第4話・暗がり廻《めぐ》る深遠の~現の狭間で惑う者~
第5章 極限の先にあるものは
第4話・暗がり廻る深遠の~現の狭間で惑う者~
夜明け前の病室では、インスの乱れた呼吸音とうなされる声が微かに響いていた。
深夜までかかった処置が終わり、暫くの間は薬が効いていたのか静かに眠っていたのだが、時間が経ち、麻酔も切れたせいか苦痛を堪えるような呻きや、苦し気な息づかいと共に、今夜も夜ごと訪れる悪夢にうなされている。
「……っ……!」
暫くそうしてうなされていたインスは突然、弾かれたように目を見開き、乱れた息を整えながら周囲を見渡す。
「……っ」
首を巡らせて、隣に並べられたベッドに横たわるアインを見つけると起き上がろうと左手を着いた。
「……ラント呪師……」
様子に、部屋付きの看護要員の神官呪師が静かに歩み寄って、小声で呼ぶ。
「……アイン君……は……?」
インスは手を貸して貰って身を起こしながら、問いかけ、いつもより遠い位置で眠るアインを見た。
声が掠れて、途中で小さく咳き込む。
喉がカラカラで呼気さえ引っかかるように感じていた。
「今夜は静かに眠っています……お水を飲まれますか?」
応えた神官呪師がそう問いかけ、水の入ったコップを差し出す。
「……すみ……ませ……」
礼を告げようとする声がまともに出せなくて、微かに顔を顰めるインスに無言で頷いて、神官呪師は慎重にコップを渡した。
受け取って、ゆっくりと口に含む。
こくり、こくりと小さく喉が鳴り、少しずつ潤いが体に染みていく。
けれど……
「……ぅっ……!?」
不意に息を詰まらせたインスが目を見開き、まだ中身の残るコップが手から滑り落ちて床に堅い音を響かせた。
「……ぇ? ……っあ……っ!!」
何が起こったのか分からない。
混乱と、それよりも全身が沸騰するような熱さと、体内の逃げようもない苦痛に声にならない悲鳴が漏れる。
体の奥からせり上がる熱い塊を堪えきれず、喉を衝いたそれを吐き出す。
「……ぅ……かは……っ!!」
朱に塗れ、そのままベッドに突っ伏したインスを神官呪師はただ静かに見つめる。
「……っぁ。……ああ……っ!?」
インスがこれほど苦しんでいるのに動こうとしない神官呪師に気付いて、激しく痛み出した頭が理由をはじき出す。
盛られた?
毒を?
でも、なぜ……?
「……不思議そうですね……」
クスリと、その神官呪師は小さく笑うと、突っ伏すインスの首を掴み、無造作に起き上がらせる。
「……っ……」
そのまま仰向けにしてベッドに投げ出し、両手の指が正面から喉に絡みつく。
インスはうっすらと、瞳を開いて、相手の顔を凝視する。
けれど、部屋がまだ暗いせいか、それとも既に意識が危ういせいか、その姿がはっきりとは見えない。
こんな神官呪師、この部屋の付き人として、居ただろうか?
考える間にも、体の中で暴れる熱と、痛みと、苦しさと……そういったものにどんどん追い詰められていく。
そして……
「……っ……!?」
二度目の覚醒に、インスは全身の震えを感じながら、そっと辺りを見回した。
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跳ねるようにして覚醒したインスが、首元を押さえ、身体を強張らせたまま周囲を伺う様子なのを見て取って、今夜は増員されている部屋付きの看護要員の神官呪師の一人が静かに部屋を出ていく。
その、微かな動きにさえも過剰に反応するのを見て、別の一人がゆっくりとインスに歩み寄った。
「……っ……!!」
「? ラント呪師?」
最初の一歩目でびくりと震え、目を見開いて凝視してくるインスの様子に、そっと小声で声をかける。
「……ぁ……」
相手が、よく夜間の看護要員として部屋で寝ずの番をしている神官呪師だと気付いたインスの体から僅かに緊張が抜けた。
「……大丈夫ですか?」
慎重に距離を測って歩み寄った神官呪師の問いかけに、インスは曖昧に頷き……
「っ……!?」
右肩に走った痛みに顔を顰めた。
ぎゅっと、左手で強く押さえ、痛みに耐える。
「……まだ、完治はしていません。ご無理はなさらないでください」
「……アイン君は……?」
神官呪師はそっと、枕元で膝をつき、横になったままのインスと視線を合わせる。
じっと、探るように見つめながら問われて、視線がインスの左側を無言で示した。
「左腕の怪我は完全に開いてしまっていたので、縫合をし直しました。魔力切れと極度の疲労……それと、貧血で意識はありませんが、十分に休めば気が付くはずです」
「……………」
その返答を聞いて、軽く目を見開いたインスの体から今度こそ力が抜ける。
礼を伝え、恐る恐る首を巡らせて。
自身の左側に並べられたベッドで眠るアインを見た。
別のベッドに寝かされているので、いつもより距離が遠い。
けれど、手を伸ばせば触れられる距離にはちゃんといて、そっと伸ばした指先が、青ざめて少し冷えたアインの頬に触れた。
少し苦し気ではあるが、呼吸もしっかりしていて、神官呪師の言う通り、十分に休めば目を覚ましてくれるだろう。
そこでようやく、インスは安堵の息を吐いた。
「……インス……」
その直後、病室にやってきたシリウムがそっと声をかける。
「……ゾナール神官長……」
横になったままシリウムを見上げるインスの様子に、シリウムは眉間に皴を刻んで押し黙った。
第5章第4話をお読みいただきありがとうございます。
暗がりの中、インスを襲ったのは逃げ場のない悪夢か、それとも現実の侵食か。
喉を焼く熱さと、首にかけられた手の感触――。
今回は、過酷な治療を終えた後の、夜明け前の病室での出来事をお届けしました。
目覚めた先で待っていたのは、さらなる絶望か、それとも……?
次回もお楽しみに!
【第1部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第1部・レッド・フレイムの呪い】
(https://ncode.syosetu.com/n1170lj/)
【第2部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第2部・レッド・フレイムの残照】
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【番外編・第1弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞①~悪夢の海で瞑る翳・代償と贖罪の狭間で望まれる~
(https://ncode.syosetu.com/n5697ln/)
【番外編・第2弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞②~滞留するのは魔力の残滓~
(https://ncode.syosetu.com/n6684lr/)
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【第3弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】
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ノリト&ミコト




