第1話・過去《ルーツ》に絡まれ囚われて~鏡に映った幻影の~
第6章 幼く拙い敬慕の揺籃
第1話・過去に絡まれ囚われて~鏡に映った幻影の~
昼過ぎの病室で、ぼんやりと目を開いたインスがゆらゆらと視線を彷徨わせる。
様子が変わったことに気づいた看護要員の神官が一人、静かに部屋を出ていく。
インスの方はまだ意識がはっきりしないのか、その動きに気づく様子もない。
ややあって、ぱちりと一度瞬きをすると、首を巡らせて隣のベッドを見た。
並べられたベッドにはまだアインが眠っていて、回復魔法を受けて体力を消耗させたインスより、アインの方が疲弊が酷いことが分かる。
じっと、黙って見つめるのを、息をつめて見守る神官たちは呼ばれてやってきたチェスパスを見てそっと息を吐いた。
「……起きたか……」
「おはようございます」
「……大丈夫そうだな……」
「……そうですね……」
枕元に立って見下ろしてくるチェスパスに、インスは苦笑いで答える。
ちなみに、医務殿の総括であるシリウムは夜明け前に呼び出された後、午前中いっぱいは一応待機していた。
けれど、インスもアインも起きる様子もなく昼を迎えたため、午後はチェスパスが対応する事にして今は休憩している。
「どこまで覚えている?」
「全部ですかね? ここではちょっと……」
問われてインスは目で周囲を示す。
最後にアインをじっと見つめた。
「……なるほど……起きられるか?」
「多分?」
言いたいことを察したチェスパスの問いに首を傾げる。
左手をついて身を起こそうとすれば、チェスパスが慎重に手を貸して様子を見た。
「……………」
問題がなさそうだと判断したところで、頷き一つで車椅子を用意させ、補助要員の神官たちに手伝わせて隣の病室へと移る。
人払いをし、二人きりになったところで改めて向き直った。
「ずいぶんと久しぶりだったんじゃないか?」
言われてインスは若干嫌そうな表情を見せる。
そう、シリウムは知らなかったが、彼よりも歳が上のチェスパスは知っていたのだ。
インスが幼いころに、アインと同じように周囲を恐れるような様子を見せることがあったのだと。
「……これだから年寄りは……」
「黙れ小童。で? 何があった?」
ぼそりと呟くインスに笑顔で毒を返したチェスパスは、理由を問いかけた。
「あなた方のせいでしょう? 日中に思い出したくもないことを言わされましたから?」
「…………あそこまで詳細に語れとは言っていないぞ?」
その笑顔に冷笑で応えたインスの物言いに、理由を悟る。
つまり、廃離宮の西の塔がある小島で、水の聖霊に見せられた『アインが見ている悪夢』の内容を事細かに語ったせいで、それが夢の中に現れてしまったということだろう。
「その夢から覚めたと思ったら、まだ夢の続きだったようです……病室内で、アイン君も隣のベッドに寝ていて、看護の神官呪師の方もいて……それもちょっと……嫌な夢だったのと、目が覚めた後も同じ場所に居たので、夢なのか現実なのかが分からなくなってしまいました……」
続けて言った時に、無意識に左手で首元を押さえる。
視線が揺れ、逸らしたのも恐らく無意識なのだろう。
声音だけは平常で、言葉が揺れることもない。
微かに眉を顰めたチェスパスは、口の中で「なるほど。」と呟く。
その、インスの無意識の動きで、どんな夢だったのかを大体悟る。
実はあれもまた、幼いころにインスがよく見ていた夢だった。
「……大分、マシになったと思っていたんですけどね……」
察したことに気づいたのだろう。
溜め息を漏らしたインスが言外に認め、少し弱ったような笑みを浮かべる。
実はインスは、どちらかと言えば神官呪師を多く輩出している家系の出身だ。
だから、本当に幼いころ身の回りに居た大人は皆、神官呪師で、年の近い……そうは言っても大分上の……子供たちも皆、神官呪師の適性の者が多かった。
むしろ、かなり久しぶりに皇宮呪師への適性を持って生まれたのがインスで……もちろんそれが分かったのは十三歳になって入学試験を受けてからだが……持って生まれた魔力量が莫大であったため、まず最初に神官呪師として大成することを期待され、恐れられ、嫌悪された。
さすがに、アインのように入学年齢になる前から呪師としての修業を課されることはなかったのだが、入学試験で適性が皇宮呪師側だと分かると、今度は一斉に落胆された。
アインが現れるまでは歴代最高と言われる神童でもあり、現時点では最年少で最優秀の皇宮呪師。
と言っても、別にインスが望んでいるわけではない。
いや。どちらかと言えば嫌がっている。
当然、本人がそう名乗っているわけはないし、そもそも、正式にはそんな称号のようなものもない。
ただ、一部で……良い意味にしろ、悪い意味にしろ……そう呼ぶ者が居るというだけ。
今後、アインが正式な呪師となれば、その称号(?)らしきものもアインのものになるだろう。
……インスが望んでいないように、アイン本人が望むと望まざると関わらず。だ。
当然だが、インスはアインがそんな風に呼ばれることも望んではいない。
天才? 冗談ではない。
才能があろうがなかろうが、努力を怠る者はその程度のものにしかならないし、たとえ報われることがなくても努力し続けることができる者は『強い』。
それを幼いころから悟って、魔法以外の、一般的な基礎学習に関しては他の追随を許さないほどの才能を見せてもいたため、一族の中で浮いた存在として育った。
いや。むしろ、そうしなければ生きられなかった。
チェスパスがそれを知っているのは、主神殿の医務殿には、知られるわけにはいかなかったから。
だから極秘で呼び出されて、こっそりと治療に当たることが多くあった。
……世の中には、どれほど神官としての修業を積んでも、我欲によって行いを誤る者が多くいるということだ。
呪師の家系というのは、全部が全部、仲良しこよしという訳でもない。
インスの生まれた家も……家族仲だけに限ればそれほど悪くもなかったのだが、外部者……親戚連中も含む……まで良いとは言い切れなくて、色々と……危険な目にも合ってきた。
理由は簡単。
呪師というのは、管理され、監視される存在だ。
そうは言っても、人間で唯一魔法の使い方を『知ることが許されている』者たちでもあるので、かなりの高給取りでもある。
けれど、逆を言えば身分的には、どれだけ優れた才を持っていても、どれだけ功績をあげても、どれほど貢献しても『呪師』という枠組みにとらわれる。
貴族になることも平民になることもない、あえて言えば中間。実質的には枠の外。
では、彼らが『栄達』という欲を満たすにはどうすればよいか?
そう。神官呪師であるなら、神官位の最高峰を目指すことになる。
そして、そんな神官位の最高峰は言わずと知れた『教皇』。
教皇の選出条件は『結界維持を専門とする神官呪師の中で、もっとも魔力量が多く、もっとも実力的に優れている者』。
インスの呪師としての才が皇宮呪師側であると分かるまで、親戚連中を含む外部の者に狙われ続けていたインスが周囲を警戒するのは当然。
更に、皇宮呪師に向いていると分かったら分かったで、今度は皇宮呪師側からも疎まれる破目になった。
皇宮呪師の最高峰は皇宮呪師長。
呪師学校の入学当初から次期皇宮呪師長最大候補と目されてしまったせいで、指導内容もずいぶんと過激なものとなった。
それを、他の生徒と一緒に授業を受けさせられながら強いられたのだから、学習環境として言うのなら、ある意味アインより酷い。
いや。むしろ、インスの件があったから、アインは最初から個別授業で教育することになった。というべきか。
もっとも、インスは皇宮呪師としての指導だけで、更に最低入学年齢の十三歳になってからの開始だったので、どちらがましなのかは疑問が残るところではある。
一瞬、二人して遠い目をしてしまったのは同じことを考えたからだろう。
どちらからともなく漏らした溜め息が、室内に重い空気を満たした。
第6章第1話をお読みいただきありがとうございます。
今回は悪夢から覚めたインスと、彼の事情を知るチェスパスとの会話劇をお届けしました。
前回のリアルすぎる悪夢の正体や、インスが「神童」と呼ばれるがゆえに背負ってきた過酷なルーツが少しずつ明かされました。
アインの境遇ともどこか重なる部分があり、だからこそインスが彼に寄り添えるのかもしれません。
お互いに遠い目をしてしまう大人二人の姿も印象的です。
次回もお楽しみに!
【第1部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第1部・レッド・フレイムの呪い】
(https://ncode.syosetu.com/n1170lj/)
【第2部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第2部・レッド・フレイムの残照】
(https://ncode.syosetu.com/n5488lq/)
【番外編・第1弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞①~悪夢の海で瞑る翳・代償と贖罪の狭間で望まれる~
(https://ncode.syosetu.com/n5697ln/)
【番外編・第2弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞②~滞留するのは魔力の残滓~
(https://ncode.syosetu.com/n6684lr/)
【今後の連載スケジュールについて】
続きは本日22時から、毎日昼と夜、1日2話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!
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【第3弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】
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ノリト&ミコト




