〜御園鈴の場合3〜
彼女はどこか哀しそうな瞳でどこか遠くを見つめていた。ふとすれば鈴に視線が合いそうな気もしたがそれはない。今は世界の影響下には無いのだから。
ブラウン管越しにアイドルを注視しても、どんなに想いを馳せても決して届かないのと似たような状態。位相のずれた世界から世界を傍観するのと同じだった。
「ねぇ、これが明菜なの?いつもはあんなに明るく元気なのに…つっけんどんに相手にしてもめげない子なのに?」
何か思う節があるのか、だんだんと鈴の顔のかげりが見える。目の間に在るその姿は、あまりにも大人しく映る。
ジブンノセイジャナイ。
ワタシハヒトリデイインダヨ。
「人前に出している顔と本当の顔は同じじゃないってことだ。……ショックだったんだろーぜ?ガッコにこなくなって、お前とまったく連絡が取れなくなったことが…。
それでも一歩外に出ればこいつは人のために、自分を励ますために馬鹿をやるんだよ」
ゼロの言葉は思いのほか深く深く心にしみて、鈴の心を揺り動かす。
「たかが一つ、鈴の命が消えた位で世界は変わらないし変われないさ。お前がつまらない理由で死ぬか、死なないか、そんなことは実のところどうでもいい」
「え…」
「けどな、お前を知ってる奴関わりたいと思う奴にとっての世界は、その”死”であまりにも呆気なく変化するのさ」
ワタシガカエテシマッタノカ?
アノ明菜ヲウバッテシマッタノカ?
ナンデ?
サイショカラワタシハサメテイタジャナイカ。
カッテニチカヅイテキテコワレナイデヨ。
思考がまとまらない。
何度も何度も同じ所をリフレインして気分は果てしなく最悪の状態に陥る。
「なぁ、鈴。どうすんだ?これでもまだ、『ツマラナイ』そんなくだらない理由で世界から消えてゆくのか?」
「でも…私は………私は………」
今更顔を合わせられないよと、悲痛な叫びで胸がいっぱいになる。
「『ツマラナイ』ならさぁ…目標がないなら…明菜のために生きてみればいいんじゃん?」
どことなくゼロの口調が優しく感じられた。
ゼロのおかげで何かが見つかりそうになってくる。
ほんのり涙を浮かべた鈴の瞳には、僅かだが力が戻ってきているのががわかる。
「ふん…いやな奴ね。最初から、みすみす私を死なせるつもりなんてなかったんでしょう?死神の癖に…」
いつの間にか完全に活力が戻ったようで、憎まれ口も復活する。
「クク……言ったろうが…死神は“慈愛の神”だとな。」
言いながら、ゼロは優しく笑う。最初に見られたあの軽い印象は何処吹く風である。
死を司りながらも慈愛に溢れた存在“死神”。いや、むしろ慈愛に満ちてるからこそ死を司ることができるのではないかと感じる。
「さぁ、自分がどうするかとかどうやら思考が固まったみたいだからな。ゲームはすでにラストステージ一歩前だ。」
「うん」
「んで、俺のお役目終了ってわけだ。」
地上に降り立った彼の姿は、彼の輪郭はぼやけていく。元ある世界に戻っていくのであろうか。
「フフ、次会う時は寿命を全うしたときかしら?」
「だな。というかできればもう会いたくねぇな。アハハハハハ……。」
朗らかな笑い声とともに、完全に視界から消えうせる。
後に残るのはすべてを包む優しい日の光と、緑の匂いを運ぶ一陣の風だけだった