〜御園鈴の場合4〜
インターホンのプッシュボタンに置かれたその指には、少しばかりの震えが現れている。
若干の葛藤の後、意を決して彼女はプッシュボタンを押した。
ピンポーン
『はぁい?どちらさまですか?』
元気のない声が、インターホンを通じ鈴の耳に届く。
「御園ですけども…」
『え!うそ…!!鈴…ちゃんなの!?ちょっと…待ってて!!わわわっ!!』
間髪いれず明菜の声が返ってくる。その声は、心なしか動揺を表しているように思える。
バタバタ…ダドン!!
何かが…いや、明菜が倒れる音が家中に響く。どうやら確実に動揺しているようだ。
カチャン。
ロックが外れる音がして、間もなく扉が開く。
「あ…………」
どのような言葉を掛けようかと戸惑いの表情を浮かべる鈴。しかし、その一瞬、明菜は言葉よりも早く、風より早く、光のように優しく鈴に抱きついていた。
明菜は、涙が流れる今の表情を読み取られまいと顔をうずめる。
「う……ぐす…心配…ひっく…して…してたん…ぐす…だよ…」
「…ごめんね」
「いきなり…こなくなるんだもん…ぐす…」
「……ごめんね」
泣きじゃくる明菜をみて、罪悪感を覚える彼女。そして自分の“影響力”がどれほどのものかを彼女は実感した。
「なんで……そんなに心配してくれるの?…なんでそんなに私を…」
言い終わる前に、明菜が言葉を言葉で遮る。
「だって…うう…いつも…鈴ちゃん、いつも一人で寂しそうだったから…」
『寂しそう』その単語に、鈴は僅かながら衝撃を覚えた。
トオザケテイタノニ?
ワタシガ?
サミシカッタ??
「ねぇ……いつも仏頂面な私の傍にいて…拒絶されて…それでもいてくれるのは……」
鈴のそういう言葉を聞きたくないのか、またも言葉を遮られる。
「私と…ぐす…似ていたから…家にいて……親にかまってほしいのに…孤独を演出する私に…似ていたから」
そんな事実を、いつも明るい明菜の事情を今明かされて、鈴は死神の言葉を思い出す。
『人前に出している顔と本当の顔は同じじゃないってことだ』
そう。きっと鈴自身も無意識に感じている孤独を、寂しさを、拒否という形で表していたのかもしれない。
他人を自身に重ね、他人を救おうとする明菜。
他人を自身に重ね、なお拒否しようとする鈴。
関与しようとする者
傍観しようとする者
「けど…それ以上に…ぐす…知りたくて…仲良く…ひっく…なりたかったから…うう…来なくなったときは…死んじゃったのかと思って…」
「…ホントごめんね。心配させて」
両腕で彼女を優しく包み込む。いつも明るく丈夫そうな明菜、しかし相反する壊れそうなくらい繊細な心も鈴は包み込む。
「…友達で…いてくれるよね?」
明菜は恐る恐る確かめるように、鈴の顔を見ながら問いかける。
「当たり前でしょ。私は…本当は…明菜に憧れていたんだから。天真爛漫で、明るく活発な明菜に」
これは嘘偽りのない本心だった。
今まで隠していた気持ちを始めて出した瞬間、明菜の泣き顔に笑みが戻る。
「そ……それホントかな〜?あ…あはは!て…照れちゃうな。鈴ちゃんにそんな事…いってもらえるなんて」
涙が流れた跡が光るその笑顔の中に、少し赤みがかかる。
「えっと友達でいいんだよね?」
「うん……あ、ねぇ。私が考えた鈴ちゃんのあだ名があるんだけどそれで呼んじゃっていい?」
涙したことを忘れたかのごとく、太陽のように輝くその笑顔で、屈託のないその笑顔で問いかける。
「うん、いいよ。どんなあだ名かな?」
嬉しさ半分、妙にヤな気持ち半分で明菜の言葉を待つ。
「鈴リンなんだけど…どうかな?」
!!
それは何だか衝撃的だった。衝撃的すぎて、妙な勘繰りをしてしまう鈴がそこにいた。
「あ…あはは。…(まさかヤツの入れ知恵…とか?まさかね)…いいわね、それ。じゃあ、明菜は…メイって呼んじゃおうかな」
ほんの少し、優しい風が吹いた気がした。
「ふふふ。よろしくね、鈴リン♪」
「よろしく、メイ」
もう自分は一人じゃないと、必要としくれる人がいるという思いで、自然に笑顔がこぼれていく二人。そんな二人のこれからを暗示するかのように、日差しは強くなっていく。
そんな二人を見守る影が一つ、電柱の上に身を潜めていた。
「ふ、In the case of Suzu Misono ……“Happy end”ってか」
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