第2話・乖離するのは世界か己か~根源からの消えない刻印《いたみ》~
第3章 因果に舞いて堕つるのは
第2話・乖離するのは世界か己か~根源からの消えない刻印~
(……どうしよう……それでなくても遅れているのに……)
インスが行う最初の授業の結果によってはカリキュラムの調整が行われると聞いて、アインは顔を強張らせる。
実を言えば、アイン自身の認識は、「他の者よりとんでもなく遅れている。」だ。
だから『個別で授業』を受けなければ『追いつけない』と思っていて、実際にはその真逆であると分かっていない。
「ええ。これまでと同じようにできるのか。できないのか。まずはそこを確かめて、場合によっては学習内容の範囲や進捗時間を変更しなければいけなくなります。でも……」
アインの内心の不安自体には気づきつつ、どこに不安を覚えているのかまでは正確に把握できるはずもなく……頷いたインスは、どのように調整を行うのかを話していく。
「心配はいりませんよ。もし、これまでと同じように進めることが難しかったとしても、できる範囲で学んでけばいいのですから」
「……はい……」
にこりと笑いかけられて、アインも一応、頷く。
その表情から不安が消えていないことに気付きつつも、それもまた仕方がないことだな。と考えて、インスはそこには触れようとしない。
「これまで通り。」を望まれていることをアインが知っているから、それができるのかが不安なのだろうと思う。
自分だって、同じ状況なら不安に思うのはわかりきっている。
かといって、まだ入院中で、しかも見習いでしかないアインは自分の意思で勝手に魔法を使うことは禁止されている。
それは当然、『見習い』という、技術も知識も一人前とはみなされていない者が、勝手な判断で魔法を使った結果、失敗して思いがけない被害を出してしまったり、場合によっては暴走させてしまう危険を防ぐため。
正直に言えば、アインは既に一人前の呪師に引けを取らない実力を持っている。
その上で、指導役や監視役の目を盗んで勝手に魔法を使おうとは考えないだけの知性もある。
更に言えば、必要と判断すれば……たとえ後で罰されると分かっていても……最善と思える行動をとれることもすでに証明していた。
けれど、それらはすべて怪我をする前のこと。
怪我の原因となった事件で負った心の傷が、どれだけ影響を与えているかわからないので、それを確かめてからしかカリキュラムの調整ができない。
調整するカリキュラムの内容というのも、アインが思っている「物凄く遅れている、落第生のためにわざわざ行って貰っている。」などということはなく、「優秀過ぎるが幼すぎるアインに対し、どこまでを習得させ、どこまで使ってよいと許可するか。」を決めると言うもの。
指導を担当している者たちは、まさかアインが自分を『落第生』だと思い込んでいるなんて考えもしないし、アインの方は自分が『育てがいのある優秀で素直ないい子』だと思われているなど気づいてもいない。
この、認識のずれが、実は各所で衝突なども生んでいるのだが、その全容を把握できている者はいなかった。
だから、インスが言った「心配ない。」はアインにとっては「まだ許しては貰えているが、その寛容がいつまで続くかわからない。」という不安になっていて、インスが伝えたい「既に進み過ぎているのだから慌てなくても問題はない。」という真意に気付けない。
アインは……『自分』が分からない。
何処から来たのか。
どこで生まれたのか。
なぜ、エスパルダ聖皇国の皇都に居たのか。
何一つ覚えていない。
アインが居たのは、違法で人身売買をしていた裏家業の者たちの下。
そこで『商品』として鎖で繋がれていたのだと、後から教えられた。
けれどその時は、本当に何もわからないまま、体中がすごく痛くて、重くて、苦しくて……怖い人たちが何か大きな声で怒鳴っていて、すぐに殴られたり、蹴られたりして、怖くて、怖くて……だから逃げ出して……そこで助けてもらった。
ただ、助けられたのだということも分かっていなくて、連れていかれた先で白い格好の人に何か言われて……あまりの恐怖に知らず、魔力を暴発させた。
何を言っているのか分からなかったのは、言葉を知らなかったから。
魔力を暴発させて、保護された先だった神殿孤児院の医務室を破壊してしまい、疲れて気を失ったアインが、動くこともできなくなったことで少しずつ、落ち着きを取り戻していった。
ここの人たちは嫌なことをしないと理解して、それから『言葉』を理解して、怪我の治療や食事などの療養生活を経て、神殿側の学生呪師寮に連れていかれた。
今後、どういう生活をしていくのかを教えて貰って、それからは毎日、本当に毎日、色々なことを教えて貰えて……少しずつ、分かることも増えてきた。
でも、アインは『自分』が分からないままだ。
どうして、違法で人身売買をしている者のところに居たのかも。
もしかしたら……と、思う理由が、ないわけではないけれど……けれど、もし本当にそうなのだとしたらと考えると、心臓が凍るくらいに怖くなる。
だから、人に迷惑をかけないように気を付けていて……全然、うまくいかないけれど……でも、「居てもいい。」と許して貰えるようにと、必死になって過ごしてきた。
なのに、今度は「居てもいい。」と許して貰えている『理由』であることさえ、上手くできなくなったら……そう考えると、ゾッとする。
それが、それこそがアインの不安の根源で恐怖。
だって、アインは知っている。
自分の、この『アイン』という名前が神さまから『居ない者』として下された占いの結果の呼び名であると。
それはまるで……この世界のどこにも、居てはいけないのだと、神さまからも言われているようで……
(……こわい……)
どうして、自分は産まれてきたのだろう?
何処にも居場所がないのなら、どこにも居てはいけないのなら……どうして?
「? アイン君?」
「……………ぁ」
目を丸くしたインスが、驚いて手を伸ばす。
知らず、零れた涙が、ひとしずく。頬を伝うのを指先で拭われて震えた吐息が唇から漏れた。
「……大丈夫ですよ」
「……インス、さま……」
ふわりと片手で抱きしめられて、そのぬくもりに触れて、アインは思わず目を閉じる。
そうっと、自分からも頭を摺り寄せて……でも、インスの怪我に響かないように気を付けて……何も言えなくても、いつもやさしいこのヒトに……心配をかけないようになりたいと、強く思う。
「……はい……がんばり、ます……」
「……はい。無理はしないで、頑張ってください」
決意と共に零した言葉を、そのまま受け止めてくれるから……
(……どうか、神さま……)
できる事なんてたかが知れているけれど、でも……祈る事ならできるから。
『自分』のすべてと引き換えて、それで願いが叶うなら……
この存在を捧げよう。
そのくらいしか、できることはないけれど……それでもせめて……と、祈りを捧げる。
(インスさまを、お守りください……)
ただそれだけを、希う。
第3章第2話をお読みいただきありがとうございます。
アインとインス、お互いを思いやっているはずなのに、前提となる認識がずれているせいで少し切ないことになっていますね。周囲がアインをどう評価しているか、本人が気づく日は来るのでしょうか……?
占いの結果としての「居ない者」。その刻印を背負いながら、それでも「居てもいい」と許されるために必死に縋るアイン。
インスの優しさに救われる一方で、アインの決意がどこか「自己犠牲」の危うさを孕んでいるのが気になるところです。
自分の存在を代償にしてでも「守りたい」と願える相手に出会えたことは、彼にとって救いなのか、それとも……?
次回もお楽しみに!
【第1部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第1部・レッド・フレイムの呪い】
(https://ncode.syosetu.com/n1170lj/)
【第2部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第2部・レッド・フレイムの残照】
(https://ncode.syosetu.com/n5488lq/)
【番外編・第1弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞①~悪夢の海で瞑る翳・代償と贖罪の狭間で望まれる~
(https://ncode.syosetu.com/n5697ln/)
【番外編・第2弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞②~滞留するのは魔力の残滓~
(https://ncode.syosetu.com/n6684lr/)
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【第3弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
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ノリト&ミコト




