第5話・それは確かな変化の証明~できないことに備えるために~
第6章 幼く拙い敬慕の揺籃
第5話・それは確かな変化の証明~できないことに備えるために~
アインが医務殿を退院したのは秋も終わりが見えてきたころ。
回復魔法でインスの怪我の治療をし、意識を失って……その後、目を覚ましてから更に四日後。
入院期間がおよそ二か月近くに及んでいて、久しぶりに戻った呪師寮の自室が見覚えのない場所のように感じた。
「お帰り。アイン……」
「……はい……。また、よろしくお願いします……」
同室の兄弟子であり、既に正式な神官位を持っている呪師見習いのペルフィー=プリメーシャスに迎えられて、アインは遠慮がちに微笑む。
退院はしたものの、左腕の怪我はもちろん、実は胸の怪我も魔法で完治はできていない。
それはアインの体力的な問題で……無理しない範囲で日常生活には戻れるが、一度に回復魔法で治すのは難しいと判断されたから。
完治を待たずに退院となったのは、皇宮側からの催促があったことと、どちらにしろ腕の怪我が治らないのがはっきりしているからだ。
動ける程度には胸の怪我も治すことはできたし……それも、数日かけて少しずつ回復魔法をかけた……体力の回復や増強を促すのなら、これ以上入院生活を続けさせるよりは日常的な生活に戻した方がよかったから。
そうは言っても怪我人なので、毎日の診察と治療は必須。
そこは呪師寮の医務室と医学を先行している呪師見習いであるペルフィーが常に対応できるように手配されていた。
「一応、明日から二日はこのまま休みで、三日目に学校の方に復学の挨拶だったか?」
「はい。……授業は、その次の日に、皇宮側で行われるのが最初です……」
あらかじめ聞いていたアインのスケジュールを確認すれば、こくりと頷いたアインはよどみなく答える。
「よし。じゃあ、今日はどうする?このまま部屋で休んでいるか?」
この後、復学の挨拶で学校に行くまでは常に付き添うようにと言われているペルフィーが問いかけると、アインは少しだけ迷うような表情を見せた。
「……あの……もし、ご迷惑でなければ……」
伺うように、けれども、乞うような眼差しで告げたアインの希望を聞いて、ペルフィーは軽く目を丸くする。
「いいぜ。じゃあ、行こうか」
その表情に慌てたアインが何かを言い出す前に、ニッと笑って請け負ったペルフィーが促せば……
「……はい……」
一瞬息を飲んだアインもふわりと笑って頷く。
その表情に、ますます目を丸くしたペルフィーだったが、すぐに楽しげに笑うと、アインの手を引いて部屋を出た。
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本当に、あの人は何か自分に恨みでもあるのだろうか?
アインの退院に先立ち、皇宮側から届けられたという書簡を見せてもらったインスは、内心で皇宮呪師長・キプラ=ペンティスに対しての疑念が育つのを感じる。
確かに、アインの特別介護要員として、夜間の主神殿・医務殿への出向が始まって五日後には、廃離宮の調査に赴いた際の負傷で医務殿総括の医呪神官長・シリウム=ゾナールの指示というか、企てというか、機転というか……
とにかく、シリウムによって回復魔法で治療して翌日からもまた任務に当たるのではなく、入院して気力、体力、魔力などを回復をしてから。となった。
けれど、その廃離宮の調査中に負った怪我に、水の神剣の力の残滓が微かにこびりついていて、普通に治療しても治りきらないと判断されたから。
水の神剣が体内に入ったことでその魔力を帯びてしまっているアインが回復魔法をかけることになり、その結果、こびりついた霞のような残滓は取れ、腕に残る重みも、痺れも治まった。
代わりに三日もアインは意識が戻らず、インスもだいぶん参ってしまっていて、シリウムらが回復魔法で治療するわけにもいかない状況に陥った。
アインが意識を取り戻して以降は順調に回復していってはいたのだが、まだ完治とはいかない段階で「そろそろ二人とも退院できないか?」といった趣旨の書簡が届けられ……
まだ早い。というインスの意見は入れられることなくアインが先に退院。
呪師寮で夜間も問題ない範囲で過ごせるかの確認を待って、今日にはインスも退院し、皇宮に戻ることになった。
「……授業の際に神官呪師の方も一人待機させておいてください。できれば、医呪神官の方を……」
退院前に、主神殿の大神官であるチェスパス=インゼラとアインの『最初の授業』に関しての打ち合わせを行う。
「……なら、メンテ医呪神官がいいだろう……」
少し考えたチェスパスが上げた名前は、皇宮内にある神殿に所属する医務殿の長官である医呪神官・ウスニー=メンテ。
皇宮内に置いて最高位の医呪神官であり、当然、医師としても皇宮内の神殿で最高。
その名前を聞いて、インスも納得したように頷く。
「……お前が危惧しているのは、アインが『魔法を使えない』ことか? それとも『魔力を暴走させる』ことか?」
「……どちらの懸念もありますけれど、医呪神官の方に居て欲しいのは、万が一、アイン君が体調を崩してしまったり、無理をして怪我を悪化させてしまった場合に迅速な対応をお願いしたいからです……」
チェスパスの問いかけに、一瞬、言いよどんだインスは、だがそっと溜め息を吐いてそう答える。
そう。チェスパスが懸念することももちろん起こりえるだろう。
けれど『使えない』だけならそれはそれでいい。
もし『魔力が暴走』してしまったのだとしても、何とかする。
それよりも、アインが体調不良を起こしたり、怪我を悪化させてしまった場合に、インスができることはない。
「……やっぱり、今からでも白魔法を勉強した方がいいですかね……?」
「やめろ。冗談じゃない」
考え込んで、ぼそりと呟くのを聞いて、チェスパスは即座に止める。
不服そうに口を尖らせ、子供っぽい表情を見せたインスは、だがすぐに溜め息で返す。
そっと目を伏せた。
「……わかっています……私に、白魔法は向かない……」
そう呟いたインスの眼差しが陰りを帯びて、どこか諦めにも似た切なさが声に宿る。
けれど、チェスパスはインスに白魔法を使わせたくないから沈黙するしかなく……
少しの間室内はしんと静まり返り、窓の外、冬の気配が濃厚になった空を、落ちた枯れ葉が風に揉まれて飛んでいく。
「……授業は予定通り、二日後に行います……準備と、覚悟をお願いします……」
ややあって、顔を上げたインスは真っ直ぐにチェスパスを見てそう告げ、チェスパスもまた真剣な表情で頷いた。
第6章第5話をお読みいただきありがとうございます。
約二ヶ月に及ぶ入院生活を経て、アインがついに呪師寮へと戻りました!
久しぶりの自室、そして兄弟子ペルフィーとの再会。
以前の彼なら考えられなかったようなアインからの「小さなお願い」に、彼の心の成長と変化を感じていただけたでしょうか。
一方、皇宮へと戻るインスもまた、アインとの「最初の授業」に向けて静かに覚悟を固めています。
次回、番外編第3弾もいよいよ終章となります。
最後までお楽しみに!
【第1部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第1部・レッド・フレイムの呪い】
(https://ncode.syosetu.com/n1170lj/)
【第2部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第2部・レッド・フレイムの残照】
(https://ncode.syosetu.com/n5488lq/)
【番外編・第1弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞①~悪夢の海で瞑る翳・代償と贖罪の狭間で望まれる~
(https://ncode.syosetu.com/n5697ln/)
【番外編・第2弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞②~滞留するのは魔力の残滓~
(https://ncode.syosetu.com/n6684lr/)
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また次回もどうぞよろしくお願いいたします!
【第3弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】
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ノリト&ミコト




