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鈍色の空から舞う細かな雪は、枯れ草をうっすらとした白に色づけた。馬を早足に歩ませながらリヨンは、冷えた手でぐっと手綱を握り直す。
しばらく遠巻きに彼を追っていた人影は、辺りがものの気配を失くすと、枯れ野に馬を駆けさせて近づいた。
「まさか、今年も行かれるのですか」
声をかける頃合いをはかって、レウカスは尋ねるのだった。
リヨンは声に答えなかった。馬の草を踏む音しか聞こえるものがなく、辺りは静けさに満ちている。森全体が冷たさの中に息をひそめていた。
「メイオさまがお聞きされていました。毎年、お一人で何をしに行かれるのかと」
「放っておけばいい」
返しながらリヨンは馬の鼻先を、山間を下る方へ向けた。レウカスも言葉を次がず、いつもと違う道行きに従ったのだった。
まばなら木々の間を抜けて歩みを進めると、丘陵地の向こうに石造りの建物が姿を現した。
ふたりの馬はこじんまりとした一軒家へとまっすぐに進んだ。寒風にじっと佇む、寂れた狩猟小屋であった。
馬を下りるとリヨンは建物の向かいにある馬小屋へと足を向けた。
「よいのですか」
辺りを見渡していたレウカスは、リヨンの背を追って問いかける。扉を開きながら彼は答えた。
「長年使われていない。少しの間借りるくらいいいだろう」
「ここをご存知なのですね」
「昔、来たことがある」
石造りの建物へ立ち入る。中はさほど温かくはないが、石の壁は冷えた風から身を守ってくれるだろう。
「屋敷の主人は今は亡くなって、娘が土地を継いだ。ここには誰もこない。外は寒いだろうから、ここで待っていてくれないか」
「火を焚いてもいいですか」
リヨンは馬をつなぐと、たてがみの雪を払って返した。
「そうしてくれ」
言い残して背を向ける。レウカスが視線をこちらへと投げるのが分かったが、後をおう言葉はなかった。
背の高い木々の間を行くと、散る雪を枝が遮って、辺りはほんの少し温かく感じた。
歩むたびに足下の枯葉が乾いた音を立てる。森の気配にまぎれるように、静かに息をはいた。
幼い子供のころにふたり迷い込んだ森は、今はしんとして白の世界に閉じ込められている。
都では新しく親族となったセウレウス家の存在が濃く影をのばし、リヨンは妻とその家族にいつまでたってもなじめずにいる。彼が育った都は変わってしまったが、この森はもの言わず美しいままであった。
いつかネフェリンは、森は秘密を教えてくれるのだと言った。森のなかへ入ってじっと耳をそばだてると、木々や草や生き物たちの言葉に気づく。森のいのちたちの声は、彼にささやきかけるようで、実は彼自身の内なる声なのかもしれなかった。
都から遠く離れた懐かしい森で、木々のさざめきに沈む。そこでなら、いつわりのない彼自身に出会うことができるのだった。
季節はずれの冷たい空気が森を覆っている。かじかむ手を握って温めながら、この森に長くはとどまらないだろう予感も感じていた。それは幸いなことで、しばし感傷にひたった後は、明るいうちに来た道を戻らなければならない。
エピウゾンの森に早い冬がおりる。リヨンはこの森の白の世界を見ることが、初めてであることに気がついた。枝に残った枯れ葉の間をちらちらと雪が舞った。
ネフェリンと出会った日のことを思い出していた。透明な肌に伏せられる白い睫毛は、まるで雪がつもったようで不思議な美しさがあった。
はいた息は白く、空へと散る。落ち葉を踏む乾いた音が立った。
もっと雪がつもれば、この辺りは一面銀世界になるだろうか。その光景を思い描いて、まだ知らないこの森の美しさがあることを思った。
透明な空気の層の底に沈む。音は遠ざかって、空に散る冬の光を眺め見る。
遠くに鳥の鳴き声が響いた。声は甲高く、呼びかけるように何度か繰り返された。
はぐれた鳥が仲間を探すような、強い響きがある。どこかで聞いた覚えがある気がして、リヨンはその声の方向を探していた。
声はそう遠くはない。落ち葉を踏みしめて先へ歩んだ。寒気に閉ざされた森に生き物の気配はなく、さっきの鳥もすっかり息をひそめてしまったようだ。
しばらく進んだ後、リヨンは足をとめていた。声の辺りはすでにすぎてしまっただろうか。鳴き声に誘われるうちに、森のより深くに迷い込んでしまったような錯覚を覚えた。
引き返すべきかと思いながら、しばしその場に佇んだ。
こんな季節にさえずる鳥などいるだろうか。ふと疑問がよぎる。
あの鳴き声をどこで聞いたか思い出せずにいた。迷い込んだ森の抜け道を求めるような切迫した叫び。それは何か、彼自身の心境に重なる気がしていた。リヨンは動けずにその場に立ち尽くしていた。
辺りを見渡すのと、その声の主を思い出すのは、ほとんど同時だった。
斜面の上に人影がゆれる。幻を見る思いでその影を眺めた。
彼女もまたこちらへ視線を向けている。その表情に、再会のたびに見せていたような笑顔はなかった。




