表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/3

転生前夜 永眠


 ははっ。ようやく自分の体質を理解して、これから頑張ろうって思った矢先だったのに。


 理由もよく分からず、突然死んでしまうなんて、ついてないな、俺。


 でも……まぁいいか。これでもう、飽きることなく、ゆっくり眠れる。


 永く眠ると書いて()()とは、まったくよく言ったもんだぜ……。


 ___こうして、俺、穴熊凛太朗(あなぐまりんたろう)の人生は、ひっそりと幕を閉じた。


 ……はずだった。





◆◇◆◇◆




 俺は、穴熊凛太朗。二十六歳。独身。


 都内にある家具・インテリア用品を扱う小売店の店舗で働く、普通の……、いや、少し困った会社員だ。



 ___俺の朝は遅い。


「家から近いから」

 そんな適当な理由で大学時代に始めた家具屋でのアルバイト。これが意外と性に合って、大学卒業後も正社員として就職した。


 会社までは、歩いて十分もかからない。

 しかも、会社は九時始業と遅め。


 つまり、朝の支度を手早く済ませば、八時半までは寝ていられるということだ。


 これが、たいして給料が高いわけではないこの会社に、就職を決めた理由だった。

 


 元々アルバイトしていたこともあり、入社して三年も経つと、仕事は慣れたものだ。

 ただひとつの悩みを除いては……。

 


「遅刻だ! 走れ穴熊!」

 

 また今日も、朝の街をダッシュする羽目になった。

 別に夜更かししているわけじゃない。

 遅くとも、夜の十時には寝ているんだ。

 なのに、携帯のアラームを何個セットしても起きられない。そんな自分に自己嫌悪。


 こんな日々を繰り返し、ついに今日。




「お前、明日から来なくていいよ」

「え……?」


 とても冗談とは思えない、真剣なトーンに、血の気が引くのが分かった。冷や汗が首筋を伝っていく。


「はぁ。そういうところだよ。もう昼なのに、まだ寝ぼけてんじゃないのか? お前分かってる? 今日で今月の遅刻、十回目だぞ」


「……すみません」

 俯いた視線の先で、地面がふわりと揺れた気がした。


「もういい。遅刻するような責任感の無いやつに任せる仕事なんて、うちにはない。お前はクビだ」

「……はい」




 こうして俺、穴熊凛太朗は、二十六歳にして無職となった。


「はぁ。なんでこうなっちゃうんだろうな」


 思い返せば、小さな頃からこうだった。

 義務教育時代から、遅刻常習犯。

 周りの友達と比べて、夜寝るのが遅いとかでは無かったと思う。

 むしろ、周りのみんなは、俺がとっくに寝ている時間に始まるアニメの話で盛り上がっていたし。


 なのに俺だけ遅刻して、「ぐーたら穴熊」なんてあだ名で呼ばれるんだ。

  

 幸い、大学教授の父と大手企業一般職の母のもとで育った俺は、地頭だけは悪く無かったらしく、成績は上位。


 だけど、三者面談ではいつもこう言われた。

「穴熊くん、成績は良いのですが、学習態度がちょっと……」

 その度に両親から大目玉をくらっていたっけ。


 大学に入ってからは、多少マシだった。

 一限目の授業は、必修科目以外は避ければいい。

 サークルには入らなかったし、友達との宅飲みにも行かないから、夜は早く寝られた。

 ……おかげで、友達は少なかったけど。


 そして就職。

 通勤時間が短くて、始業時間が遅くて、休憩時間には自社製品で揃えられた休憩室のベッドで寝ることができる。今の会社は、俺にとって最高の職場だと思っていたんだけどなぁ……。



 実家には頼れない。

 父も母も、世間体を重んじるタイプだ。遅刻で解雇になった俺なんて、きっと見たくもないだろう。


 現代社会において、遅刻癖は()()()()()だ。

 実際、何も知らない人からしたら、そうなのだろう。


 でも。

「俺だって、真面目にやってきたんだよ…!」


 中学の頃だって、みんなが見ているアニメも見るの我慢して「なんだよ、見てないのかよ」って言われても、遅刻しないよう早寝してた。


 大学では、遊びもサークルも断って、単位だけはちゃんと取った。でも、そうしている間に、友達はだんだん少なくなって、単位を取り終えて時間に余裕が出来た頃には、もう誘ってくれる友達は居なくなっていた。


 暇を持て余して始めた家具屋でのバイトは、俺が唯一、普通に過ごせた場所だった。

 時給は安かったけど、自分には合っていたと思う。

 でもその会社も……もう失ってしまった。



「俺、これからもこうなのかな……」



 俺は答えを求めて、人生で初めて睡眠外来を受診した。そして初めて知った。


 __俺は、ロングスリーパーだった。


 一日十時間以上の睡眠を必要な者を、このように呼ぶらしい。よく聞く過眠症と異なるのは、適切に睡眠をとることができれば、日中の眠気を感じない点にあるという。なるほど。確かに思い当たる節はあった。


 ネットや書籍でロングスリーパーについて調べたところ、意外と多くの情報が見つかり、驚いた。俺の周囲に居なかっただけで、意外と同じ特性を持った人間は多いらしい。


 急に味方が増えたような気がして、無職になったばかりで時間を持て余していたこともあり、毎日図書館に通い、書籍を読み漁った。


 そして、ひとつの結論に至った。今の俺に必要なのは、睡眠環境の整備である、と。


 書籍には、ロングスリーパー向けの対策のひとつとして、寝具に拘ることが挙げられていた。


 言われてみれば、会社員時代の昼休み、自社家具が整備された休憩室で仮眠を取っていた頃は、短い睡眠時間でもしっかり疲れが取れていたことを思い出す。

 だが、俺が家で使っている寝具は、たった千円の安物の枕に、実家から持ってきた薄いせんべい布団。


「医者の不養生とはこのことだな」

 口に出すと、笑う元気が出てきた。

 


 幸い、数か月生きていける分の貯金はある。

 短期バイトでもしながらお金を貯めて、睡眠環境を整えて、人生を立て直そう。

 寝具の総入れ替えの決行だ!

 


「お、これいいじゃん」

 お金を稼ぐ手段として、真っ先に目についたのは、治験バイト。

 入院が必要なものだと、日給は軽く一万円を超える。朝が早いわけでもなく、これなら俺でも問題なくこなせるだろう。

 治験バイトにおける二十代の需要はそれほど高くないが、それでも手当たり次第応募して、バイト代を荒稼ぎした。

 

 そんなこんなで、稼いだ十万円。

 生活費は会社員時代の貯金を取り崩すとして、これは早速寝具代に充ててしまおう。


「よし、まずは枕からかな。一口に枕といっても、布も中の素材も種類は豊富だし、高さや柔らかさ、それに大きさだって、選択肢がある。これは選ぶのに時間がかかるぞ~」


 人生に、ようやく光が見えた気がした。



 そんな時だった。



 __あれ? なんだ、これ。

 目が、回る。

 気持ち、わる……い。


 視界がぐるりと反転し、天井がすうっと遠ざかっていく。まるで、自分だけが地面に沈んでいくような、そんな感覚だった。


 そして悟った。あ、俺、死ぬんだなと。


 悔しかった。ようやく自分の体質を理解して、これから頑張ろうって思った矢先だったのに、と。


 でも、同時に少し、安心したんだ。


(でも……まぁいいか。これでもう、飽きることなく、()()()()()()()




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ