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秋はとこしえ  作者: 白九 葵
命のつむぎ
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4

 鈍色の空から舞う細かな雪は、枯れ草をうっすらとした白に色づけた。馬を早足に歩ませながらリヨンは、冷えた手でぐっと手綱を握り直す。

 しばらく遠巻きに彼を追っていた人影は、辺りがものの気配を失くすと、枯れ野に馬を駆けさせて近づいた。

「まさか、今年も行かれるのですか」

 声をかける頃合いをはかって、レウカスは尋ねるのだった。

 リヨンは声に答えなかった。馬の草を踏む音しか聞こえるものがなく、辺りは静けさに満ちている。森全体が冷たさの中に息をひそめていた。

「メイオさまがお聞きされていました。毎年、お一人で何をしに行かれるのかと」

「放っておけばいい」

 返しながらリヨンは馬の鼻先を、山間を下る方へ向けた。レウカスも言葉を次がず、いつもと違う道行きに従ったのだった。

 まばなら木々の間を抜けて歩みを進めると、丘陵地の向こうに石造りの建物が姿を現した。

 ふたりの馬はこじんまりとした一軒家へとまっすぐに進んだ。寒風にじっと佇む、寂れた狩猟小屋であった。

 馬を下りるとリヨンは建物の向かいにある馬小屋へと足を向けた。

「よいのですか」

 辺りを見渡していたレウカスは、リヨンの背を追って問いかける。扉を開きながら彼は答えた。

「長年使われていない。少しの間借りるくらいいいだろう」

「ここをご存知なのですね」

「昔、来たことがある」

 石造りの建物へ立ち入る。中はさほど温かくはないが、石の壁は冷えた風から身を守ってくれるだろう。

「屋敷の主人は今は亡くなって、娘が土地を継いだ。ここには誰もこない。外は寒いだろうから、ここで待っていてくれないか」

「火を焚いてもいいですか」

 リヨンは馬をつなぐと、たてがみの雪を払って返した。

「そうしてくれ」

 言い残して背を向ける。レウカスが視線をこちらへと投げるのが分かったが、後をおう言葉はなかった。



 背の高い木々の間を行くと、散る雪を枝が遮って、辺りはほんの少し温かく感じた。

 歩むたびに足下の枯葉が乾いた音を立てる。森の気配にまぎれるように、静かに息をはいた。

 幼い子供のころにふたり迷い込んだ森は、今はしんとして白の世界に閉じ込められている。

 都では新しく親族となったセウレウス家の存在が濃く影をのばし、リヨンは妻とその家族にいつまでたってもなじめずにいる。彼が育った都は変わってしまったが、この森はもの言わず美しいままであった。

 いつかネフェリンは、森は秘密を教えてくれるのだと言った。森のなかへ入ってじっと耳をそばだてると、木々や草や生き物たちの言葉に気づく。森のいのちたちの声は、彼にささやきかけるようで、実は彼自身の内なる声なのかもしれなかった。

 都から遠く離れた懐かしい森で、木々のさざめきに沈む。そこでなら、いつわりのない彼自身に出会うことができるのだった。

 季節はずれの冷たい空気が森を覆っている。かじかむ手を握って温めながら、この森に長くはとどまらないだろう予感も感じていた。それは幸いなことで、しばし感傷にひたった後は、明るいうちに来た道を戻らなければならない。

 エピウゾンの森に早い冬がおりる。リヨンはこの森の白の世界を見ることが、初めてであることに気がついた。枝に残った枯れ葉の間をちらちらと雪が舞った。

 ネフェリンと出会った日のことを思い出していた。透明な肌に伏せられる白い睫毛は、まるで雪がつもったようで不思議な美しさがあった。

 はいた息は白く、空へと散る。落ち葉を踏む乾いた音が立った。

 もっと雪がつもれば、この辺りは一面銀世界になるだろうか。その光景を思い描いて、まだ知らないこの森の美しさがあることを思った。

 透明な空気の層の底に沈む。音は遠ざかって、空に散る冬の光を眺め見る。

 遠くに鳥の鳴き声が響いた。声は甲高く、呼びかけるように何度か繰り返された。

 はぐれた鳥が仲間を探すような、強い響きがある。どこかで聞いた覚えがある気がして、リヨンはその声の方向を探していた。

 声はそう遠くはない。落ち葉を踏みしめて先へ歩んだ。寒気に閉ざされた森に生き物の気配はなく、さっきの鳥もすっかり息をひそめてしまったようだ。

 しばらく進んだ後、リヨンは足をとめていた。声の辺りはすでにすぎてしまっただろうか。鳴き声に誘われるうちに、森のより深くに迷い込んでしまったような錯覚を覚えた。

 引き返すべきかと思いながら、しばしその場に佇んだ。

 こんな季節にさえずる鳥などいるだろうか。ふと疑問がよぎる。

 あの鳴き声をどこで聞いたか思い出せずにいた。迷い込んだ森の抜け道を求めるような切迫した叫び。それは何か、彼自身の心境に重なる気がしていた。リヨンは動けずにその場に立ち尽くしていた。

 辺りを見渡すのと、その声の主を思い出すのは、ほとんど同時だった。

 斜面の上に人影がゆれる。幻を見る思いでその影を眺めた。

 彼女もまたこちらへ視線を向けている。その表情に、再会のたびに見せていたような笑顔はなかった。

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