第1話 名家のお嬢様
この屋敷はとても大きい。敷地面積は日本で一番大きいドーム3個分だそうだ。この屋敷自体も名家の屋敷らしく上っ面だけ綺麗にこり固めた豪華なだけの屋敷だ。
この屋敷はとても大きいが私の居場所は小さい。別にこの屋敷のすべてを私の物にしたいわけではない。だが私の居場所はあまりにも小さすぎた。
豪華な屋敷に住んでいるだけでも良いものだという人間もいるがそれは「住んでいる」だけで「居場所」は存在しないのだ。
私は屋敷に住みたいわけではない。居場所が欲しいのだ。もっと大きな居場所が。
人生で初めて犯す犯罪が名家の令嬢の誘拐と言うのもおかしな話である。犯罪を犯している時点でおかしな話ではあるが、もし罪を犯すとしてその最初の犯罪が周りをSPで固めた名家のお嬢様というのは自殺行為ではないだろうか。
「なあ、やっぱりやめねーか?あんなにSPが固めてんのに誘拐なんて出来っこねーよ」
「仕方ねーだろうが!俺らの借金チャラにすんならこんな事でもしねーと!」
誘拐とは実に便利な犯罪だ。金を要求して成功すれば大金持ち、失敗しても警察行きで借金取りからは無事逃走。出所すれば社会復帰もできる。強盗とかいう下手な博打を打つよりかは借金背負いの人間にとっては警察行きも悪くはないのだ。
「もともと失敗も視野に入れてこんな無謀なことしてんだ!今更引き返すなんてできねェ!」
金と言うものほど人間を追い詰め殺すものはない。金の存在が人間を偉大な者へと変えるが逆に人間を
虫けら同然のゴミに変えることもある。
そして俺達は今その虫けら同然のゴミだ。借金を背負い財産も何もかも失い最後に残った手が誘拐と言う下劣で卑怯でカスのような事だけだ。たとえ世界に法と言うものが存在しなくても俺達は自らの罪悪感に裁かれるだろう。だが裁かれる前に裁かれるべきことを行わなければならないのだ。なんであろうと今の俺達には金が必要だ。誘拐されるお嬢様には悪いが立場が変わるだけだ。
「おい、標的が車に乗った!やるなら今だぞ!」
奴が俺に催促してくる。
「おい、早くしねーと車が行っちまうぞ!これが最後のチャンスだ!」
最後のチャンス。それは人生の転機のチャンスなのだろうか。だとすれば自ら賽を振って選択しなくてはならない。
それが吉と出るか凶と出るかはさておき。
「やるぞ!」
俺は賽を投げた。目標の車に向かって。
「な、なんだこの煙は!?」
「お嬢様をお守りしろ!」
道路わきに止めてあった車を中心に広範囲に煙が発生していた。その煙は車の脇に居たSPの黒服達の動きを鈍らせ、車を発進させようとしていた運転手も混乱させた。
「お嬢様は無事か!?」
煙が晴れSPの一人が車の後部座席を覗いた。
だがそこには乗っていたはずの人間が居なかった。
「お、お嬢様が居ない……お嬢様が連れ去られた!?い、急げ!お急いでお嬢様を保護しろ!」
かくして、その賽は吉となった。今はまだ。
他作品放置の中浮かびあがった新小説です。