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シルバリオ(上)


 静かなる灰の森の中を〝一人〟の猪が駆けていた。ずんぐりとしたその巨体は見かけによらず俊敏である。しかし無気味であった。移動を続ける猪からは足音がせず、その重心はまったく上下にぶれることはない。故にその挙動は他の動物を混乱させる。

 現に目前にいた〝一匹〟の猪がそうだった。まだ若い雄猪だ。先日に群の長である牡丹御前を失い、離散し一匹ふらふらと彷徨っていた猪には、そんな初めて見る同胞のような形をした〝ナニカ〟など、どう対処すればいいのかわからない。

 混乱し立ち往生する雄猪とは違い、ナニカは迷うことなく前進を続けた。そして。獲物の瞬きの刹那を縫うが如く、そしてナニカの腹から一人の男は躍り出た。その生皮を被っていた男は、里では若旦那と呼ばれる青年である。

 躊躇なく振り切られた若旦那の、その利き手に握られていた厚み刃の小刀が、雄猪の眼球をぶち抜く。その勢いのままに一歩踏み込んで男が得物を右捩じりすれば、既に脳まで達していた刃は猪の頭の中を滅茶苦茶に掻き乱した。技名なき里人の殺法である。

 雄猪は叫び声を上げる間もなく地に倒れ伏した。すぐさま脇差した一振りが躍り、猪の腱を滅多裂き、止めとばかりに喉へ何度も刃が突き立てられる。そうして末期の微痙攣の後、猪は息絶えた。そこまで確認して若旦那はふう、と息を吐き出す。

 森で獲物を狩る時はいつもこうだ。かつては師匠に今では弟子に、そして三年前までは友にも、やり過ぎではないかと疑問視されるくらいに徹底的に殺すのが、若旦那のやり方だった。確かに、体力は使うしあまり見目もよろしくない。自信が無いわけではないのだ。森に凄んで業を鍛えて早十数年、今の己ならおそらくもっと上手く仕留められるだろう。それでも不安が消せないから今日も男はこれを続けている。

「……シグよぉ、まったくお前って奴は面倒事に引っかかりやがって」

 猪の死肉を手早く解体しながら、そう若旦那はぼやいた。不安。嫌な気持ちだ。こういう心持ちの日は昔から碌なことがなかった。古くは駆けっこの最中に転び、幼馴染みに告白すれば恋に破れ、そして悔しいながらも祝福したはずの友のフニは、飢饉により出兵し、遂に昨晩に死んだことがわかった。いつも不安の代償に男は奪われてきた。故に案じずにはいられない。

 シグの師匠役を請け負ったのはフニへの罪滅ぼしのためだった。友と嘯きながら、若旦那は出兵の折り、ともに旅立てなかった過去をこの三年の間ずっと悔いてきた。だからせめて少年は死なぬように、男は殊更に厳しく鍛えてきたのだ。その少年も今は傍にいない。

 代理の見習いは解体が終わってもなお未だ姿が見えなかった。それが若旦那には不満で不安だ。男は俊足である。里の誰も足では己には敵わないだろう。けれども、シグならばもう追いついてきていた。少年は細身にしては中々に根性がある。こうして男が狩った獲物の肉を背負わせても見習いのように速度が落ちることも、遅れることもなかった。

 三年という月日は、シグという子供が大人になるには十分な時間だろう。己のエゴからも、どんな獲物からも逃げずに学んできた少年の矮躯は、既に若旦那とは違う方向へと洗練されている。口には出さずともよくぞ、と最近は男も感心していた。

「けれどもまさか、こんなところで足を引っ張られるとはなあ……」

 そんなシグの身のこなしに感ずるものがあったのか、それとも年子ということもあってか、姫君様はすっかり少年を気に入ってしまわれたご様子だった。それを慮った長達に今日の狩りには違う者を連れて行けと命じられたのが、今より数刻前の朝の出来事だ。

 あと数日で出兵だというのに狩りを急ぐ理由は聞いている。何でも此度の戦には女子供も後方で物資の補給などの作業を行うのだそうで、里に残るのは少数の赤子の親とそもそも戦力になれない老人だけなのだ。そうとくれば今の内に狩ろうという話になるのは肯けた。

 長年、里人を悩ませてきた御前が討たれてからまだ一日。猪の群は行動の統制ができていないことはわかっている。まさしく今が絶好の狩り時だ。だというのに、見習いがこうも足手まといになるとは――。

「……いくらなんでも遅すぎるだろ」

 次第に不安は苛立ちへと変わってきていた。もしかすれば大戦を前に高揚していたのかもしれない。これで、やっと。やっとフニの仇が討てる。燻ぶって後悔する日々はもうごめんだ。己のため、シグのため、魔女を殺す一矢と若旦那はなりたかった。その前準備で足を引っ張られるこの状況が、男の苛立ちを助長していたのだ。だから気付くのが遅れた。

 がさがさ。

 がさがさ。

 草の根をかき分ける音に、若旦那は憮然とした表情で振り返った。一言怒鳴りつけてやる。しかし背後には誰もいなかった。あるのは風に揺れる灰の草と蠢く灰の虫。

「…………気のせいか?」

 確かに気配がしたのだが、もしかすれば勘違いだったのかもしれない。数秒、変わらぬ灰色をねめつけて視線を戻す。

 がさがさ。

 がさがさ。

 ―――て。

 途端に聞こえた音に今度こそと顔を上げた。しかし振り返ってもやはり誰もいない。見習いの性質の悪い悪戯か? 己も嘗められたものだ。若旦那は声を張り上げた。

「おい、いるんだろ! 馬鹿やってねえで出てこい!」

 若旦那の怒鳴り声が森に響く。しかし見習いが姿を現すことはなく、葉のざわめきは途端に聞こえなくなった。風が止んだ。慎とした静寂が男を包む。これが擬態だとすれば見習いの実力はたいしたものだろう。けれど今はそんな遊びに付きあっている場合ではないのだ。そんなことも理解できないのだろうか?

 この時まさか、と。そんな油断が若旦那の中にはあった。まさか姫君様が居られるこの里に、今まさしく彼奴らがやって来ているなどと、そんな馬鹿げた、あまりに救えない話があってたまるか。そう無意識にある可能性を否定していたのだ。だから聞き逃した。

 助けて、と。

 死の間際に、必死に大人に助けを求めた名もなき子供の訴えを。苛立ったという理由だけで若旦那は聞き逃した。そうして〝ソレ〟は入れ替わった。ずるり、と。悪戯好きな見習いという間違った認識に、ソレは誰知れず入り込んでいた。人という生皮を被った、その名は――。

 がさがさ。

 がさがさ。

 ――して。

「ったく、つきあってられるか。……俺はもう次の獲物を探しに行くからな!」

 そう言って地に脱ぎ散らかしていた猪の生皮を手に取り、直後、若旦那は慌てて手を離した。蜘蛛だ。見たこともない大きな蜘蛛が生皮の上を這っていた。気持ち悪い、灰色だと特にそう思う。このでっぷりした尻、かさかさと動く十本の脚に、鎌状の鋏角。――うん?

 おかしい。若旦那は急に不安を覚えた。これまでにない何か決定的な違和感をこの蜘蛛から感じたのだ。このままではいけない。そんなよくわからない直感が働いた。だから手早く蜘蛛を掃って生皮を抱え込み、そのまま踵を返して。

「……は、…………ひっ!」

 そして目の当たりとなった異常に、若旦那は思わず悲鳴を上げていた。眼前の木が、灰色が、もぞもぞと蠢いている。気づかなかった。びっしりと周辺の樹木に張りつくその蜘蛛の群に。次いで何かが這い上がってくる感触がした。かさかさかさ、と。下を向けば、蟻の巣穴としか見ていなかった穴という穴から蜘蛛がその身を覗かせていた。それが一挙に己の足を目指して移動してきている。男はもう生皮をも放り出して蜘蛛を払い落とそうとした。

 その姿の、なんと滑稽なことか。若旦那は気づかない。己は先まで何をしようとしていたか、大事の前に小事に捉われた男は気づかない。不安という唯一己が身を救ったかもしれない天啓を忘れ、ただ目の前の小手先に捉われたその姿が、もはや蜘蛛に喰われて跡形なく消え失せた、あの雄猪といったい何が違うのか?

 がさがさ。

 がさがさ。

 ―うして。

 草をかき分けソレは確実に若旦那へと迫りつつあった。その手に死した見習いを引きづって、怒りと悲しみを混ぜたような表情を浮かべ、まったく現状に気づけない友の、その醜態を嘆きながら、しかしけして魔女からは逃げられぬ己が身に絶望を抱いて。

 斯くして。

 気づきはもう遅すぎた。突如と感じた強烈な視線、森の木々の間を縫うように若旦那を射抜くソレがいる。人の仕業とはとても思えなかった。いけない。このままではいけない。ここに留まってはいけない! 不安がそう告げていた。得物を拾う間もなく男は走った。少しでもこの場から離れようとした。その背に――。

「があっ!」

 何か重たいモノが投げつけられた。若旦那はもんどりうって倒れる。しかしすぐに起き上がろうとした。そして己に圧し掛かるわけのわからぬモノを退かそうと手をかけて。

 ぬちゃり、と。嫌な感触がした。まるで獲物の差し口に腕を突っ込んだ時のような、そんな生暖かい肉の感触だった。いけない。そう考えながらも男は確認せずにはいられなかった。

 そうして。

「…………ひっ」

 己が指を突っ込んだモノが何か若旦那はやっと知った。人だ。動かない。もう死んでいる。顔を知っていた。今朝方会ったから。

「……どうしたんだよ」

 見習いの死体が若旦那の眼前にあった。その面には目玉がない。どうしてわかる? だって、だって己が指を突っ込んでいるから――。

「あ、ああああああ……!」

 若旦那は恐怖に後退った。立てない、腰が抜けていた。股内が濡れる感覚と嫌な臭いが鼻を衝いた。意味が解らない。どうなってる? 何が起こってる? どうして見習いは死んでいる? まさか。考えたくない。信じたくない。嘘だ、嘘だ嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ。

 こつん、と。

 必死に後退っていた若旦那は何かにぶつかった。木じゃない。だって軟らかいし生暖かい。しかし獣じゃない。だって荒い息遣いもしていないし、男を前に何の反応も示さない。けれど、けれどそれじゃあ人でもないってことじゃないか?

 さわさわとした毛に覆われているソレは、剣のような硬さと生物の生暖かさを伴っていた。脚。これは脚だ。しかし何の? どうして己はそう考えたのか? かさかさかさ、と。近づく子蜘蛛。気持ちの悪い蜘蛛の群。そうして唐突と、若旦那は気づいた。

 そして震えた。全身がどうしようもなく震えていた。先までの決意も何ももう若旦那にはなかった。ただ顔を上げるのが怖くて。でも。だって。どうしてこんな蜘蛛に己は恐怖を抱いていたのか? 簡単だ。これが自然のモノではないと――すなわち異形であると、己の不安がそう告げていたからだ。蜘蛛の脚。それが、それが十本なんて有りえるはずがないのだ!

 震える若旦那の肩をがっしりとソレが掴んだ。感触は大きな掌に似ていた。束の間の安堵。しかし直後に、両腕と腰と両太腿、計八箇所にまったく同じ感触を覚えたことで、遂に男は恐怖に失神した。けれどすぐに、万力の如き腕力による激痛によって男は意識を戻される。

 異形だ。間違いなく異形だった。どうしてこの森に? どうして今日なのだ? 明日以降に出会っていたとすれば男は怖れなく挑むことができただろう。でもまさか今日だなんて。

「どうして?」

 どうして、と。若旦那が口を開く前に同じ声は聞こえた。ぴたり。男の抵抗が唐突と止む。恐怖は霧散した。ただ驚愕が、男を支配していた。嘘だ。幾度目かの否定。嘘だ嘘だ。そんなわけがない。嘘だ嘘だ嘘だ。そんなことが――。

「どうして、どうしてどうして、どうしてどうしてどうして、……どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテどうシテどうシテどうシテどうシテどうシテどうシテどうシテどうシテどうシテどうシテどうしてドウしてドウしてドウしてドウしてドウしてドウしてドウしてドウしてドウしてドウしてどウしテどウしテどウしテどウしテどウしテどウしテどウしテどウしテどウしテどウしテどウしてドうシてドうシてドうシてドうシてドうシてドうシてドうシてドうシてドうシてドうシて――どうして?」

 壊れたように繰り返す。異形の、その声に、若旦那は聞き覚えがあった。恐る恐る視線を上向けた先にいたのは、やはり悲しそうなフニの、その顔で。

「……そんなの、そんなのあんまりじゃねえかよおおおお!」

 大口を開けて迫りくる化物を前に、若旦那は死の間際に至って。異形の、そのあまりの悪辣な真実に、声を荒げたのだった。

 ぐちゃり。

 ぐちゃり、と。

 異形の咀嚼音だけが灰の森に響く。フニの顔で異形は友に噛みつく。血も肉も骨も、別けることなく喰らい尽くす。それが義務だと言わんばかりに、それが苦痛で堪らないと言わんばかりに、その表情は哀しみで固定されている。

 その周辺に夥しい数の子蜘蛛が集っていた。地に落下する肉片一つ血涙一滴も残すまいと、先を争うように群がる異形の十本脚はまさしく鬼畜の落とし子だった。子がいるならば親がいる。それは人も虫も異形も変わらぬ道理ならば、子蜘蛛を世に落とすために腹を痛めたのは、フニである異形だった。人を喰らえば腹は溜まる。その余分を子蜘蛛として異形は孕むのだ。そうして。先に死した友もやがては子蜘蛛として世に孵る。

「うふふふ、あはははは、――おめでとう、フニ」

 そんな狂気の食人を弄び無為に貶めるヒトガタがいた。

 唐突と、地に群がる子蜘蛛はその一匹残らず四散した。友一人とは比べ物にならない血と体液が辺りに広がる。しかし噎せ返るような悪臭はなかった。正確には、フニの鼻孔がそれを嗅覚する前に、空に舞った血霧は地の一点に集約したのだ。

 そこから一本の腕がずるり、と生えた。灰の世界に似合わないその白き肌はこの世でたった二人だけが持ちえる色だ。そしてそれが英雄などとは断じて有りえない。ならば次いで上半身を血の地から覗かせたのは、やはり簒奪者〝解嘱の魔法使い〟シルバリオであった。

 忌まわしき食人の結果とはいえ、確かにフニの子であった蜘蛛らを何の感慨も遠慮もなく皆殺しめ、その体液と血を触媒にこの地に現れたシルバリオの容姿は、三年前と変わらぬ美少女のままだ。四苦さえも屈服させた邪悪なる魔法使いは、愉快とばかりに異形に拍手を送る。

「まずは〝一匹〟ね。足かけ三年、詰まらない意地を張っていると楽しんでいたけれど――。始まってしまえば意外とあっさりしたものね」

 その内実を知らぬ何者が見れば惚けてしまいそうな笑みを、シルバリオはフニへと向けた。しかし人形のような見目に似合わぬ三白眼が孕む眼光は威に濡れている。つまり少女が異形の眼前に姿を露わにしたのは、けして戯れからくる情動がすべてを占めているわけではない。

「ふふふ、それにしてもなんて偶然なのかしらね。今日は良い日になりそうよ? フニ」

 シルバリオは己が身を地上の神にも匹敵する存在であると信じて疑っていなかった。しかしそう思いながらも未だに魔法使いを名乗るのは、魔法の頂きを極めたこの身でさえ十全ではないことを少女はまた知っていたからだ。

「……なんせ貴方が求める二匹と〝赤い〟お姫様が同じ場所にいるんですもの」

 真に腹立たしい。演技じみた動作でフニに背を向けたシルバリオの声音は愉快気であったが、けれど異形から陰るその表情はまさしく悪鬼の如く不愉快気に歪んでいた。繰り返すが少女は神ではない。個の才覚で以て他者を異形へと変態させ、色の精霊を握り殺し、果てには帝国という人の群さえも一顧だにせず蹂躙した魔法使いにも、唯一意のままにならぬ存在がいる。

 それこそが彼の英雄〝望郷の業火〟スカーレッドに他ならない。彼女は、このシルバリオが認めねばならない正真正銘の天敵であった。七年前、完全にして無欠と謳えた少女の魔法から彼女はただ一人逃れ得た。しかし当時八つの小娘にいったい何ができる、と。そう侮ったが故に少女は見逃したのだ。

 結果が三年前の反乱であり、放っておけば近日中に起こるだろう再乱の発芽である。無論、只人がいくら束になろうともシルバリオの前にはまったくの無力だろう。事実として三年前も外敵に己が影を踏ませるまでもなく少女は完封し、そしてフニは異形という躯籠に捉われた。しかしそれでも今こうして少女が帝都の外へと姿を見せたのは、スカーレッドに対して払えぬ疑念が胸中に渦巻いているからだ。

 恐れているとは過言ではない。何故にあの帝国の末子には、シルバリオのあらゆる感覚が機能不全を引き起こす。まったく己からは察知できない不気味の面影、それこそがスカーレッドである。現に、こうして偶然にもフニが獲物の一人を喰らわねば、少女は此度の再乱の予兆を察知することもできなかった。

 未だ異形の餌の記憶からしか見ぬことが敵わぬ英雄の残滓に、シルバリオは憎しみを覚えずにはいられないのだ。故に仕掛ける。攻め込むと天敵が嘯くのならば、己自ら出向いて完膚なきまでに淘汰してやろう。そんな暗い心持ちであった。

「ともかく。あと二匹よ、フニ。貴方は己の手で残った者達をすべて殺すの。……そうすれば、貴方は己を取り戻せる」

 静寂に響く甘き戯言は、己がコレクションにかつてから言い聞かせてきた悪意の種だった。フニは変態の間際まで確かに愛していた三人を殺害すれば、異形の我が身から解放されると、裏切りに報いを与えれば己は人間に戻れると、そんなシルバリオのわかりきった嘘に盲目的に縋っている。

 どうして、と。

 裏切られたというその気持ちだけが今の異形と化したフニを衝き動かす。

 その一心が、ヒトガタと成り果て同族を喰らい異形の虫を腹に宿す。そんな化物を、今日までフニの顔面と記憶を忘れぬまま発狂を許さずに存続させてきたのだ。死よりなお辛き境遇に遭いながら、異形として人を襲い生まれの故郷を目指して進撃してきた。

 そのどうしようもない愚かしさをシルバリオは愛おしんでいる。果たして残る小生意気な弟とたった一人の愛する貴女とやらを捻り殺した後に、すべてが嘘だと知ったのなら。

 いったい、どんな感情の発露をフニは己に魅せてくれるだろうか?

 それが待ち遠しい。だからこそ純粋に肴を楽しむために、後方の憂いにはそろそろ退場して貰わねばならないのだ。世に苦痛は要らず、神様は居らず、人道は在らず。ならばシルバリオが思うがまま振舞うことを誰が咎めるというのだろうか、いいや誰も咎めはしない。

 咎めることなどできない。久しく仰ぎ見た天空はシルバリオの瞳には灰と映らず、あの時と同じ蒼穹が広がっていた。そう丁度こんな天気の良い日だった。

 幼馴染みのセレインが殺されたのは――。

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