第5話・汚れを洗う激流の~微笑の下の激情で~
第1章 遭遇するのは貴き碧
第5話・汚れを洗う激流の~微笑の下の激情で~
生まれたての子供と言うのは、これほどまでに残酷な存在だったのかと、若干逃避しかかった意識の下で思う。
それとも、これは相手が聖霊だからなのだろうか?
下手に強い力を持った存在であるせいかやりたい放題。
こちらの心情も、状態も無視して、一方的に話したいことを話し、伝えたいことを強制的に押し付け、勝手に魔力を奪っていく。
全く話が通じない。
好き勝手するそれに振り回されて、そろそろ限界に近かった。
「あのね、魔力の宿った子はね、器は全部消えたけど、まだ汚れが残っている! 汚れはね、残ってると黒くなるよ? 濃くなるよ? でもね、汚れだけならキレイにできるよ?」
塔の中を指さしたまま喋り続ける聖霊を呼吸を整えながら睨む。
「あとはね、大きな火の力なら消せるよ! 闇の火は強いから無理だけど、大きな火は近いから消せる!」
「……なるほど……」
睨まれていることに気付きもしないのか、それとも気にしないのか、顔を近づけてきて笑う聖霊の言葉に、漸く呼吸が整ってきたインスは掠れた声で一つ頷く。
言っていることは半分も分からないが、聞き逃してはいけない点だけ理解すればいい。
どのみち、こちらが分かっているかどうかなど、この聖霊にはどうでもいいことだろう。
「でもね! どっちかだけ! 両方一遍にやるのは無理だよ? 力が足りない!」
「……へえ……」
楽し気な聖霊に、インスは目を細め、薄く笑みを浮かべた。
「あのね、キミとね、水の子から産まれたよ! だからね、いっぱい頂戴! できるから!」
「……なるほど……それでは、手伝っていただけますか?」
聖霊が、望んでいるであろう言葉を投げかける。
「もちろん! キミがたくさんくれるから、できるよ?」
あげた覚えはないのだけれど……と内心思いながらも、インスはただ微笑む。
池に引きずり込まれて、全身ずぶ濡れになってしまったせいで体が冷える。
それなのに、まとわりついて、啄むように、遠慮なく魔力を吸っていくこの聖霊のせいでなおさら凍える。
インスはゆっくりと立ち上がると、塔に向き直った。
まとわりつく聖霊が、楽しそうにクルクル回る。
それを、内心鬱陶しく思いながらも表には出さず、呪文を唱え、呪印を結ぶ。
ざわりと、風もないのに水面が揺れて、聖霊がインスの魔力と混じり合って、形を変えていく。
「……あれ……?」
両手の間に、形を変えた魔力が凝り、渦を巻く。
聖霊の不思議そうな声が聞こえたが無視する。
(きれいさっぱり、洗い流してもらいましょうか……)
心の中で呟いて、うっすらと笑みを浮かべた。
冷ややかな眼差しが、手の中で魔法に形を変えた聖霊を見下ろす。
「清澄浄潔」
「え……ちょ……っ!?」
解き放つ、合図の言葉と重なって、焦ったような声がした。
けれど、既に発動された魔法は止まらない。
碧く輝く水が、激流となって塔内に流れ込む。
悲鳴のような叫びが上がり、暴れる気配もしたがすべてを無視する。
聖霊の、存在そのものを支えている力の、そのすべてを、奪われた自身の魔力で絡めとり、押さえつけ、搾り取って汚れを洗い流す。
最後の最期まで力を使わせ、汚れと火の神剣の力の残滓を洗い流させる。
聖霊の声が聞こえなくなり、魔法に込めたその力を使い切って、空気中に現象の残滓が消えていくのを、眉一つ動かすことなく見届けた。
「……あなたは幼すぎましたね……もう少し、人の心を学んでから姿を現すべきだった……」
シンと、辺りの魔力が静まり返り、小島の向こうで呼び続けていたらしいステールの声がようやく耳に入ってくる。
「……私の魔力はさぞかし美味しかったでしょうね? そうでなければ生まれたての聖霊が不用意に姿を現すはずもない……私と、アイン君の魔力から産まれたようなものだから、無条件で与えられるとでも思っていたようですが……」
そんなわけがない。
冷ややかに塔の中と、池と、周囲の魔力を慎重に探る。
塔の中から、残っていた火の神剣の力の痕跡と、薄暗く、よどむような気配が消えていた。
言うだけはあって、確かに『大きな火の力』と『汚れ』はきれいにできたらしい。
代わりに池の、異常なほどの清浄さもなくなったので、早くも水の透明度が下がっている。
けれど、周囲に存在する自然の魔力……通常の精霊の魔力との均衡は保たれていて、むしろ状況は僅かによくなっていた。
「おい! インス!! どうなってる!!」
「大丈夫ですよ! 終わりましたから!」
怒鳴るステールに応えて、戻ろうと踵を返す。
「……っ……!?」
その瞬間、ゾワリと背筋に悪寒が走った。
同時に、何かが後ろから右肩を貫いていく。
「……っぁ……っ!!」
激痛に顔を歪め、よろめく。
肩を押さえながらその場に膝をつき、正面を睨んだ。
微かな力の残滓が消える。
聖霊の、どうやら断末魔の反撃だったようで、極小の水の球に撃ち抜かれていた。
位置が肩で済んだのは幸いだろう。
既に自我も何もない力の残滓が、ただ幼子が不満を訴えて殴りかかってくるかのように起こした反撃。
場合によっては胸や頸、頭に当たっていた可能性もあり、もしそうなっていたら即死していた。
避ける隙など欠片もない距離と速度で貫いて行って、そのまま残滓までもが消滅したところ。
ただ、だからといって楽観できる位置ではなかったようで、腕が重く痺れて力が入らない。
だらりと垂れた右手の指先から、パタパタと水の混じった朱が滴る。
押さえた指の間から、ジワリと広がる血が、止まらない。
「……っく……」
あまりの激痛に脂汗が浮かぶが、ずぶ濡れの全身では見分けはつかず、冷え切った体から出血に伴って更に温度が抜けていく。
グッと、奥歯を噛みしめ、何とか立ち上がると、ふらつきながらも再び歩き出す。
「!? インス!?」
小島の向こう側にいるステールが見えるところまで戻ると、案の定、驚きの声が上がった。
思わず踏み出しかかったその足を、ぐっとこらえて止めたのが分かる。
震えて、青ざめたインスが一歩ずつ、小島を進み、廃離宮に繋がる道を渡って、ステールの手の届くところまで戻ってきた。
「何があった?」
「……ちょっと、想定外の反撃を受けまして……」
油断しましたと苦笑するインスを抱き止め、座らせる。
右肩を押さえるインスの手を退けさせ、傷を確認すると手早く止血を施す。
他に外傷はないようだが、どういう訳か全身ずぶ濡れ。
秋も深まってきたこの季節に、冷たい水を浴びて、そのままにしていたら風邪をひく。
更に、出血に伴う体温低下が起こっているせいか、唇まで青くなって震えていた。
自分が着ていた外套を脱いでインスの体を包む。
「すぐに皇都に戻るぞ。主神殿に直行するから、休んでいろ」
「……すみません……お願いします……」
抱き上げながら告げると、荒く息を吐きながら頷いたインスは素直にステールに体を預け、ゆっくりと目を閉じた。
第1章第5話をお読みいただきありがとうございます。
言葉が通じないなら、利用するまで。
無邪気な暴力に対し、インスが選んだのは「相手を燃料にして洗い流す」という、実に呪師らしい、容赦のない解決策でした。
圧倒的な力を持ちながらも敗れた聖霊と、傷つきながらも目的を果たしたインス。
勝ったけれど満身創痍。
退院したばかりなのに、また逆戻りコースです。
満身創痍の彼を抱えるステールの心境を思うと……(;'∀')
次回からは第2章です!
引き続きお楽しみください!
【第1部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第1部・レッド・フレイムの呪い】
(https://ncode.syosetu.com/n1170lj/)
【第2部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第2部・レッド・フレイムの残照】
(https://ncode.syosetu.com/n5488lq/)
【番外編・第1弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞①~悪夢の海で瞑る翳・代償と贖罪の狭間で望まれる~
(https://ncode.syosetu.com/n5697ln/)
【番外編・第2弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞②~滞留するのは魔力の残滓~
(https://ncode.syosetu.com/n6684lr/)
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【第3弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】
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ノリト&ミコト




