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シルバリオ(下)

 英雄〝望郷の業火〟スカーレッドのご活躍によって、後世魔王と呼ばれた簒奪者〝解嘱の魔法使い〟シルバリオの恐ろしい野望は見事打ち砕かれました。こうして、世界は平和になったのです。おしまい。


   ◆


 轟と。

 疾風が地下深くの灰城の窓枠の一角を砕いた。血飛沫孕む風である、超常の産物を繰るのはまさしく化物少女、そのヒトガタの名は〝魔法使い〟シルバリオといった。

 英雄の一撃により瀕死の重傷を負ったルーであったが、流石一度は覇道を成した〝虫の皇〟というべきか――少女はその魑魅魍魎の魔導刻印〝嘘〟さえも犠牲にして、しかし未だ虫の息ながら生を繋いでいた。

 ここは表の帝宮と対をなす裏の居城、シルバリオの真の棲家である。少女の異形の手下さえ存在を知らない。ここはルーが束の間の孤独と安息を求めるために、数匹の奴隷に拵えさせた地下の楽園であった。そして親友セレインのための巨大な墓標でもあった。

 優美にして荘厳なる空間を、しかし己が血で汚しながらひた進むシルバリオの様は、一種強烈な皮肉だった。そうだろう? その贅を凝らして労作された絨毯の影に、いったい何人の屍が重なっているか、少女以外が知らぬということは、他は皆例外なく死んでいるということだ。大望成就のためといくら嘯こうが、簒奪者の罪はあまりに重い。

 されどそんな鬼畜の所業を人として生きた頃も、また外れた頃も断行してきたシルバリオだが、そろそろと償いの時は近づいて来ている。死は不愉快な隣人だ。その陰に寄り添うように、呼吸するように人を壊してきた元異端審問官には解る。走狗はよく鼻が利く。人を棄てて鬼となろうとなお逃れられぬ死が背後から追ってくる。

 死神だろうと死ぬ。これは必然である。ならばこそ、死せるその瞬間までシルバリオは己のエゴを突き通そうと歩いた。血を撒き散らしながら、肉落ち骨秀でた四肢を酷使し続けていた。無様なものだ。もうこの虚構の灰城を除けば己には何も残ってはいない。異形も皆朽ち果てた。これ幸いにと、延命のために〝解嘱〟してやった。望み通りだろうと言えば聞こえはいいが、要は最後まで彼奴らは一匹残らず少女の手で弄ばれた訳である。

 〝嘘〟は今や如何様の道理か灰と替わり、一刻散々と四肢から崩れ消える。思い返せばこれはいつもシルバリオの今生に、ルーの人生に纏わりついて離れぬ強靭な呪いであった。しかしこれが無ければ少女はただ悲劇の乙女のままに、悔やみ嘆き悲しみ――そして無為に死んだであろう。故に少女は肯定する。夢破れ死の淵に足を掛けて今まさしく落下する寸前だとしても、これが己の人生だった。インに奉げた命の煌めきに、後悔など微塵もない。

「――ただいま」

 開いた扉の向こうはこれまた洒脱な寝室であった。部屋の中央に鎮座する天蓋付きのベット、その毛布の柔らかな感触を楽しみながらルーは寝っころがると、枕脇に鎮座していたインの、親友の頭蓋骨をそっと抱きしめた。

 空きっぱなしで熟れた肉の間に、ルーの中にインがずぶずぶと沈んでいく。人魔は今一つとなるのだ。激痛すら少女には心地好かった。それはまだ暫く己は生きているのだという確かな証であるのだから――。

「…………ああ、」

 嗚咽を零しながらシルバリオは静かに目を閉じる。どうしてか酷く眠たい。冷たい感触が、なんとも言えず、……、…………、………………、――――――。

 そうして少女は末期に夢を見る。親友との幸せな夢を、狂愛なる化物の物語はこれで終わる。笑みを零して、そして灰城には誰もいなくなった。

 魔女の涙は灰色の地面に吸い込まれることはありませんでした。ガラス玉のようにぽろぽろころころと大地を転がりました。いくつもいくつも転がりました。

 やがて灰一色だった空にいつぶりでしょうか、輝く太陽が強く強く光を届けました。太陽の光を受けた涙はしばらくの間無色透明のまま輝いていましたが、やがてその内側から外側から色が光り出しました。放たれた色は混ざりあいながら世界を染め始めました。魔女の嗚咽が終わり顔をあげたとき色の世界は昔の豊かな色彩をすっかり取り戻していたのでした。

 世界に色が戻ってからも灰色の魔女は城に残り一人で住み続けました。それでも彼女が寂しさを感じることはありませんでした。何日かに一度は色たちが魔女のお城に遊びに来ましたし、誰も来ない日が続いても自分が独りではないとわかっていたからです。


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