生きてる田舎
一 観察
私はその男子をたぶんクラスの誰よりも詳しく説明できる。話したことは一度もないけれど。
立花颯太。一年二組。私の席から斜め前に三つの席。教科書を忘れる回数と、忘れたことを一秒で忘れる才能において彼は群を抜いている。背がちょっと高くて、笑うと右の頬にだけ浅い線が入る。前髪は左から右へ流れる癖があって、彼はそれを十分に一度くらい手の甲で雑に押し上げる。そのとき額の生え際がいっとき露わになって、また隠れる。私はその十分に一度をなぜか毎回見ている。
顔がいい、というのは認める。けれど私が彼を見てしまう理由は顔ではない。彼の周りだけ、空気の密度がちがうのだ。彼の周りの空気は動いている。この町で、彼の半径二メートルだけが明確に動いている。
私の住む町のことを話しておかないと、彼の異常さは伝わらない。
ここは死にゆく運命にある町だ。商店街のアーチは半分から先が錆びて文字が読めず、シャッターは閉じたまま色が褪せ、診療所の磨りガラスには名前が爪で削いだみたいに半分しか残っていない。バス停の時刻表は雨でにじんで、誰も直さない。直さないことに誰も疑問を持たない。
大人たちは、みんな少し疲れている。私の祖母も、隣の家の老人も、駅前で野菜を売る人も、目の奥が遠い。三十年前の「あの年」のことを、この町の人間は決して数字で言わないけれど、年齢の話になると全員が同じところで言葉を切る。あの年より前か、あとか。町の時間は、そこで止まっている。
止まったまま、誰も継がなかった。それが私の知っているこの町だった。
立花颯太が、バケツを提げて現れるまでは。
二 ひとり
最初に気づいたのは、四月の終わりの土曜だった。
私は二階の自室の窓から、橋のたもとの古い案内板を見ていた。「ようこそ」のあとが完全に消えて、灰色の板きれになっていたあの看板の前に、軍手をはめた彼がしゃがんでいた。
彼はまず、スクレーパーで消えかかった「よ」の字を剥がした。そして、浮いた塗料と錆を根気よく端から端まで削り落としていく。下地が出るまで、たっぷり一時間。誰も通らない橋のたもとで、誰に見せるでもなく、彼は板の裏側まで手を入れて錆を落としていた。
裏側までやるんだ。
誰も見ない裏側を丁寧にやる人間を、私はそれまで見たことがなかった。
次の週、彼は塗った。白を下地に二度。乾かして、文字を入れた。橋の上から見下ろす私の角度からは、はじめ何が書いてあるか分からなかった。けれど風で土埃が払われたとき、はっきり読めた。
「ようこそ!!」
「!!」は、最初の案内板にはなかったものだ。だから少しバランスが悪い。けれど、何か別にそれでいいような感じがした。
案内板の下に、彼は小さな計画書みたいなものを地面に広げていた。あとで分かったことだけど、それは町の地図で、赤い丸がいくつも打ってあった。どこが「町の顔」になりうるか。最初に塗るべき看板はどれか。優先順位がふってある。彼にはちゃんと、設計図があったのだ。
彼はそれを「Project Phoenix」と呼んでいた。ノートの表紙に、下手なフェニックスの絵と一緒にそう書いてあるのを、私はこっそり盗み見たのだ。
昼休み、彼が友達に熱っぽく喋っているのを、私は隣の柱の陰で聞いていた。
「ボロいのはいいんだよ。寂れてるのもいい。でも、『ちゃんと隅々まで見て、丁寧にやってるぞ』って、町が宣言しなきゃダメなんだ。手入れされてないものは、見てると人間まで諦める。神は細部に宿るんだって」
友達は笑っていた。「お前、観光客でも呼ぶの?」
彼は、笑わなかった。
「観光のためじゃない」と彼は言った。声が、少しだけ低くなった。「俺たちが、ここで生きるためにやるんだ」
柱の陰で、私は息を止めていた。
三 あそび
彼の仕事には、奇妙な癖があった。
完璧に直したあとで、必ず一つだけ余計なことをするのだ。
錆を落として塗り直したバス停のベンチ。座面を均一なミントグリーンにきれいに塗り終えたあと、彼はわざわざ、端っこに小さなテントウムシを一匹、描き足した。誰も頼んでいないテントウムシだった。
水道局の古い量水器の蓋。彼はそれを磨いて、雨水が流れるように溝のゴミまでさらってから、蓋のへりに沿って、極小の波模様を入れた。実用には一ミリも関係のない波だった。
また、彼が一人で喋っているのを聞いた。今度は、いつの間にか増えた二、三人の友達に向かって。
「きれいにするだけじゃ足りないんだ。遊びがいる」
「遊び?」
「無駄ってことだよ。テントウムシとか、波とか、オタマジャクシとか。なくても機能する。でも、そういう無駄を入れる余裕があるってことが、大事なんだ。余裕がある町は、生きてる町に見える。ギリギリで生きてる町は、無駄なんか描かない。──それに」
彼はそこで、子どもみたいに笑った。十分に一度の癖で前髪を押し上げて、額に青い塗料の線をつけたまま。
「単純に、嬉しいだろ。テントウムシがいたら」
私は、嬉しかった。
翌朝、いつものバスを待ちながら、私はベンチの端のテントウムシをずっと見ていた。乗るはずのバスを、一本見送った。バスを見送ったのなんて、生まれて初めてだった。理由もないのに、私はそこに座っていたかった。
無駄でいたかった。
たぶん、それが生きてるということなんだと思った。
四 感染
あの年、この町を空っぽにしたのは、人から人へ移っていくものだったと聞いている。
だから、これは皮肉な話だ。三十年たって、この町をもう一度動かしはじめたものも、結局、人から人へ移っていくものだった。ただし、向きが逆だった。
最初に彼の熱意に折れたのは、いちばん最初に笑っていた友達だった。「お前、毎週やってんの? ……まあ、ちょっとは手伝ってやるか」。そう言って、彼はスクレーパーを一本、奪うように持っていった。それが伝染の一例目だった。
二例目は、その友達の弟。三例目は、駄菓子屋の婆さんで、彼女は塗らなかったかわりに、毎週土曜、麦茶を冷やして待つようになった。冷えた麦茶を、誰かのために用意する。それも、町が生き返るということの、ひとつの形だった。
梅雨の前には、橋のたもとに十人近くが集まっていた。私はあいかわらず窓から見ていた。けれど、見ている人間は、私だけではなくなっていた。窓という窓に、人の影があった。みんな、見ていた。動いているものから、目が離せなくなっていた。みんな、見ていただけだったが。
市長が来たのは、地方紙に小さな記事が出たあとだった。
粒の粗い写真。錆を削る高校生たち。見出しは控えめに「町の顔、よみがえる」とだけ。市長は最初、視察のつもりだったのだと思う。挨拶をして、握手をして、帰るつもりの顔をしていた。
けれど彼は──立花くんは、市長にも軍手を渡した。当たり前みたいに。
あの年を、いちばん近くで見た世代の、疲れた目をした老人が、商店街のアーチの錆を、一箇所だけ削った。たった一箇所。けれどその一箇所のあいだ、市長の背中は、まっすぐだった。折れていなかった。
表情は苦虫を噛み潰したみたいなものではあったが。
ともかく、町の時間が三十年ぶりにほんの少し動いたのだった。
五 蝶番
私は結局、一度もあの輪に入らなかった。
声をかけられるのが怖くて、かけられないのも寂しくて、私はずっと窓の人間だった。陰キャの観察者。それが私の場所だった。
でも、ある日曜の朝、誰よりも早く起きて私は自分の家の門を見た。
錆びた蝶番。三十年ぶんの、誰も直さなかった蝶番。「あの年」より前から、たぶんずっとそこにあった。母も祖母ももう見ていない。曇った窓と同じだ。見ていないから、ないのと同じになっていた。
私は物置から、油の缶と、捨てるはずだった軍手を、ひとつだけ取り出した。
誰も見ていない。立花くんも、友達も、市長も、新聞も、いない。橋のたもとからはずっと遠い、私の家の、私の門。町の地図の赤い丸には、絶対に入らない場所。
彼の言葉を、私は思い出していた。『掃除するってことは、生きるってことだ』
私は蝶番の錆を端から端まで丁寧に落とした。裏側も。誰も見ない裏側を、念入りに。油を差すと、何十年も鳴っていた門が、すっと、音もなく開いた。
それから私は少し迷って、門柱のいちばん下の目立たない隅に小さなテントウムシを一匹描いた。
なくても機能する。実用には一ミリも関係ない。
あと、これは別に恋ではない。誰に言い訳してるんだか。
顔を上げると、坂の下をバケツを提げた彼が歩いていくのが見えた。十分に一度の癖で、前髪を押し上げて。彼はこちらを見ていない。私の門のことも、テントウムシのことも、たぶん一生知らない。
それでいい、と私は思った。
三十年後、この町はどうなっているだろうか。
別に何も変わらないかもしれない。
でも、私は今、生きてる田舎に住んでいる。




