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愛と痛みの狭間で

作者: 神谷嶺心

この年末から今にかけて、私は「愛」というテーマについて考え続けている。

読んでいるあなたに問いたい――「あなたにとって、誰かを愛するとは何を意味するのか?」


私は今、その問いに深い葛藤を抱えている。

人生で恋愛関係は多くなかった。むしろ「量より質」を選んできた。


数年前、私は一つの愛を手放した。

「その人をそのまま愛する」という意味が分からなくなったからだ。

それ以来、私は自己理解の旅に出た。

誰かを再び愛する前に、自分自身を知りたいと思ったからだ。


その探求の中で、私は多様な「愛の形」に驚かされた。

特に心に残るのは、十年来続く「純粋な友情」だ。

私たちは互いに「愛している」と言い合う。

限界を認め、ただそのままを受け入れる関係。


時には数か月連絡を取らないこともある。

それでも「おはよう」という一言で、すべてが温かく戻る。


この十年近く、私は恋愛を避けてきた。

何度か挑戦したが、ほとんど最初からうまくいかなかった。

「問題は私にあるのかもしれない」――そう思う。


振り返ると、それは変化でも始まりでもなく、常に私の選択だった。

「自分を愛することが最優先」。

それは自己中心的かもしれない。

だが、育った環境が私をそう形作った。


「誰にも頼るな。誰も助けてはくれない。誰も信じるな。」

家で学んだ教訓は、人生の中で確かに裏付けられた。


思春期からずっと、その教訓は「愛」に影を落としてきた。

私は殻を作り、信じたい気持ちを自ら壊す。

どれほど身を捧げても、隙間が生まれると自分を妨げてしまう。


なぜ「誰かを愛すること」がこんなにも難しいのか。

欲望も感情も人間的だ。

だが、そこに忘却や拒絶が入り込む。


私は「治らないロマンチスト」だ。

愛したいのに、自分を妨げる。

愛すれば全力で、そして失えばさらに深く傷つく。


それでも私は諦めない。

苦しみと共に愛を信じ続ける。


私は「不可能な愛」に惹かれる。

痛みを伴うからこそ、愛した証になる。


このエッセイは、数か月続いた最後の恋愛について書いている。

それは「不可能な愛」ではなかった。

だが、最後には「忘れられること」が残った。


どれほど望んでも、相手が「愛されたい」と思わなければ、愛は成立しない。


だから私は捧げる。

愛の形は無数にある。

抱擁、口づけ、触れ合い、メッセージ――どんな形でも。


いつか必ず痛みが訪れる。

それでも、その痛みを味わう価値がある。

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