〜御園鈴の場合2〜
体をを撫でゆく風が気持ちいい。
遥か高い場所から地上を眺める気分は最高で、世界を掌握したような感覚を彼女は覚える。
「ふはは。人がまるでノミのようだ♪」
気持ちが高揚する事象のなかにいたとしても、ゼロの一字違いなニアミス発言による不快感と、腕を引っ張られる痛みには勝てず現実に引き戻される。
「ノミとかそうそう見えないし……それよか腕痛い………で私をどこに連れてゆくワケ?」
明らかに嫌そうな顔をしながらゼロを睨めつける。常人なら恐怖し、戦き、罪悪感に苛まれーーはしないがとりあえず謝りたくなるその視線だが、死神という人外な存在の彼は微塵も臆せず彼女に言い放つ。
「…鈴の友達に会わせてやんのさ。この俺に感謝しろよ?ああ…慈愛の神である死神の俺様ってバファリンの半分だけでできてるんじゃねえの?」
どう考えても好奇心と霊的エネルギーだけで存在してるんじゃ?とか、バファリンの半分だけでまともな思考ができるのか?とか幾多もの無粋な突っ込みが頭をよぎるが、『友達』という単語に鈴は困惑していたのでその言葉は吐き出されなかった。
……実に惜しい。
友達なんて作ったつもりも無いし、欲しいとも思わない。いればそこそこ利用できるが深入りすると苛立ちの原因になる、そして何よりもだれにでもにこにこと表情を振る舞う自分が嫌いだった。だからツンツンとした態度をとり、誰も寄せ付けないようにしてきたのに。誰だろう?今更私を友達という存在は?
彼女の困惑の表情を十分堪能してからゼロは喋りだす。
「ほら、あの娘だよ…なんてったっけか…ああ…東雲明菜<しののめめいな>ちゃんだっけか?やたらテンション高いポジティブガール。俺のストライクゾーンど真ん中ドンピシャリだぜ??」
後半の情報はあまりにも余計だった。友達と思っていなくても、ゼロに好かれている事についてほんのり同情を覚えたような気もする。
(明菜がかわいそうだ。……襲われないかな?)
「おい鈴リン」
迷惑甚だしい呼称でゼロが呼びかける。あだ名のネーミングセンスも”ゼロ”らしい。
「な…何?」
「今すっげぇ失礼な事考えなかったか??」
妙に勘が冴えているな、さすが死神。
などと思いつつポーカーフェイスを作り上げる。
思考を読まれるのは嫌いだ。手のひらの上で踊らされているような気がしてくる。
「そんなことないわよ?」
さりげなく、平静に、あくまでも自然に、動揺を声帯に伝わらせないように、言の葉を紡ぐ。
バレたって構わないのだが、笑顔を作るゼロの目はほんのり座っていた。
「そ…そんなことよりも、明菜に会わせるんでしょ?早く連れて行きなさいってば」
「やんややんや言いなさんな。もうすぐ着くって。ほら…後二百メートル……百五十……百……」
やたらじらす彼。やはり、好奇心半分面白半分で鈴を連れ回している事は明白だった。
後の祭り。
後悔先に立たず。
自分死ぬんじゃなかったっけ?
何だこれは?
どんな形だろうと死神に遭遇するのは死の前兆じゃないのか?
ああ、頭痛い
「ほら。ここが明菜ちゃんの部屋だぜ?」
鈴に遠慮なく、明菜の部屋の窓に連れてくる。がさごそと人が動く気配と部屋から推察すれば、それは間違いなく明菜そのものであろう。
「そういや、中学まで皆勤だった鈴リンは一週間前からプッツリ学校行かなくなったらしいじゃネェか。何それ?死ぬ前の一準備ってか?」
唐突にゼロは鈴に話しかける。
(だから鈴リン言うな)
「別にいいじゃないさ。死ぬんだから皆勤なんて意味ないし。いきなり来なくなったって誰も不審には思わないわよ。それに学校もいいかげん飽きてきたワケ。みんな学校に行くから、だとか主体性の無い目的だけで授業受けても意味ないでしょう?それに……私一人消失したところで世界は何も変わらないの。私一人に対した影響力はないのよ」
全て吹っ切れたかのごとく、軽やかに、イヤミも無く、驕りもせずに、彼女の言葉が宙を舞う。
「ふうん……てめぇ一人欠けたところで何も変わらない………か、言うねぇ。……そこの窓から部屋を覗いてみな?」
「……明菜に見つかるでしょう?少しは考えなさいよ」
「それはこっちの台詞だな。今更だが何故、人が空飛んでるのを見て誰も騒がない?しかも、いくら家の中にいる明菜といえ、この距離の俺らのこの声ぐらい聞こえるはずだろう?」
「え……それは……」
刹那、鈴の思考が固まる。
「簡単な話、死神に接触してるやつはこの世界の生き物に”認知”されないのさ。ドゥユーアンダスタン??」
「……」
「だから誰にも気兼ねなく覗けばいい。そして知れ、自分がどれだけ小さいかをーー」