第3話・覚悟を決めて青ざめる~別意のなさに苛まれ~
第2章 強要された共感の共振
第3話・覚悟を決めて青ざめる~別意のなさに苛まれ~
夕方の診察を終えたシリウムが一旦退室し、少ししてからインスを連れてアインの病室に戻ってきた。
「……こんばんは。アイン君」
「……ぁ……こ、こんばんは……?」
少し休んだとはいっても、連日の過酷な任務の疲労もあって、まだ青ざめた顔のインスを見て絶句してしまったアインに、困ったように微笑みかける。
いつも通りの挨拶に、震えて、掠れた声の返事が返ってきた。
「すみません。ちょっと、色々ありまして、数日こちらにいることになりました」
その『色々』の中身に関しては、神殿側の人間であるシリウムにもまだ伝えることはできない。
先に皇宮側。具体的には皇宮呪師長であるキプラ=ペンティスに報告し、キプラが皇城に報告を上げてから、必要と判断されれば神殿側にも情報共有が成される。
特にここ最近は、色々ありすぎて皇城、神殿、皇宮それぞれが密に連携を取らなければいけない案件が増えすぎている。
なので正直、今更この人に隠しておいても……と言うようなことも多いが、それはそれ。
治療のために、診察の一環として聞かれたのならばともかく、そうでないのなら漏らせない。
医務殿の入院患者用の白い寝衣に着替えたインスは、右腕を胸に沿わせるような形で包帯で固定されていて、覗く指先の、爪の色がまだ薄く紫になっている。
インスの姿を目にした途端に青ざめて、言葉もなくじっと見つめてくるアインに小さく笑う。
いつも通り歩み寄ると、そっと、左の腕で抱きしめた。
「……ぃんす、さま……」
「大丈夫ですよ。魔法で治して頂くまでの間ですから」
吐息が零れるような小さな声がインスを呼んで、柔らかな声が安心させるように告げる。
軽く、宥めるように背を叩かれて、一度、大きく息を震わせたアインは無言のままこくりと頷く。
「今日はどうですか? ちゃんとお昼は食べられましたか?」
「……はい。ちゃんと、食べました。……それから、もう少ししたら、胸の怪我に、魔法をかけてもいいだろうって、言っていただきました……」
その後はいつも通りの一日の報告会。
腕を解いて、隣の椅子に腰を下ろしたインスが顔を覗き込むようにして問いかければ、もう一度こくりと頷いて、ゆっくりと話を始めた。
アインがインスにする報告の内容をシリウムも一緒に聞き、事前に部屋付きの看護要員の神官からなされている内容と齟齬がないかを確かめる。
話が終わって、一瞬だけインスとシリウムの視線が交わり、問題がないと目で頷き合う。
「それじゃあ、夕食を食べたら二人共早めに休め。インス。特に、お前の方だ」
「わかっていますが、わざわざアイン君の前で言わなくても……」
シリウムが言い、インスが若干眉を顰めて文句をつける。
「私が言おうが言うまいが、アインが気にすることに変わりはないだろう。アイン。お前も、インスが無理をしないように見張っていろ」
「ぇ……? ……ぁ! はい!」
「ちょっと、ゾナール神官長!」
軽く鼻で笑ったシリウムに頼まれて、一瞬戸惑ったアインはハッとして強く頷く。
それに対してインスはなおさら不満そうに声を上げるが、にやりと笑ったシリウムは「お休み。」と言ってさっさと病室を出ていった。
こっそりとアインの様子を窺えば、何やら決意に満ちた表情できゅっと、その小さな両手を握りしめている。
うまく乗せたな……と内心で呆れるが、あえてそれは隠し、あくまでもシリウムの言いように不満げな様子だけを出した。
実際、多少の不満があるのも事実なので、そこに違和感もない。
「全く……アイン君。ああいう大人になってはダメですよ?」
「……ぇ?」
軽く溜め息を吐いて言うと、一瞬きょとんとしたアインは、クスクスと小さく笑いだす。
「でも、僕……ゾナール神官長さまも、尊敬してます」
ふふっと笑いながら言うアインに、わざとらしく眉を顰めて見せたインスは、すぐにふわりとほほ笑んだ。
「……ええ。私もです」
何だかんだ言いつつも、インスもシリウムのことは尊敬している。
色々と、いいようにあしらわれてしまうことも多いけれど、それでも、間違いなく……命を救うという戦場において、尊敬できる優秀な人物に違いはないのだから。
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食事を終えて、少しだけお喋りをして、就寝時間より少し早めにベッドに入る。
アインは先の事件で胸にナイフを刺された怪我と、左腕を風の神剣が放った光る刃に掠められた怪我をしている。
胸の方は手術後、一か月以上経過していることで少しずつ回復してきているのだが、風の神剣の魔力が残る左腕は縫合手術をしても一切治る様子がなく、いまだに滲むような出血を続けていた。
インスの方は今日、廃離宮の西の塔で遭遇した水の聖霊の断末魔の反撃で右の肩を小さな水の球に貫通され、指先まで痺れて動かせなくなってしまっている。
だから、いつもはインスがアインを抱きしめるようにして眠っているが、今日はただ横並びでベッドに入った。
お互いに就寝の挨拶をして、しばらく目を閉じてじっとしていると、様子をうかがっていたアインも安心したのか小さな寝息を立て始める。
その後もじっとしたまま様子をうかがうが、起きる様子がないのを確かめてそっと、息を吐く。
薄く目を開けて寝顔を見つめた。
――あのね、だからね、もっと頂戴! 代わりに教えてあげるから!!――
不意に、昼間遭遇した水の聖霊の声が脳裏によみがえる。
同時に流し込まれた、凄惨な悪夢も。
「………っ」
思わず息を飲み、意識してゆっくりと呼吸する。
嫌な汗が背筋を伝い、乱れた鼓動に胸が苦しくなった。
あの悪夢を、アインはずっと、見せられているのだとあの水の聖霊は言っていたが……
もし本当にそうだとしたら、起きた時に覚えていないのは幸いだ。
あんな悪夢を、欠片でも記憶していたら……しかもそれが、毎日毎日、何度も何度も、繰り返されているのを覚えていたら……とっくに心が壊れてしまっていただろう。
むしろ、だから覚えていないのだと気付く。
(……アイン君……君は……)
気づかれないようにこっそり溜め息を漏らして、触れるか触れないかと言ったギリギリまで近づけた手で、そっと頭を撫でるように動かす。
「……ぅん……」
小さく息を漏らしたアインが、ほわりとほほ笑んで、すり寄るような動きを見せる。
「……………」
息をつめて見つめるが、起きた様子はない。
細く息を吐きだして、インスも改めて目を閉じる。
ゆっくりと、身体の力を抜いて、沈むように眠りについた。
第2章第3話をお読みいただきありがとうございます。
シリウムの機転で、アインが「インスを見張る」という可愛らしい決意を見せた前半。
少しだけ和んだ空気から一転して、後半はインスの胸中を占める重苦しい記憶が明かされました。
傷ついた二人が寄り添うように眠る夜。
アインの寝顔を見つめるインスの、彼を守りたいという強い思いと、知ってしまった真実への戦慄……。
「忘れているからこそ保たれている」というアインの心の危うさが、これからの物語にどう影を落とすのか?
次回もお楽しみに!
【第1部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第1部・レッド・フレイムの呪い】
(https://ncode.syosetu.com/n1170lj/)
【第2部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第2部・レッド・フレイムの残照】
(https://ncode.syosetu.com/n5488lq/)
【番外編・第1弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞①~悪夢の海で瞑る翳・代償と贖罪の狭間で望まれる~
(https://ncode.syosetu.com/n5697ln/)
【番外編・第2弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞②~滞留するのは魔力の残滓~
(https://ncode.syosetu.com/n6684lr/)
【今後の連載スケジュールについて】
続きは明日12時から、毎日1話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!
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活動報告にて、キャラクター紹介や用語の解説などを不定期で掲載しております。ぜひチェックしてみてください!
【読者の皆様へのお願い】
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また次回もどうぞよろしくお願いいたします!
【第3弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】
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ノリト&ミコト




