私を加害者にする悲劇のヒロインムーブはおやめになって。〜恩知らずの令嬢と愚かな第二王子を見限り、私を愛する魔導士様と新たな未来に踏み出します〜
「私がエリオット様にエスコートをお願いしたばかりにアレクサンドラ様をお一人で夜会に出席させるなんて。思い至れず申し訳ございません。」
小柄で華奢な肩を震えさせてミレニアが私の婚約者の腕に縋りつく。彼女はその可憐な顔の後にいやらしい優越感を隠すのがとても上手だ。彼の灰色のジュストールに彼女の淡い茶色の髪の毛がサラサラとかかるのを見て、私が許されなかった距離を彼女は許されているのだと知り、口の中が乾いてくる。
今夜の夜会で私ではなくミレニアをエスコートすることを選んだ私の婚約者・エリオット
第二王子殿下はミレニアを支え、おおよそ婚約者に向ける類ではない表情を私に向けた。
周囲の貴族たちからは興味、関心、下心が滲み出す。
いつもなら淑女の礼を持って、静かにその場を辞すところだが、友人にもらった言葉が私の背中を押してくれる。
「自分を被害者に見せて、相手を加害者に仕立て上げることも立派な攻撃だと私は思うよ」
私はミレニアの悲劇のヒロインムーブを苦々しく感じながら二人に対峙することを選んだ。
ミレニアと私が頻繁に接触することになったのは、学院長からの依頼であった。
「1学年で訳ありで入学してきた男爵令嬢が、トラブルを起こしている。教師が聞き取りを行ったがどうも男爵家では教育が至らなかったようで、女生徒同士で諍いが続いている。
人望あるアレクサンドラ様に庇護していただければ、彼女と女性のトラブルも減ると思うので騒動が落ち着くまでお願いできないでしょうか?」
「学院長のお願いですから。私でお手伝いできることがあればお手伝いさせていただきます。しかし私の耳にはその騒動が入ってきておりませんので、概要と諸注意だけで構いませんのでお聞かせいただける?」
「その…件の男爵令嬢、ミレニア・ドルトロイは病弱で本来であればアレクサンドラ様と同学年で入学のところ、一年遅れで入学しております。淑女教育などは男爵家で行うべきものですが、病弱な彼女に強いるものでもなく、基礎だけを修了してから入学したところ女生徒の踏んではいけない琴線を全力で踏みにいっているそうで…。正義感から注意や指導を行った女生徒のことを『怖い』『睨んでる』『イやがらせ』だと騒ぎ、注意を行った女生徒の恋人や婚約者に告げ口のようなことをした結果…」
(この前のお茶会で後輩たちが憤慨していた件ね…普通ならばそのような婦女子は領地か修道院かと思うのだけれど、、、)
「まあ、その件でしたのね。1学年で婚約破棄が続いていて、破棄された女生徒が停学しているというのはお聞きしておりますわ」
「いえ、停学ではなく、自粛ですね。公衆の面前で破棄されたようなので、心の傷が癒えるまでは…と学園側も考えております。」
「少なくとも、私にも同じように接するならば、それは彼女の人生を潰すことになってしまうと思うのですが、男爵家にはご説明頂けておりますか?」
「はい。ドルトロイ男爵へは説明済みです。」
「かしこまりましたわ。ではミレニアの学院での後見をお引き受けいたします。」
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「アレクサンドラ様、私の後見お引き受けいただき誠にありがとうございます。ミレニア・ドルトロイと申します。アレクサンドラ様は淑女の鑑、ぜひ私にご教示いただければと馳せ参じました。」
「ミレニア、宜しくてよ。しかし、名前を許されたわけではない自分より位階の上のものの名前を勝手に呼ぶことは相手を軽んじていることになるのよ。控えた方がよろしくてよ。」
「わあ。そうなのですね!初めて知りました!だからクラスメイトの皆さんは怒っていたんだ〜」
「言葉が乱れていてよ」
「はーい!この場合は、モンスミール公爵令嬢!ですか?」
「あっているわ。名を許しましょう。ミレニア。アレクサンドラと。」
「ふふ!貴族っぽーい!アレクサンドラ様!」
顔を合わせ話してみると彼女は可愛かった。うまれたての小動物のような愛らしさで私の隣に侍っていたミレニア。薄茶色の髪の毛に明るいエメラルドの瞳。華奢な骨格とその朗らかさを私は好ましく思っていた。だが愛らしい存在を好ましく思うのは私だけではなかった。私の婚約者、第2王子エリオットもまた彼女と親しくなるまでそう時間はかからなかった。
王族たらんとして生きてきたエリオットにとって、初めて接触する「女の子」らしい子。淑女の顔でもなく、かといって媚を売るわけでもない愛らしい少女。
私は彼の隣で、彼の心の天秤がミレニアに傾いていくのを苦々しく見ているだけだった。彼の目が熱で浮かされているのを見つけた時には、もう第3者が止めれる域を超えてしまっていることがわかったから。
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「君の髪はとても甘い匂いがする。お菓子かなにか食べたのかい?」
「え!食べてませんよ〜〜〜アレクサンドラ様ほど優雅にとはいかなくてもお手入れ頑張っているんですよ!」
「この薄茶色を日にすかすと芯に一本金色が通っているように見えるな」
「私もこの色気に入ってるんです。でもエリオット様のふわふわの金色も大好きですよ!」
「君の手は小さくてやわいのだな。壊しそうだ」
「エリオット様の手は大きくてしっかりしていますね!この手でお国を支えるのですか〜」
手と頬と髪の毛だけ。未婚の未成年にぎりぎり許される接触。
人通りもある回廊近くのガセポでエリオットとミレニアが拳1つも開いていない距離で仲睦まじく微笑みあっている。最近では、学園長から公爵家に殿下の身辺についての報告書が上がってきていた。
血を繋ぐことが第一であり、エリオット様が婿入りされ私が女公爵として家を継ぐことが決まっていたが、このままではミレニアを愛人か第二夫人にと言いかねない。
それは流石に看過できず、かといって淑女の仮面でエリオットに進言すれば
「君は硬すぎる」
「僕とミレニアはそんなものではない」
「あえばいつもいつも小言ばかり、嫌気がさす」
(ねえ、エリオット。婚約者になって五年短くない時間をあなたと共に過ごしたけれどあなたのそんな顔、初めて見たわ)
私がそばに近寄っただけであの平穏は崩れてしまう。回廊の2階から見咎められないようにそっと婚約者を見つめていた私を見咎めた友人が声をかけてきた。
「止めないんですか?不適切な距離だって。不埒ですよあの距離は」
「ディーノ。もう無駄ですわ。散々進言しても無理でしたもの。」
「でもこのままでは、事態はもっと悪くなる。聡明なあなたがわからないはずがないでしょう?」
「そうね。そう。わかっているわ。エリオットがあんなにも愚かになるなんで私も学園長も予想していなかった。わかって‥いなかったの、信じていたの。エリオットなら大丈夫だと、私を蔑ろにすることなどないと。ずっと親しくしてきたから。奢っていたのかもしれない。私たちならミレニアを導けると。」
「私なら、あんな何処の馬の骨ともわからないアバズレは選びませんけどね」
紳士にあるまじき悪態をつきながら
トンカビーンとサンダルウッドの優しい香りがするハンカチをそっと目に当ててくれた。
その指のやさしさと温かさに目元がもっと潤んでしまう。
さっきから口汚くミレニアを罵っているのはディーノ・ウルグア小侯爵。魔性石の研究チームのために隣国から指導員として学園にやってきた有能な魔導士だ。
彼と私は魔性石の研究を共に行っている同士で、優しく紳士的な彼はここ最近のエリオットの行動に私以上に憤ってくれている。
他の人が自分より怒っていると逆に冷静になれるって本当なのだ。
暖かい手を感じながら、男性に大事にしてもらうってこんな感じなのかもしれないと思ってしまって
少し距離をとる。
私が一歩後ずされば、彼は手のひらを顔の横まで上げてホールドのポーズだ。
少し笑ってしまった。
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エリオットとギクシャクしてもミレニアへの指導は終わらない。一度引き受けたものなので、引き下がることは許されないような気がしていた。
週に一度、座学とお茶を一緒にして茶会のマナーを補正する。
学ぶべきことを伝えれば、身につけようとする強かさを彼女は備えていた。
「主催者か、その場所で一番位階の高い出席者が口をつけるまでお茶にもお菓子にも口をつけてはいけません。」
「誰が一番上の人なのかはどうやって判断するのですか?」
「貴族名鑑を全部覚えれば問題ないわ」
「えぇ〜〜〜多いですよ〜」
「義務なので、必修です。位階の下のものから声かけするのは失礼に当たります。」
「ひゃ〜〜〜」
「相手の言葉をそのまま受け取ってはいけません」
「とても良くなったわ」
「ありがとうございます!アレクサンドラ様!」
ディーノ視点
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ドン!
足早に駆け抜け魔性石の実験用設備の衝撃吸収剤が敷かれた部屋に入って燻っていた魔力を放出する。 ディーノは憤っていた。腹の底にマグマがたまって煮えているよう。この国にくるまで自分は全く感情がない魔導士らしい人間だと思っていたがここ最近の振れ幅がひどい。特にこの国の第2王子と婚約者を見るたびに訪れる破壊衝動を飼い慣らすために一苦労だ。
魔導士は愛が重い。執着心が人一倍あるのが通説だが、自分にはとんとご縁がないものだと思っていた。国1番の美女にも、どんなに可愛らしい美少女にも心が動かないのだと思っていたら、とんでもなかった。遅れてきた初恋は猛毒のようにディーノの身を焼き焦がした。
魔性石の研究を進めたい隣国から打診を受け二年限定で、隣国の貴族院に指導員として迎えられた。魔性石の研究チームにいたアレクサンドラと出会ってから、ディーノは調子が狂いっぱなしである。
そこそこの情報を提供してから、開いた時間は興味のある学科の履修に当てようと目論んでいたが全くそんな時間は取れていない。
研究室で同じ目線で討論できる彼女は貴重な存在だった。出過ぎず、遠慮しすぎずちょうどいい距離で全く別の視点で同じ研究対象を話すことができたのは祖国も含め彼女だけだった。
だからこそ勤勉で美しく優しい淑女を婚約者に目を向けず、いやらしくしなだれかかるアバズレに目移りし鼻の下を伸ばす第二王子を目に入れるたび、彼女を大事にしないなら私にくれよと叫びそうになる。
(どんな顔でお前たち二人を彼女が見ているか知らないのか。)
蔑ろにされていることなど明白なのに、アバズレのために淑女教育をするアレクサンドラの献身を見るたびにもう辞めていいのではないかと抱きしめたくなる。
(彼女に許されてないので支えることもできないな)
先ほどよりは安定した魔力を巡らせて、仮眠室で横になる。
エリオット視点
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王命で決められた婚約者にどんな不満もなかったのだ。兄上が立体子し次代の王に決定し、私のスペアとしての仕事は終わった。貴族院卒業後は、アレクサンドラが継ぐ公爵家に婿入りし領地経営をのんびりしていく。決まりきった未来にどんな不満もなかったのが一気に変わってしまった。アレクサンドラが引き受けた男爵令嬢ミレニアは淑女教育が終わっていない少女のままの朗らかさで見ているとついちょっかいをかけたくなる。さらさらの薄茶色の髪の毛、キラキラと私を見つめるエメラルドの瞳、頼りない薄い肩。しっかり淑女として完成されたアレクサンドラにはどれもない少女らしい作りに魅了された。
どれも非難されるようなことではないと思っていたし、アレクサンドラの庇護する少女を私も大切にするつもりであったのだ。
(どこから狂ってしまったのだろうか)
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「次の大夜会、エリオット様も出席されるの?」
「ああ、アレクサンドラをエスコートするために出席予定だ」
「いいなあ〜〜!私まだ大夜会は行ったことないんです。家格に合うドレスもないし、夢のまた夢ですね!どんなだったか教えてください!」
(一緒に連れていくくらいはいいのではないか‥?これも淑女教育の一環だろう)
「アレクサンドラと一緒に揃いのドレスを作ろうか?プレゼントするよ。一緒に出席できるようにとりなそう」
「え!申し訳ないです!」
「何気にするな。アレクサンドラが君を庇護しているのは周知だろう?一緒に出席したって問題になどならないさ」
「え!本当ですか!エリオット様!!私もご一緒できるの!?嬉しい!」
ぎゅっと抱きついてきたミレニアを軽く抱きしめ、すっと離す。
「淑女教育はまだ落第らしいな、後でアレクサンドラに小言を言われるぞ」
「いけないわ!エリオット様!アレクサンドラ様には内緒にしておいてね!」
二人きりになると、途端に周囲の目が気にならなくなるのか、ここが人目があるガセポだという認識がないのか、二人の会話に真っ青になった下級生がアレクサンドラに話の内容を教えてくれた。
「そう。そうなの」
二人のその、アレクサンドラを踏み躙るような行動に傷つく心は、もう彼女の中には残っていなかった。
「自分を被害者に見せて、相手を加害者に仕立て上げることも立派な攻撃だと私は思うよ」
一緒に下級生からの訴えを聞いていたディーノがもはや自分が蔑ろにされてたんじゃないか?と思うような眉間に深い皺を刻んで、アレクサンドラに訴えた。
「君の献身は素敵だよ。誰でもできることではない。でもだからと言って、あなたはあなたを蔑ろにはしないでほしいんだ」
目から鱗が落ちるようだった。王家に献身しなければいけない。婚約者だから、世間が、社交界が、全部の建前がディーノの言葉で剥がれてしまったような気がした。
今貴族院には3つの噂が流れている。
一つ目は、アレクサンドラがエリオットとミレニアの仲の良さに嫉妬し、意地悪をしているという噂
二つ目は、エリオットとミレニアがアレクサンドラから意地悪をされたと、訴えている噂。
どちらも似ているが少しニュアンスが違う。
エリオットに聞いても
「そんなことはないよ。アレクサンドラは淑女だろう?君もそう思うよね?」
と婚約者として義務ですとばかりの作り笑顔で返答する
ミレニアに聞くと少し物憂げな表情をしてからにっこりと
「アレクサンドラ様がそんなことするわけないじゃないですか」
と返答する
ミレニアには当初、彼女と関係した男性たちが片っ端から婚約破棄しているという噂がついて回っていたが人の噂も75日、アレクサンドラがミレニアを庇護するきっかけになった不名誉な噂は、淑女の鑑アレクサンドラが庇護したミレニアをいびってるという今までだったら考えられない噂に上塗りされてしまった。二人とも明確な返答はしないがそれが貴族社会、貴族院に通う子息たちは言葉の裏を慮った。
つまり、二人とも、健気に否定しているがアレクサンドラ様がミレニアをいびっているのは真実なのだと。
アレクサンドラがその噂に気づいた時には、広まりきっていた。
ちょうど彼女が大夜会で発表される隣国との魔性石の研究発表のための最後の締め切り前で研究室に缶詰になっていた時のことだった。
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「やってくれましたわね…。」
社交界と貴族院に流れる噂の対処を終えて公爵家に戻ってから、侍女長に大夜会のドレスが届いた旨を聞いてフィッティングルームに置かれていた二つのドレスを目の前にして、アレクサンドラはエリオットが自分を裏切ったことを知った。
一つはエリオットから贈られたドレス
淡いピンクのオーガンジーが幾重にも重なってボリュームを出している。
明らかに高身長の自分には似合わない幼なげなドレス。
もう一つは公爵家が準備したアレクサンドラの真紅の髪に合う、夜の帷のようなドレス。
全部考えなくていいなら公爵家のドレス一択だ。
しかしエリオットのドレスを着なければ一悶着あることは必須。
迷ったアレクサンドラは、苦虫を噛み潰したような気持ちで父公爵の執務室のドアを叩いた。
執務室では父公爵と弟が書類整理をしていた。
淑女の仮面を被りきれていないアレクサンドラの顔を見て、二人はここ数日アレクサンドラを悩ましていた事象の決着ができることを期待した。
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王城で開かれる大夜会は友好国を招いた国際交流を目的とした社交の場所だ。
成人している貴族でかつ国に貢献したもののみに招待状が贈られる。
貴族としてのステータスが試されている場所なので、みなこぞって参加する。
各友好国が出席しているので、この場所で諍いなどこそうものなら、一気に国際問題になってしまうので、良識のある成人であれば滅多なことで騒ぎなど起こさない。
今回の大夜会は隣国と共同で制作に成功した魔道インフラのお披露目を兼ねていた。
その立役者の一人、アレクサンドラは父公爵のエスコートの元、入場を待っている。
本来であればエリオットがエスコートを務めるはずが、魔道通信を一つ残してエレクサンドラのエスコートは放棄された。
「ミレニアが城の庭園を見たいって言っているので先にいく。会場で落ち合おう。」
(あなたは誰の婚約者で誰を優先すべきだったのでしょうか?)
華々しい入場コールの後、準王族の回廊を降り一段一段静々と歩く。
今日のアレクサンドラは戦闘力満載だ。美しい帷のドレスは砕いたクリスタルを縫い付けシャンデリアの光を反射している。真紅の髪は片側に寄せられ、髪の毛にもクリスタルが添えられて輝き女神のようだ。
もう一歩で会場に降りるというときに、ふわふわのピンクのドレスが駆け寄ってきた。
ミレニアである
「私がエリオット様にエスコートをお願いしたばかりにアレクサンドラ様をお一人で夜会に出席させるなんて。思い至れず申し訳ございません。」
一見真っ当な謝罪だが、真っ当な人間はそもそも人の、しかも自分が師事している相手の婚約者のエスコードなど受けない。
扇を広げ、口元を隠し不快感を示す。
(淑女の授業でお教えしましたでしょう?)
ミレニアは、いつもの優しくて甘いアレクサンドラならにっこり笑って許してくれると思っていた。自分が甘えればアレクサンドラもエリオットも貴族の余裕で可愛がってくれていたから、
だから夢だった大夜会も王子様のエスコートで入れたのだ。
しかし、入場してからがハリの筵だった。これはアレクサンドラにとりなしてもらわないとと駆け寄ったが、思惑が外れた。
貴族の武装をしたアレクサンドラは鋭く気高く美しい。いつもの教育係の甘さなどひとかけらもなかった。恐る恐るエリオットを見れば、おおよそ婚約者を見るような顔ではない。
こちらの思惑を外し、ミレニアの謝罪に不快感を示したアレクサンドラを睨んでいる。
エリオットが味方である確信をえたミレニアは、得意な物憂げな顔でアレクサンドラに微笑みかけた。
「アレクサンドラ様にご不快な思いをさせてしまって申し訳ございません。」
しょんぼりとしつつ片目でアレクサンドラの様子を伺うが彼女の表情は崩れない
(あれ…どうしよう。お返事もらえない‥)
「アレクサンドラ!ミレニアが困っているじゃないか!なんとか言ったらどうか!せっかく送ったドレスも纏わず私の婚約者としてどうなんだ!」
(あなたも私の婚約者としてどうなんでしょう??)
アレクサンドラにエリオットが詰め寄ったところで、王族の入場のトランペットが響き渡った。
国王、王妃、王太子、王太子妃とともにディーノも入ってきた。今日は隣国の魔導士としての正装だ。
「エリオット、そこまでだ。叩き出されたくなければアレクサンドラを丁重に扱え」
「アレクサンドラ、報奨の授与を行うから壇上へ来なさい」
研究成果を見せるべく、アレクサンドラは空中に作ったワープポイントを踏み、先ほど降りてきた壇上の上に文字通り飛んだ。
会場のさざめきが広がっていく。
壇上の上ではディーノが支えてくれた。
「こちらが私も参加した隣国との魔性石の共同研究成果の一つになります。ある地点とある地点をつなぎ、瞬間的に移動できるようにする魔道インフラです。制作は完了しておりますが、起動する魔力が膨大になるため、週のうち2日、4時間だけ予約制をとり運用に移ることになります。また、本日の大夜会にご主席いただいた各国の有識者の皆様と運用の常態については引き続き研究していくことになります。」
優雅に一礼して、ディーノの手を取る。
「アレクサンドラ!!!私という婚約者が有りながら別の男の手を取るとはどういうことだ!!!!!」
下から顔を怒りに染めたエリオットが吠えている。
「ここからは私が引き取ろう。」
ゆったりと口を開いたのは国王陛下だった。アレクサンドラとは幼少時からよく顔を合わせていて国王陛下の顔よりはエリオットのお父様の顔の方の印象が強かったが、本日は国王陛下だ。
「アレクサンドラは公爵家を継ぎ私の第二王子エリオットが婿入りする手筈になっていたが、諸事情により婚約解消し、公爵家はアレクサンドラの弟が次の公爵となることが決まった。彼女は隣国のウグルア小侯爵に嫁ぐ。ウグルア小侯爵は魔性石の専門家で、今回の開発に多大な貢献をなさってくださった。彼からの申し出もありこの婚姻はあいなった。」
「本日のこの夜会で、アレクサンドラとウルグア小侯爵との顔見せ、公爵家の代替わりを周知する」
会場のざわめきが大きくなる
「え…」
何が起こったかわからないエリオットがポカンとしている。その隣でミレニアが真っ青になっていた。
「なんで!?アレクサンドラ様はエリオット様の婚約者ではないですか!!!!」
ざわめきにも消せないミレニアの叫び声が響き渡った。
「エリオットが入れ込んでいる令嬢だな。公爵家と王家は血統を重んじる。エリオットもその旨理解しておると思っておったが、婚約者が研究で忙しい時期に、婚約者が庇護する令嬢と不適切な距離でひとめも憚らず交合しておれば、婚約破棄されても文句は言えまい。まあ、せっかくアレクサンドラが説いてくれた淑女教育も身についておらんようで、二人にも後ほど沙汰を出す。この場でくれてやらないだけが私の最後の情けである」
貴族院で流れていた噂は三つ
一つ目は、アレクサンドラがエリオットとミレニアの仲の良さに嫉妬し、意地悪をしているという噂
二つ目は、エリオットとミレニアがアレクサンドラから意地悪をされたと、訴えている噂。
三つ目は、アレクサンドラが二人に愛想をつかし、婚約解消するかもしれないという噂。
3つ目は、アレクサンドラと公爵家、ディーノが別の報告から流したので、流布されるのが早かった。
人は見ていないようで見ている。しかも人通りのある回廊が近くにあるガセポでは、隠れているとは言えなかった。
二人のギリギリ不貞か不貞でないかのラインのスリルを楽しむような逢瀬は、すぐ噂で広がった。
貴族院の女性は特にアレクサンドラに同情的であった、まさか自分が庇護についた女生徒と婚約者が浮気だなんて悍ましい。しかも、親身に指導してくれるアレクサンドラの恩を仇で返すようなミレニアの行動に女性たちは殺気だった。普段はゴシップウェルカムでも流石に恩義に報い無い被保護者など、女性の敵である。
これだけ広がっているので、王家からの調査に集まった情報が100や200はくだらない。とてもではないが婚約続行できるものではなかったので、大夜会前に手続きが終わった。
ディーノはアレクサンドラの婚約解消を虎視眈々と待っていた。ひたすらアレクサンドラに抱える執着心を見せずにじっとり横で待っていた。ニンマリ緩む顔を持ち前のポーカーフェイスでひきしめ横で艶やかに装っている美しいアレクサンドラを気づかれないようにじっくり観察する。
(連れて帰れるなんて思っていなかったな…)
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アレクサンドラは、下階で顔色を赤から青、白と変えるエリオットをぼんやり見ながら、痛まない自分の心を不思議に思っていた。
(二人に裏切られたなんて思った時には心臓がすりおろされるかと思ったのに、不思議です)
絶対にこの瞬間、痛むと思っていたのにぎゅっと、自分の手をにぎる温かな手のひらに気づいた。
横を見ればエリオットがミレニアに向けていたとろける笑顔よりももっともっと暖かく微笑むディーノと目が合った。




