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愛と痛みの狭間で

作者: 神谷嶺心
掲載日:2026/01/07

この年末から今にかけて、私は「愛」というテーマについて考え続けている。

読んでいるあなたに問いたい――「あなたにとって、誰かを愛するとは何を意味するのか?」


私は今、その問いに深い葛藤を抱えている。

人生で恋愛関係は多くなかった。むしろ「量より質」を選んできた。


数年前、私は一つの愛を手放した。

「その人をそのまま愛する」という意味が分からなくなったからだ。

それ以来、私は自己理解の旅に出た。

誰かを再び愛する前に、自分自身を知りたいと思ったからだ。


その探求の中で、私は多様な「愛の形」に驚かされた。

特に心に残るのは、十年来続く「純粋な友情」だ。

私たちは互いに「愛している」と言い合う。

限界を認め、ただそのままを受け入れる関係。


時には数か月連絡を取らないこともある。

それでも「おはよう」という一言で、すべてが温かく戻る。


この十年近く、私は恋愛を避けてきた。

何度か挑戦したが、ほとんど最初からうまくいかなかった。

「問題は私にあるのかもしれない」――そう思う。


振り返ると、それは変化でも始まりでもなく、常に私の選択だった。

「自分を愛することが最優先」。

それは自己中心的かもしれない。

だが、育った環境が私をそう形作った。


「誰にも頼るな。誰も助けてはくれない。誰も信じるな。」

家で学んだ教訓は、人生の中で確かに裏付けられた。


思春期からずっと、その教訓は「愛」に影を落としてきた。

私は殻を作り、信じたい気持ちを自ら壊す。

どれほど身を捧げても、隙間が生まれると自分を妨げてしまう。


なぜ「誰かを愛すること」がこんなにも難しいのか。

欲望も感情も人間的だ。

だが、そこに忘却や拒絶が入り込む。


私は「治らないロマンチスト」だ。

愛したいのに、自分を妨げる。

愛すれば全力で、そして失えばさらに深く傷つく。


それでも私は諦めない。

苦しみと共に愛を信じ続ける。


私は「不可能な愛」に惹かれる。

痛みを伴うからこそ、愛した証になる。


このエッセイは、数か月続いた最後の恋愛について書いている。

それは「不可能な愛」ではなかった。

だが、最後には「忘れられること」が残った。


どれほど望んでも、相手が「愛されたい」と思わなければ、愛は成立しない。


だから私は捧げる。

愛の形は無数にある。

抱擁、口づけ、触れ合い、メッセージ――どんな形でも。


いつか必ず痛みが訪れる。

それでも、その痛みを味わう価値がある。

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