第2話・君が在るのを祈念《こいねが》う~孤独な魂魄《たましい》たちの誓約~
第6章 幼く拙い敬慕の揺籃
第2話・君が在るのを祈念う~孤独な魂魄たちの誓約~
うっすらと目を開いたアインは、周囲の暗い朱色を眺めながら、右手を包むあたたかさに縋るようにきゅっと、指を動かした。
「……。……アイン君……?」
息を飲むような気配と、囁くような呼び掛けに、ぼんやりしたまま首を巡らせる。
「……ぃ……んす……さま……?」
掠れて、途切れがちの声の呼びかけに、ふわりと、泣き笑いのような表情を見せたインスが、
「おはようございます。アイン君」
言いながら、アインの右手を包む手に少しだけ力を入れた。
「……ぉはよ、ぅ……ござ……、ます……?」
こてりと首を傾げる様子に微笑んで、インスはアインの手を包む左手の甲に額を当てた。
アインが意識を取り戻したのは、回復魔法を使ってから三日後の夕方。
魔力切れ自体はともかくとして、体力と、何よりずっと続いている出血のせいで元々酷かった貧血が、傷口が完全に開いてしまったせいで更に出血して、危ういところまで悪化してしまった。
一晩経っても、二晩経っても意識を取り戻さないアインに、インスの方が参ってきているのを察したシリウムが強制的に眠らせたのが今朝がた。
昼を過ぎ、午後の深まってきたところで目を覚ましたインスは、床に膝を着き、アインの右手を握ったまま、ずっと祈るように俯いていた。
様子に、シリウムは一時的に部屋から全員を外に出し、暫くの間、二人きりになれるように手配したところ。
晩秋の、早くなった日暮れに外が赤く染められて、部屋の内も暗く、朱色に染まる中。
漸く目を覚ましたアインを見て、安堵の息を吐く。
「……インス、さま……僕……?」
「アイン君は、私の治療をしてくれた後、意識を失って、三日も眠っていたんですよ」
記憶が少し曖昧になっているのか、困惑した様子のアインに、インスは説明しながら、手を包んでいた左手を離して、そっと、アインの頬に触れる。
手を離された瞬間に不安げな目をしたアインに微笑みかけたまま囁く。
「……アイン君のおかげで、右手の痺れは取れました……ありがとう」
「…………ぁっ!」
言われて、漸く意識も、記憶もはっきりしたのか、アインも息を飲んだ。
「でも……」
続けたインスの顔が歪んで、泣きそうになって、その顔を隠す様に、アインをそっと、抱きしめる。
「……無理、しないで下さい……心配しました……」
「ぁ……。ごめ……なさ……」
謝らないで。と囁かれて、何も言えなくなる。
「……アイン君……この先、何があろうとも、私は君を、独りにはしません……」
「……っ……」
耳元で、囁かれる言葉に、目を見開いて息を飲む。
「たとえ、一時的には、物理的な距離ができてしまったとしても、ずっと、君を想っていますよ……そして……」
「……ィンス、さま……?」
恐れるような掠れた声に、鼓動が乱れて、苦しくなる。
「かならず、また、君の元に戻りましょう……絶対に……」
どんな手を使ってでも。と言う言葉だけは、インスの心の中で告げられて、アインの耳には届かない。
けれど、その思いは強く、伝わって。
アインの、その小さな体が震えだす。
「だから、君も、私を独りにしないで下さい……頑張るのはいいですけれど、無理はしないで……お願いします……」
「……ぁ……」
震える声に、自分が、どれだけ心配をかけてしまったのかを悟った。
誰かに……大事なヒトに、心配をさせるというのは、こんなにも、つらく、哀しいものなのだと、漸く、本当の意味で理解する。
(……たましいが、引き裂かれるみたい……)
何も言えなくなって、ぽろりと零れた涙が、眦を伝い、シーツに落ちる。
「……私が、君を護ります……だから、君も、君自身を、大事にしてください……私から、君を奪わないで……」
乞う声が、祈りを帯びて、包み込む。
「……私の傍に、居て下さい……」
「…………ん!」
声なんて出せなくて、ただただ、強く、頷く。
ああ。なんて……
(……やさしい、方なんだろう……)
ぽろぽろと、零れる涙を止める術が分からない。
止めなくていいのだというように、横たわったままのアインを、優しく抱きしめるインスが、無言になってアインの頭を撫でる。
だったら……と。
アインも、心の中で決める。
(……僕も……インス様を、護れるようになろう……僕だけじゃなくて、インス様にも、インス様ご自身を……大事に、して欲しいから……)
今はまだ、自分が幼く、頼りないから、その分、インスにかかる負担が大きすぎる。
それをアインは知っている。
だから、インスの負担を減らせるように。インスに頼って貰えるように。
お互いを、護り合えるように。
どちらか片方じゃない。両方大事で、両方大切だから……
一方的な寄りかかりなんて嫌だ。
自分もインスを大事に思って、大切にしたいと思って、心配しているのだと、分かって貰いたいから。
頼って貰えるように、少しだけでも。少しずつでも。
こうやって、自分だけが一方的に与えられ、護られるのではなく。
自分も、できるだけ、助けになれるように。護れるように。
(……そう。なりたい……)
強く。強く。願う。誓う。その『想い』に応えるように……
「……っ……!?」
アインの体の奥深く。何かが微かに脈動した。
第6章第2話をお読みいただきありがとうございます。
三日間の眠りからようやく目を覚ましたアインと、彼を祈るように待ち続けていたインス。
朱に染まる静かな病室で交わされた言葉は、単なる師弟を超えた、魂の誓約のようでもありました。
誰かを想うからこそ、自分自身を大切にしてほしい――。
孤独な魂同士が響き合い、新たな約束が交わされた瞬間でした。
次回もお楽しみに!
【第1部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第1部・レッド・フレイムの呪い】
(https://ncode.syosetu.com/n1170lj/)
【第2部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第2部・レッド・フレイムの残照】
(https://ncode.syosetu.com/n5488lq/)
【番外編・第1弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞①~悪夢の海で瞑る翳・代償と贖罪の狭間で望まれる~
(https://ncode.syosetu.com/n5697ln/)
【番外編・第2弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞②~滞留するのは魔力の残滓~
(https://ncode.syosetu.com/n6684lr/)
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ノリト&ミコト




