第3話・深淵呑む暗闇《やみ》の渦底《そこ》~砕けた過去《ひかり》は戻らない~
第3章 因果に舞いて堕つるのは
第3話・深淵呑む暗闇の渦底~砕けた過去は戻らない~
一日が過ぎるのはあっという間で、夕方の診察に来たシリウムは、日中のアインの様子を別室でインスからも聞いた後、早々に休めと言って病室を出た。
(……これは、もしかして……)
夕食の後、少しゆっくりとお喋りをしていたのだが、ずいぶん早くに眠気に襲われたインスは、ちらりと部屋付きの看護要員の神官を見る。
入り口脇に控えて様子を見守っていたその神官が、ほんの少し、申し訳なさそうに頷いたのを見て確信した。
食事か、処方された薬にか、それとも他の何かに混ぜたのか……一服盛られている。
「……インス様? 今日はもう寝ましょう?」
「……そうですね……いつもより、のんびり過ごせたおかげか、ゆっくり眠れそうです……」
様子に、アインも気づいたのだろう、心配そうに眉を下げて言うのに苦笑を返して、二人は早々にベッドに入った。
おそらく……
(私が先に寝た後で、アイン君がちゃんと寝られるのかを知りたいのでしょうけれど……)
せめて先に一言断って欲しかったと、内心で文句をつけながらも、抗いがたい眠気に流されて意識が途絶える。
「……インス様、ご無理、なさってたのかな……」
その様子を横に並んで寝るアインがじっと、黙って見守っていて……寝息が聞こえてきたところでポツリと呟く。
やっぱり……と言う言葉だけは、唇から零れることはなく、喉の奥で止まったけれど。
眠っているインスは顔色が悪くて、目の下に薄くクマがある。
(……僕、甘えてるだけだ……)
ひどく疲れている様子なのに、いつも優しくしてくれて、支えてくれる。
(……これ以上。甘えてちゃ、ダメだ……)
感謝。なんて言葉では足らないくらいに感謝しているけれど、その結果、インスが無理を重ねている事にも、もう気づいてしまったから。
「……ごめんなさい……。ありがとう……」
音にならない、微かな吐息で囁いて、アインも目を閉じる。
様子を、黙って見守る看護要員の神官は……
二人分の寝息が聞こえてきたところで、深夜担当の神官呪師と交代し、報告のため神官長室へと赴いた。
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想定の範囲内。と言えばよいのか、それとも思わぬ結果と言うべきなのか……
深夜。
深く寝入っていたはずの『インス』がうなされ始めた。
一瞬目を丸くした深夜担当の看護要員……ちなみに日中は呪師ではない神官が、深夜から早朝にかけてと、治療の際は魔法を使える呪師である神官が担当している事が多い……である神官呪師は、そっと部屋の外に控える補助要員に声をかけ、緊急対応の準備だけはさせておく。
いつもなら、悪夢にうなされるのはアインが先。
そのアインの悪夢を払うようにインスが抱きしめ、宥めて……落ち着いて眠るようになった後、今度はインスもうなされている時があった。
まるで、アインの見ていた悪夢をインスが全部引き取っているかのような現象だが、何らかの魔法が使われている形跡は一切ない。
感じ取れる魔力にも何ら異変は無くて、この現象が何を意味しているのかが、医務殿内で目下のところ最大の謎となっていた。
「……ぅ……ん……?」
様子を黙って見守っていると、隣で寝ていたはずのアインが気付いたようで、小さく呻いて少しだけ、身体を起こす。
「……インス様……?」
驚いて、掠れて、呆然としたような声が零れ、じっとインスを見つめる。
「……アイン君……」
「……っ!?」
そっと歩み寄り、小声で呼びかけると、びくりと肩を震わせたアインが振り返った。
「……ぁ……インス様が……」
ひどく頼りなげな顔をして、震える声が縋るように訴える。
傷に響かないようにそっとアインの肩を押さえ、無言で頷く。
分かっていると、言外に告げ、一緒にインスを見た。
ひどくうなされ、苦しげに息を乱れさせたインスは汗をかいていて、けれども起きる様子はない。
その理由はシリウムがインスに飲ませた薬のせいなのだが、それを知らないアインは動揺して手を伸ばす。
ベッドに力なく投げ出されたインスの手を震える手できゅっと掴んだ。
「……ァ…ィン……く……」
「……ぇ……?」
目覚める様子もないままアインの手を握り返したインスの唇から、自分の名前が聞こえて動揺する。
夢の中に、自分がいるのだろうか?
それから、数度、インスの唇からはアインを呼ぶ声が漏れて、その色が悲痛を帯びていく。
それが分かって、愕然となる。
もしかして、夢の中で、自分はインスにとんでもない心配をさせているのだろうか?
こんな……
(……魂が、引き裂かれるみたいな……)
哀しい、痛々しい声で、呼ばれるなんて……
ひくりと、息を詰まらせたアインを見て、神官呪師が軽くアインの体を引く。
動かされて、ハッとしたアインは必死に息を整える。
一度、ぎゅっと目を瞑り、浮かびかかった涙を堪えた。
「……インス様……」
それから、動揺を抑えて呼び掛ける。
「……僕は、大丈夫です……ここに、無事でいます……」
だから……
「もう、心配しなくて、大丈夫です……」
泣きそうになりながらも、泣かない。
だって泣いたら、心配させてしまうから。
「大丈夫。僕は……ちゃんと……頑張れるから……」
心配しないで。大丈夫。ちゃんとできるから。頑張れるから……
「……だから、どうか……」
様子を見守る神官呪師が、アインが動こうとするのを察して肩に添えていた手を離す。
アインはインスの左手に少しだけ、甘えるように頬を寄せる。
「独りにしないで……傍に、居て……っ!?」
囁いた、その瞬間に頭の中で何かが砕ける。
「……ぅ……っ。ぁ……っ!!」
突然酷い頭痛に襲われて、思わず悲鳴を漏らす。
「っ!? アイン君……!?」
声を押さえて、けれども強く呼んだ神官呪師に応えることもできないまま、頭を抱えて突っ伏した。
「……っ!」
すぐさま神官呪師が容体を確認する。
上向きに体勢を変え、細々確認していくが、気を失っているだけで異常はない。
ホッと息を吐くが、背筋に走った悪寒が消えない。
(……話には聞いていたけれど……)
まさか。という思いがぬぐえない。
今の現象は、実はアインが保護された当初に多く見られていた。
何かを口に出して、あるいは考え込んで。
直後に頭を抱えて悲鳴を上げ、意識を失う。
初めは何が原因で起こっているのか分からなかったが、何度も繰り返すうちにその『法則性』とでもいうべきものが判明してきた。
今回、アインの担当になったため、話を聞かされた神官たちはみな、まさかと思ったものだが……
実際に目の前で見れば納得せざるを得ない。
アインは、記憶がない状態で保護された。
けれどおそらく、本当に最初の最初は、多少なりとも覚えていることもあったはずなのだ。
しかし、その『覚えていること』を『思い出そう』とすると、記憶の欠片が砕けて消えてしまう。
思い出しかかった『何か』が何だったのか、全く分からなくなって、それを『思い出そう』としてまた失って……記憶の欠片が砕けるたびに酷い頭痛に襲われるようで、悲鳴を上げて気を失う。
何度か繰り返した結果、前後のやり取りからそうとしか結論付けることができなくて、以降、アインに『思い出す』ことをやめさせた。
もちろん、これにも何らかの魔法的なものが絡んでいるのでは? という疑いはあったが……
まだほんの五歳ほどの小さな子供が、何度も何度も、悲鳴を上げて気を失ってしまうのを強要することなどできるはずもなく、本人に負担をかけない範囲での調査では何もわからないまま。
だが、だからこそ、アインの記憶喪失は偶発的なものではない。との見方が強い。
(……本当に……)
気を失ってしまったアインと、いまだ悪夢にうなされるインスを並べて寝かせ、そっと息を吐く。
(……心臓に悪い……)
今夜、この状況を画策した上司に対してちょっとばかりの恨み言を思い浮かべても誰も責めないだろう。
そう思いながらも、神官呪師は部屋の外に控える補助要員に報告を伝えた。
第3章第3話をお読みいただきありがとうございます。
いつも自分を気遣ってくれるインスが無理をしていることに気づき、もう甘えてはいられないと決意するアイン。
しかし、うなされるインスを前に、隠していた本音が溢れ出してしまいます。
互いを想い合うがゆえの身代わりのような現象、そしてアインを襲った突然の異変。
そんな二人の献身的なまでの関係性が、今後どのような因果を招くのか……?
次回もお楽しみに!
【第1部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第1部・レッド・フレイムの呪い】
(https://ncode.syosetu.com/n1170lj/)
【第2部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第2部・レッド・フレイムの残照】
(https://ncode.syosetu.com/n5488lq/)
【番外編・第1弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞①~悪夢の海で瞑る翳・代償と贖罪の狭間で望まれる~
(https://ncode.syosetu.com/n5697ln/)
【番外編・第2弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞②~滞留するのは魔力の残滓~
(https://ncode.syosetu.com/n6684lr/)
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続きは明日12時から、毎日昼と夜、1日2話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!
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活動報告にて、キャラクター紹介や用語の解説などを不定期で掲載しております。ぜひチェックしてみてください!
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また次回もどうぞよろしくお願いいたします!
【第3弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】
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ノリト&ミコト




