〜音無奏の場合1〜
彼の主治医ははっきりと言わなかった。
彼の主治医は親にだけはっきりと告げた。
だけど彼は自分の状態を理解していた、さほど自分の命は長くはないのだと。そんな身で、彼はこう考える。
―命は限りや寿命があって、たまたま俺は終わりが知らされた、ただのそれだけだ―
それだけで、自分の身における出来事は受け入れる事ができ、惨めに泣き喚いたりすることはなかった。
ただ一つ、気がかりがあった。
数年来も付き合いをしている彼女のこと。
それが彼にとって唯一の気がかり。
まだこの事を打ち明けておらず、どのように切り出そうか、彼女は泣いてしまうのか、それを知ってもなお笑っていてくれるのだろうか、いろんなことが頭をよぎる。
「はぁ……気が重い」
病院の正面玄関を出た場所にある四人掛けベンチに、彼は一人で座り込み、呟いていた。冬の風が肌を刺激していくが、今の心境に比べるとそれは対したものではない。
「ハハ、何にせよ伝えなきゃな」
自嘲気味に笑いながら空を見上げれば、彼の心に反比例するかの如く空は青く澄みきっていた。
ゴオォォォン!
爆音が一つ、現れ出でて轟いた。
『俺様参上!INホスピタルってか!!…アハハハハ!』
存在を主張するような快活な声が、豪快なバイクの音が、突如彼の脳内に響き渡る。
「だれだよやかましぃ!単独行動大好きなローンウルフもといチンピラですか!?」
イヤそうな顔でふと辺りを見渡すと、そいつはいつの間にかそこに存在して──そして、まあなんというか、軽く挙動不審なソイツと、不覚にも目が合ってしまった。
(あ〜ヤダヤダ、早く帰ってくれ)
彼のそんなな思いは、虚しく空に霧消する。
なぜか?
答えはシンプルすぎた。…シンプルが故に難しい、という表現があったりなかったりするが(どっちだ)そんな小難しいことは関係ない。
視線があって、にぱっと微笑みかけられたのだ、旧知の仲のごとく、赤の他人に。
「みぃ〜つけた!よう、カナッチ!まーた以前よりも、どーしよーもなく爽やか方向へ吹っ切れてね〜か??」
あまりにも軽いノリで、他人様にとって迷惑なノリで、…いやむしろ、奏は初対面なわけで。
(なんだコイツなれなれしいっ!)
黒いライダースジャケットを羽織りながらも、胸に光る髑髏のペンダントトップをいじくる彼。更に黒のインナーと黒のジーンズという、そのファッションセンスはあまりにも━━場違い且つダメセンス?と思えるものがあった。
「は……不吉色一色ヘンタイセンスな人に!知り合いはいません!!!」
びしぃ!と胸の前で、バツの形に腕をクロスさせる。
「な…な…!」
うっすらと青みがかった表情に、内心の揺らぎが垣間見えた。
(おーし、動揺しとる動揺しとる!さっさと帰ってもらおうか!)
奏の期待値は最高値まで上昇する。もっともっと揺さぶりをかけねばと、思考を巡らせ言葉を生み出そうとしたそのとき──
ソイツの膝ががっくり崩れ、オーアールゼットを完全具現化したかのような体勢なった。
「く……俺様が貫くポリシーが…ヘンタイセンス?一般常識?それは初耳だ…」
いったいどこから生まれたそのポリシーは!果てしなく田舎のおのぼりさんか!と、思わず呟いた事を、後に彼は後悔することになる。
「……ふ、イナカだと?俺様の生まれた場所を知って…名を知って恐れ戦くがいい!」
その場ですっくと立ち上がり、芝居がかった陽気な口ぶりで発言する。ときすでに遅し、オカシナヤツと関わり合いになってしまったと、イマサラ後悔。
「クク、俺様は…死神界の最上級…ゼロ様だっつーの」