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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ある芸術家の独白

作者: ラリクラリ

※BLです。少々血なまぐさいです。死んだ彼に関して語っているだけです。特に山も無く落ちも無く意味もありません。閲覧に関しての苦情は受け付けておりませんことをご了承ください。

 宝生 観月が、死んだ。死因は自殺。彼はいよいよ警察の手から逃れられないと判断すると、自分を使って最後の『作品』を作り上げてしまったのです。彼らしいと思う反面、何も僕のアトリエを舞台に選ばなくてもよかったろうにとも思いました。眠るように死んでいる親友と、何の心構えも無しに対面する羽目になる僕の心情を、彼はこれっぽっちも考えてはいなかったのでしょう。或いは、それすら楽しんでいたのかもしれませんが。



 彼と初めて出会ったのは、大学一年目の夏でした。ひたすら粘土と向き合う僕に、彼が声を掛けてきたのが始まりです。


「やぁ。君が、いのせ こうづきくん?」


 後ろから掛けられた声に振り向いた僕は、同年代の男がひとり、入口に立っているのを見ました。彼は薄水色の麻のシャツに、何の変哲も無いジーパンを穿いていましたが、際立ってスタイルが良く、顔の作りも美しかったので、僕はまるでモデルのようだな、と何とはなしに思ったものです。この感想は、彼に会うと度々抱くものでもありました。


「こうづきではなく、こうげつです」


「ああ、こうげつかぁ。御免ね、紅月くん。僕はみづき。ほうしょう みづきだよ。月仲間だね」


 僕はこの時、はぁ、と酷く気のない相槌を打ったように記憶しています。製作に打ち込もうとしたところで声を掛けられた為に、気がそぞろになっていたのです。


「それで、紅月くんは何を作ろうとしているのかなぁ?」


 この質問に、僕は咄嗟に答えられませんでした。大抵の人が、僕の答えに嫌な顔をするからです。ですが彼は、粘土の塊を指差して、平然と言いました。


「それ、生首にするんだよね? 男の人か。壮絶な顔してるねぇ、どんな死に方したんだろう」


 無邪気な子どものような笑みを浮かべる彼に、僕は絶句してしまいました。何故なら彼は、まるで僕の頭の中を覗いたかの如く、僕が作ろうとしている物を言い当てたのですから。まだ粘土は首の形にもなっていなかったのに。


「どうして……」


 僕はそれ以上、言葉を続けられませんでした。聞きたいことが多すぎたのと、後は、彼によって物理的に口を封じられてしまった為です。


「僕は、君に興味があるんだ」


 彼の赤い舌が、つい先程まで僕の唇に触れていた、柔らかく温かな彼自身の唇をぺろりと舐めました。僕の顔は、恐らく真っ赤になっていたでしょう。自分で判る程の熱を持っていましたから。何と言っても、これがファーストキスだったのです。

 そんな僕の反応など歯牙にも掛けず、彼は、それはそれは美しい笑みを浮かべていました。


「きっと、君の理解者になれるよ」


 そうして彼は後年、言葉通り僕の良き理解者になりました。そうでなくとも、数ヶ月後には親友になっていましたが。あの関係を本当に親友と呼んで良いものかは判りかねますが、恋人と呼ぶには何かが決定的に欠けていることも確かです。ですから便宜的に、僕は彼を親友の位置に置いていました。


「いつか僕が死んだら、君の作品の素材にしてね。それで最高傑作を作ってよ。勿論、君が死んだ時は一緒にお墓に入れてくれるでしょ?」


 彼には、僕がいつか人を素材にして死を表現したいと思っていることを見抜かれていました。そして、もし本当に彼が僕に死体を提供してくれたとしたら、それを用いて作った作品を、決して他人に譲らないであろうことも。

 彼の前では隠し事なんて何一つ出来ないとその頃には解っていたので、僕は「楽しみにしてる」とだけ返しておきました。彼はとても満足そうに笑っていたので、もしかするとその時には既にこうなることを予想していたのかもしれません。



 出会った当初、彼は自分も死をモチーフに作品を作っているのだと言っていました。僕は当然興味を惹かれ、作品を見せて欲しいと頼んだのですが、とても人に見せれる域には達していないからと断られ、渋々引き下がっていたのです。

 今思うと、半分は本音だったのでしょうが、もう半分は僕を本当に信用できるか見定めている途中だったに違いありません。証拠に、彼は四五年もすれば自分の『作品』を僕に見せてくれるようになりました。僕はそれを見て、「ああ、やはり」と思ったものです。その頃には、猟奇殺人だの連続通り魔だのと、世間も随分と騒がしくなっていましたから。

 僕は死を表現することを目的として作品を作っていましたが、彼は死を演出することに喜びを見出している人間でした。本人曰く、最初は自殺サイトで『素材』を見繕っていたようです。しかし彼は段々それでは満足できなくなり、インスピレーションが湧いた相手を次々『素材』にしてしまいました。

 僕を『素材』にしたら如何に素晴らしい作品が出来るか、と言うことを彼に熱く語られたこともあります。道具は使わず、彼の手で直接じわじわと首を締め上げられ、絶息の苦しみに悶えながら死へ向かう僕はさぞ美しいだろうと言われて、僕はどう答えれば良いのか非常に悩みました。だってそうでしょう、喜々として自分を殺す話をされて、平然と答えられる人間はそうはいない筈です。

 けれど彼には実際のところ、僕で『作品』を作る気はありませんでした。彼は僕を『素材』として消費することより、僕が生きている方が良いと言う結論を、もう随分と前から下していたようです。彼の美学に真っ向から相反する考えでしたが、彼は中々に思考が柔軟ですので、「これはこれ、それはそれ」と割り切っていました。僕が彼に愛されているのだと実感したのはこの時です。それまでは、彼が僕と身体を重ねる理由は単に快楽の為だと思っていたので。


 話が逸れましたが、彼は学生時代から人を殺していました。しかし彼はとてもずる賢く、また非常に勤勉で優秀でしたので、警察は犯人の検討をつけることすら出来ていなかったのです。色々な場面で機械化が進んでいたことも、彼に有利に働きました。監視カメラの映像など、彼は幾らでも書き換えられたのですから。

 それでもやはり、これだけ人を殺していれば思わぬ出来事にも出くわします。何より、機械のデータは改竄できても、人の目には手の出しようがありません。彼は偶然が重なった結果、人に顔を見られてしまいました。そこから彼の逃亡生活が始まりましたが、五年という月日は長かったのでしょうか、それとも短かったのでしょうか。

 逃亡中でも彼は度々、変装して僕のアトリエへやってきました。そして僕の仕事道具その他諸々を使って本物そっくりな顔の仮面を作り、見た目を変えていたのです。僕はそれを黙認していましたが、もしバレても、彼に脅されていたことにするよう言われていたので、特に問題は無かったでしょう。彼が死んだ今では、その事実を知るのも僕のみです。

 それはそうと、彼と仲の良かった僕のアトリエには時々刑事さんがやって来ましたが、不思議なことに、彼と鉢合わせたことは一度もありませんでした。一体どんな手を使ったのかは解りませんが、彼は刑事さんが帰った後にやって来て、仮面を作り、僕と共に眠り、そしてまた何処かへと姿を消すのが常だったのです。行き先を彼に尋ねようと思ったことは、特にありません。彼が何処へ行ったかは、テレビを付けていれば大抵、数日後には判明していたので。なにせ彼は自分が犯人と知られてからは、一切隠す気無く創作活動に打ち込んでいましたから。

 世間は彼のニュースで持ち切りで、僕の元へマスコミがインタビューに来るのもそう珍しいことではなくなっていました。特に僕は死を表現する作品を好んで作っていましたから、勝手な想像をする人も多かったです。痛くもない腹を探られたところで、どうと言うことはありませんでしたが。僕にとって痛い腹は、彼にアトリエを貸し出していると言う、その一点のみでした。そしてその弱点に気付く者は、少なくとも僕が対峙した相手の中はいなかったのです。


 いい加減、彼が死んだ時の話をしましょう。彼は僕のアトリエで、冷凍倉庫の扉を開け放ち、作業台の上に横たわった状態で死んでいました。近くにはカメラが設置してあり、そのカメラには彼のメッセージと、死ぬまでの様子が全て収められています。彼は自分の身体を僕の作品の『素材』にする為か、なるべく死体を傷付けないよう血管に針を刺し、少しずつ血液を抜いていく、という方法を選んでいました。麻酔などは使わず、失血により自然と気絶するまで、意識は保ったまま。

 正気とは思えない自殺方法に、それでも彼らしいと思ってしまうのは何故なのか。彼は死に向かいながらも、ひたすら僕へ向けて語り続けていました。メッセージとは言いましたが、実態はラブレターに近いです。愛していると、会話の合間に何度も挟み込まれるその言葉は、彼の最後の告白であり、束縛でした。

 今でこそ落ち着いて語っていますが、彼を見つけた瞬間の僕はそれはもう、酷く取り乱したものです。彼の脈を取り、呼吸を確かめ、そして流れ出た血の量を見てどうあっても死んでいる、助からないと悟った僕は、子どものように泣いてしまいました。出来ればそのまま一日くらいは泣いていたかったですが、そうもいかないので警察に連絡し、警察が来るまではぼぅっとしていましたね。正直、何も考えたくなかったのです。

 警察が来てからは慌しかったと記憶していますが、実際に何をしていたかはよく覚えていません。気が付けば、僕の元には防腐処理を施した彼の死体がありました。処理を施したのは僕なんですけれどね。

 この世の中は、僕にとって非常に都合が良かったです。彼は犯罪者で、稀代の人殺しでしたが、それでも最低限の人権は保証されていました。彼の書いた遺言はきちんと認められ、彼の死体は僕に譲渡されたのです。『素材』として扱われる旨にも同意しているので、僕がどう使ってもそれは死体損壊には当て嵌らないとか。今の時代に生まれて良かったと、心から思います。ちょっと前は、本人が良いと言っているのに倫理がどうの道徳がどうのと騒ぎ立てていたそうですから。


 僕は彼の死体を眺めながら、彼をどんな作品にするかを考えました。それこそ何日も何日も頭を捻り、漸く決められたのです。

 結論として、彼の顔にはほぼ手を入れないことにしました。口元も良い具合に笑みを描いていますから、僕のすることは瞼を開き、一度取り出した目を腐らないように加工して嵌め直すだけです。

 それとは逆に、胸元辺りから下は盛大に割り拓くことにしました。生々しい肉の質感を失わないよう、丁寧に防腐処理を施します。彼が失血死を選んだことと、冷凍倉庫の扉を開けて温度を下げていてくれたお陰で、腐敗は全く進んでいませんでした。もしかすると、五年間の逃亡生活中に、ずっとコンビニのお弁当を食べていたことも関係しているのかもしれません。食品添加物は人の身体に残り続け、腐敗を防止するそうですから。

 何はともあれ、そうして完成した作品は、僕の最高傑作と呼んで差し支えのない出来でした。これ以上のものは、もう生み出せないでしょう。だって、彼以上に僕が愛し、理解した『素材』は、他に無いのですから。


「この作品を見たら、君はどんな感想をくれたのかな。ねぇ、観月?」


 生前と変わらぬ微笑みを浮かべた彼の顔に語りかけてみても、当然答えは返ってきません。それでも僕は満足でした。彼もきっと、満足してくれていることでしょう。

 彼の血と骨で装飾を施したゴシック調のテーブルに並んだ白い食器。そこに乗る料理はどれも、彼自身の臓物を使っています。ワイングラスに入っているのも当然、彼の血です。彼は抜いた血を垂れ流すような真似はせず、きちんとパックに注いでくれていたので、大変助かりました。もしかすると、彼のことですから、自分がどのような作品にされるのか、大凡の見当を付けていたのかもしれません。

 彼の身体は、椅子と同化しています。黒いゴシック調の椅子に白い彼の肌は良く映え、赤は彩りを添えてくれました。二本の腕はテーブルに置かれ、ナイフとフォークを握り、今にも料理を切り分けるために動き出しそうです。我ながら、大変上手くいったと自画自賛したいところでした。


「いただきます」


 僕は毎日三食、彼と同じテーブルに着いて食事を摂ります。そうして時折彼に話し掛けながら、今日は何をしよう、今度はどんな作品を作ろう、などと考えるのです。それはこれまでに感じたことの無い幸福でした。

 稀に寂しさを感じることもありますが、そういう時は、彼が最期に残したメッセージの映像を流します。そうすると、生前の彼の様子が思い出され、寂しさも忘れることが出来ました。何せ彼は、大変に騒がしかったので。一度思い出したら、当分は思い出さなくて良い気分になります。


『僕は生が死へと変じる過程をこよなく愛しているけれど、君は死という現象そのものに魅入られているね。崇拝していると言ってもいい』


 いつだったか、彼にそう言われたことがあります。


『生と紙一重の隣り合わせに存在しながら、決して手の届かない死こそが、君の愛してやまないものだ。だから君は死を表現しようとしながら、それが叶わないことに安堵している』


 僕は何故自分が死を表現することにこうまで心惹かれているか考えたこともありませんでした。けれど彼の言葉に、僕は酷く納得したものです。


『そして君は死を崇拝するが故に、絶対に、自殺は選ばない。置いていく身としてはこれ以上なく安心だけれど、ちょっと癪だね』


 何故かと尋ねれば、彼は子どものように拗ねた顔で言っていました。


『だって、君の作品になった僕は、確実に君に愛されるって判っているんだもの。今の僕は愛してもらえていないのに。これ以上の皮肉は無いよ』


 そんな事を言われても、としか、僕には答えようがありませんでした。実際、当時の僕は、当時の彼を恋愛感情としては愛してはいませんでしたから。勿論、親友としてなら、誰よりも大事に思っていました。そうでなければ死んでいる彼を見つけても、あんなに取り乱したりはしませんでしたし、子どものように泣いたりもしなかったでしょう。

 今はどうかと聞かれれば、彼の予想通り、僕は彼が死んでいると判ったその瞬間からずっと、彼に並々ならぬ愛を抱いています。こんなに近くにいるのに、決して手の届かないところにいってしまった彼が、愛おしくて堪らない。


「全部、君の言う通りになったね、観月」


 今日も明日も明後日も、僕が死ぬその日まで、彼は僕の隣で美しく微笑んでいるのでしょう。そうして僕が死んだその時に、彼の身体も灰となるのです。

 稀代の人殺しと、死に魅せられた芸術家の恋としては、上出来な部類に入るのではないでしょうか。


「ああ、今日も良い天気だ」


 こんな日には、強い日差しに乾涸びて、砂に埋もれかけた旅人のミイラでも作りたい気分です。


「じゃあ、またお昼に」


 “頑張ってね”と、僕を送り出す彼の声が聞こえたような気がしました。






 END

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