第3話 死神は運命を握る
体が軽い。不思議なほどに体が軽い。身軽だ。
体全体に底知れぬ力が行き渡っているようだ。
外面上は何も変化はない。脚に筋肉が付いたとか腕に筋肉が付いたとかそんなわけのわからないことではない。単純に体が軽い。ただそれだけだ。
「このような状況下で狂言とは。お嬢様も気が違いましたかな?」
「生憎、犬相手喋る舌は持ち合わせていない。さきほどから鳴き声しか聞こえないのでな」
「くっ!」
女の言葉に怒りを覚えたのか黒服の何人かが銃を俺から女に向け引き金に手を掛けた。
「お嬢様には悪いが死んでもらいます。これも命令なので」
黒服達を統率する男がそういうと背後に居る男の一人が引き金を引いた。だがその瞬間俺は動いていた。
背後の女の肩に手を置き、無理やりしゃがませ身を低くして下から引き金を引く男の腕を蹴り飛ばし拳銃をその手から吹き飛ばした。そのまま右腕を抑える黒服の左腕を強引につかみその隣に居た黒服に向けて突き飛ばした。
「ちっ!あの男が先だ!殺せ!」
他の黒服達が一斉に俺に向かって銃口を向けるが俺は身を低くした状態で突き飛ばした男が倒れる寸前に腕を捕まえ後ろ手にして拘束し銃口が向く方へ盾にした。
「ひぃぃ!?」
「銃を下ろせ」
片腕で男を拘束しもう片方の腕で男の首を掴んでいた。
黒服達に対して十分な威嚇にはなった。だが、相手はプロだ。仲間の命など任務遂行のためなら惜しくはないはずだ。
「ははっ!やはり素人だな!わかっちゃあいないわかっちゃあいない!」
黒服達のリーダーは声を高らかに言った。
「いいか、我々はプロだ仲間の一人や二人惜しくはない。それに周りを見てみろ、お前はすでに逃げ場もないし護衛対象も居ない!」
はっとして周りを見ると女の姿がなかった。よく見渡すと黒服の一人が女を拘束していた。
「残念だったな!貴様はもうおしまいだ!」
リーダーは俺の前でそう宣言し銃を構えなおした。
「わ……価……の名……に使役す……」
黒服に拘束されている女が何かを口走っている。
生憎黒服のリーダーはそれに気づいていない。
「おい、何を言っている!」
「貧……なる……よ……」
女を拘束している黒服が言った。
それで気づいたのか黒服のリーダーも女の方に気を逸らす。
「おい黙らせろ」
「その価……に従い……我が敵を切れ!」
「な…!?」
女が叫んだ瞬間俺の拘束していた男が一筋の剣へと変身していた。
「一体何をしたぁぁ!」
リーダーが一瞬だけ女に気を取られた瞬間、俺は剣を握り大きく跳躍していた。
その体は軽く、俺の前に立っていた2人の黒服も飛び越え、
「はあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
「なっ!?」
俺の放った一閃がリーダーの頭から腹部に掛けて切り裂いた。
腹部で止まった剣は中ほどから折れ、リーダーの体はそのまま後ろに倒れた。
「き、貴様ッ!」
後ろの黒服の一人が発砲しようと銃口を向けるが、剣をダーツの如く黒服の顔面に投げ隣に居た黒服に走っていき銃を構えた腕を蹴り飛ばしそのまま首を締め上げ意識を奪った。残った黒服達も銃口をこちらに向ける者やナイフを握った者もいた。
「やれぇッ!奴を殺せ!」
俺は落ちていた拳銃を拾い、黒服達のいる方へ銃口を向けた。
「私はとんだ化け物を使ってしまったようね」
女が服の袖を払いながら言った。
辺りの床や機械の姿はただ埃をかぶっていただけの姿は見る影もなく、ある者すべてに血が飛び血が流れ血が沸いていた。
「全部で13。そのすべてを全滅させたあなたの価値は素晴らしいものだわ。私の助力もあったけど」
女は感心するように言った。
「なあ、あんたは一体何者なんだ。名家のお嬢様じゃないのか?」
「『名家のお嬢様』なんて上っ面だけ。まあ上っ面しか見えないから仕方がないことだけど」
「俺はなぜ戦えた?俺はなぜお前を助けた?あの男はなぜ剣に変身した?なぜ俺に協力した?なぜあいつらはお前を狙う?なぜお……」
「私の耳は万能ではなくてよ。それにそのすべての質問に答えるにはまだ時期尚早よ。詳しい説明は何れする。ただ、今は私に協力しなさい」
「……」
この場で助かったのはこの女のおかげであることは確かだ。だがこの女に協力すれば間違いなくまた同じことが起こる。
「あなたには失礼かもしれないけど、あなたはもう人殺しよ。いや人殺しで誘拐犯。しかも誘拐したのは『名家のお嬢様』。あなたはどのみち普通には戻れない。そして殺しを知ってしまったあなたは殺しから逃げられない。もうあなたは異常者よ。異常な人間は社会に捨てられ生きていくしかないのよ」
女の言っていることは正論だ。すでに13人も殺した。誘拐までした。今からのうのうと生きようったってそんなもの社会と秩序が許さない。異常者は捨てられるのだ。今から死んだところで待っているのはつまらない地獄の生活だけだ。
「でも、私なら異常者を異常者として利用するわ。異常者としての価値があるのに使わないのは株を安値で売るのと同じよ」
「あんたも十分にいかれてる」
「人間は皆いかれている。生まれたときからその針は狂ったままよ」
今日だけで俺は何重もの線を踏み越えてしまった。どのみちこのままではただ死ぬと変わらない。
「あんたの目的を聞かせてくれ。俺はそれで決める」
「目的ね……私の目的は復讐よ。誰のためでもない自分のための復讐。自己満足のために私は復讐を遂げる。あなたにはその力になってほしい。私の優秀な駒として」
死ぬのは恐ろしい。だが、何一つない刺激の中で死ぬのはもっと恐ろしい。
生きて死ぬためには刺激が必要だ。
俺は死ぬために生きる。
「その話乗ったぞお嬢様。俺はあんたに協力して死ぬ。いや利用されて死んでやる」
「ふふっ、やはり変わり者だ。こんな変人異常者を駒として使えるとはなんたる僥倖」
さりげないく馬鹿にされた。
「あなた名前は?」
「鳴る海と書いて鳴海、鳴海龍介だ」
「ならば龍介、我が駒としてわが名を聞きなさい!わが名は百天寺結衣!自らのため復讐を成し遂げるものだ!」
地の文が苦手です