
此処まで一呼吸。
それから、僕は止めていた息を吐き、吸い。そうして残る敵目掛けて、咎獅子を振り下ろす。僕の体重を乗せた一撃は、最後の一体の頭部を叩き割る。
斬られたマレビトの死骸が燃える中、僕は周りを見渡した。
今回、ホワイトノイズの規模が大きいだけあって、大量のマレビトがいる。その上、普段の犬型、虎型、に加え見慣れない奴が見受けられた。大蛇のような奴、豚のようなやつ、また厄介そうなマレビトの予感がする。
駆除にも慣れてきたし、もうコイツラを斬っても何も感じない。
が、まだ油断は出来ない。
どうも、慣れると注意が散漫になるらしい。普段倒しているマレビトにしても、今の新型にしても、まだまだ残っている。だから、油断は禁物だ。
「っと!」
新しいマレビトが突っ込んできた。
狙うは横薙ぎ。僕は豚のような、そのマレビトの胴を狙い、左からの薙ぎを放つ。
狙いも速さも悪くない、僕はマレビトを斬ったと思った。
しかし、咎獅子の刃は空を斬っただけだった。
意外だった。
外見からは想像しにくい俊敏さを発揮されたらしい。攻撃をかわされたばかりか、僕の腕が伸びきっている事を知って、体当たりしてくる。体当たりといっても、僕の二倍はありそうな質量が向かってくるのである。
当たれば無傷ではいられまい。
冷や汗をかきながら、僕は体当たりを避けた。
今の攻撃が避けられても、次がある。そう、頭で解っていても、僕は避けられたことに焦った。次の手をどうするか、僕が焦りから生まれた動揺に襲われた。
だから、反応が遅れた。
豚のようなマレビト――ソイツが、何かを噴出したのだ。
「!」
霧吹きのように、何らかの液体が細かく宙に散る。僕はソレを直接は被らなかったが、完全な回避には失敗したらしく、服の袖に浴びてしまった。
僕はマレビトから距離を取りつつ剣に付着した液体を払う。
空中に舞った、液体の臭いだけは、嗅いだが……酷い臭いだ。石油系の臭いに、生臭さを足した様な悪臭。
僕が顔をにおいにゆがめた瞬間だった。
豚のようなマレビトが、口を大きく開ける。
何をこのマレビトが狙っているのか、僕が理解した時には、
マレビトは、その歯を勢い良く噛みあわせた。
清んだ、金属片を打ち合わせる音と、そして発火の轟音。
―――燃え盛る火の勢いに僕は度肝を抜かれた。
気転を利かせ、マレビトの方向へと飛び込むような形で、緊急回避をしてなければ、焼け焦げていただろう。僕は勝手に動いた体に感謝しながら、体を跳ね起こしつつ咎獅子を構え直した。
もう一度、マレビトは火炎放射をしようと、可燃性の霧を噴出する。
…しかし、その動作は一度見ている。
なによりも人間の慣れと学習とは恐ろしいものだ。
平然と、僕は歯をかみ合わせる瞬間を狙って、マレビトの口腔に咎獅子を突き立てていた。
「………」
声を出せぬまま、燃えていくマレビトを眺めつつ、僕は内心安堵した。
もしも歯に、刃を当てれば、最悪爆発の可能性もあったのだ。しかし、終わってみれば呆気ない。僕は可燃性の液体を払ってから、残る敵に目掛けて走り出した。