第4話・説くは真理か洗脳か~摂理に抗う術もなく~
第4章 眩いからこそ深くなる
第4話・説くは真理か洗脳か~摂理に抗う術もなく~
ゾワリと、急に悪寒を感じたインスは、そっと周囲を伺う。
穏やかな日差しが射し込む病室内。
窓際のテーブルセットに並んで座っているインスとアイン。
それから、扉の傍で控えて様子を見守る部屋付きの看護要員の神官。
いつもと同じ平穏な主神殿の医務殿。
気のせいかとも思うが、何とも嫌な予感が胸の奥に重く凝る。
「インス様?」
急に会話を止めたインスを訝って、アインがこてりと首を傾げた。
「……ああ。すみません。ええと……ですから、自分が知らないところで勝手に利用されている間は仕方ないとしても、そのことを知ったのなら、どうするかをちゃんと決めて、対処しなければいけません」
シリウムとの協議を終えたインスが病室に戻って来たのは昼頃。
昼食と、処置、機能訓練を受けて、午後も半ばになったところで漸く少し時間が取れた。
そこで、今回の件を気に病んで落ち込んでいるアインに、こういった場合はどうするべきなのかを話している。
「……対処……?」
その言葉を繰り返したアインに頷く。
「そう。アイン君は、勝手に自分の力が利用されていて、どう思いましたか?」
「……どう……」
問われたアインは俯いて唇を噛む。
そっと、インスはアインの頬に手を当て、親指で唇に触れて力を緩めさせる。
「噛んだらダメですよ? ゾナール神官長に怒られます」
冗談めかして言うと、ちょっと目を丸くしたアインも小さく笑って頷いた。
「すごく、嫌な気持ちになりました……僕は、こんなこと、したくないのにって……」
それから、インスの質問に答えて自分の意見を口にする。
以前なら、こんなことは言えなかった。
そんな風に思うのもいけないことのように感じていて……
けれどここ数日。
インスと色々話しているうちに、思ってしまってもいいし、口にしても怒られないのだとうっすら理解し始めていた。
まだインス以外の者に対しては言えないけれども、それでもちゃんと自分の気持ちを、そのまま口にできるようになっただけでも大きな変化だ。
何の話をしているのかと言えば、インスの肩の怪我に残るアインの魔力の残滓について。
詳しいことは言えないけれども……と、前置きした上で、「アインの魔力を勝手に利用した者が居たのだ。」と伝えた。
だから、アイン自身の意図ではない。と言うことと、それをちゃんとわかっていることを伝え、その上で、どうしなければいけないのかを話そうとしている。
「アイン君が嫌だ。使われたくない。こんなことをされたくない。と思ったのなら、それを相手に伝えなければいけません。伝えなければ、それをアイン君自身が許したことになってしまいます」
「……僕が……?」
驚くアインに「そう。」と頷いてインスは話を続ける。
「知っているのに何もしないのは、好きにしていいと許可しているのと同じです。だからやめて欲しいならちゃんとそう伝えなければいけません。言葉で言っても分かって貰えないのなら、強制的にやめさせなければダメです。なぜなら、相手はそれを『悪いこと』でも『嫌なこと』でもないと思っているかもしれないからです」
「えっ!?」
思わぬことを言われて、アインは大きく目を見開く。
「立場や見方が変われば、同じものでも違って見えることは多くあるのですよ……」
そう告げたインスの眼差しに、一瞬だけ影が浮かぶ。
けれどそれを隠すように視線が動いて、テーブルの上に置いてあった本を見た。
インスがシリウムと話をしている間に、更に数冊、本を読み終えたアインがテーブルに置いていたのは、どれも神学をテーマにした、一般教養を教えるもの。
ラインナップを見て、送り主が誰なのかをインスもうっすらと悟る。
「暁の女王は、『正義』を謳ってはいません……」
インスが言うように、大陸の守護神である暁の女王・ディエルは、公正を司り、その秩序を守るために自ら戦場を駆ける戦女神ではあるが、正義の女神ではない。
なぜなら『正義』と言うのは簡単に入れ替わってしまうから。
誰かにとっては『正義』でも、他の誰かから見ればそれは『悪』である。というような事例はいくらでも存在している。
時代が変わり、場所が変わり、事情が変われば簡単に覆る。
それが正義と言うもので、そんな曖昧なものを神は尊ぶことがない。
だから『公正』。
定められた決めごとに即しているか。そこから逸脱していないか。
そちらが重要で、そこから外れている者を罰する。
もちろん神が定めた決めごとは、人の世の生活の中では当てはまらないこともある。
だから人は『法』を定め、そこから逸脱しないように努める。
女神は人がそれぞれに独自に『定め』を決めることを否定しない。
それが『神の定めたこと』から大きく逸脱していない限りは許容する。
けれど、あまりにも『神の定めた決めごと』から大きく逸脱している場合は、秩序を守るためにそれらを罰する。
神話の時代。
人間の女呪師が己の欲望のままに力を求め、振るい、魔族と化し、かつその頂点に立った。
神話に『赤毛の魔女』と記されたその女呪師は、魔法の力を悪用し、多くのものを苦しめ、悲しませ、不幸にし、それらを愉しみ、心を、命を踏みにじった。
それは流石に『神の定めた決めごと』からは大きく逸脱した行為で、だから女神と魔女は相争い、人々もその戦いに身を投じ、最終的には勝利した。とされている。
そうは言っても赤毛の魔女が消滅したわけではなく。
魔族も魔物もいまだに多く存在し。
現にこの国でも五年前とつい一か月半ほど前……そろそろ二か月に近くなったか……魔族によって起こされた惨劇があった。
だからおそらく、正しく言うのならば、女神と魔女の戦いは『一応』の決着を見せ、魔女や魔族は暗躍するようにはなったが、女神や神族が直接的に裁くほどの動きはしていない。
と言ったところか……
だから、この大陸では赤い髪色は『魔女の申し子』として忌み嫌われ、魔法を使える存在である呪師は、同じことを『繰り返さないように』と監視され、管理されている。
魔法の使用を全面的に禁止にできないのは、その『魔法の力』そのものはこの世界に生きる存在に必要な力であるため。
魔法でしか対処のできない存在。
魔法でしか解決できない問題。
魔法でしか治すことのできない怪我や病気。
あげればキリがない。
そもそも、魔力自体はすべての存在が持っている。
世界そのものにも魔力が存在し、なければ成立しない。
だからその『魔力を使う術』である『魔法』がなくなることはないし、なくしてもいけない。
もし、それらがなくなってしまっていたら、今回のような事態が起きた時に対処するすべもなくなってしまうから。
「……ですから、アイン君自身の気持ちや、考えを伝えて、どうしても分かって貰えなければ、自分の『正義』を貫くしかないのです」
「……自分の……正義……?」
言われた言葉が理解できない。とばかりに目を瞬かせるアインの様子に、インスは困ったように微笑む。
(……本当に、この子は……)
あまりにも純粋すぎる。
(……危ういほどに……)
心の中だけで呟いて、一番下になっていた一冊を抜き出した。
第4章第4話をお読みいただきありがとうございます。
今回は病室での穏やかなひととき……と思いきや、インスからアインへ向けた「正義」や「心のあり方」についての深いお話でした。
自分の気持ちを少しずつ言葉にできるようになったアインの変化が嬉しい反面、そのあまりの純粋さに、インスならずとも少し危うさを感じてしまいますね。
純粋すぎるアインが、インスの説く「自分だけの正義」をどう受け止めていくのか?
次回もお楽しみに!
【第1部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第1部・レッド・フレイムの呪い】
(https://ncode.syosetu.com/n1170lj/)
【第2部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第2部・レッド・フレイムの残照】
(https://ncode.syosetu.com/n5488lq/)
【番外編・第1弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞①~悪夢の海で瞑る翳・代償と贖罪の狭間で望まれる~
(https://ncode.syosetu.com/n5697ln/)
【番外編・第2弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞②~滞留するのは魔力の残滓~
(https://ncode.syosetu.com/n6684lr/)
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【第3弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】
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ノリト&ミコト




