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【第三話】不便すぎる日常と起きないテンプレ

異世界に来て、一週間が過ぎた。

最初は「俺チートTUEEE! ハーレム作って無双だぜ!」なんて浮かれていた。

だが、現実は甘くなかった。むしろ、地獄に近い。だってそれ以前の問題なんだから。


まず衣類。

下着の概念が薄いこの世界で、与えられたのは麻や羊毛の粗い布。チクチクと肌を刺し、汗を吸えばべったりと張り付く。

替えもほとんどなく、何日も同じ服を着続けるのが普通らしい。

洗濯は川や井戸水での手洗いだ。石鹸もない。灰汁やハーブなんかをつかう。石や木の板の上に布を置いて棒で叩く。

「Tシャツとジーンズが恋しい……」と何度も呟いた。あの軽さと清潔感は、もはや幻のようだ。


食事も酷い。

食堂に並ぶのは大鍋で煮込んだ野菜と肉、黒パン、塩漬けの保存食。見た目は豪勢でも、一口食べれば絶望する。

調味料の種類が乏しく、醤油も味噌も出汁はもちろん存在しない。旨味という概念自体がない。

香辛料は一応あるらしいが、王侯貴族の贅沢品で庶民の口には入らない。

塩・ハーブ・時に酢。旨味の概念はなく、素材の味が直球で出る単調な味。

保存食は塩漬けや燻製で、しょっぱくて重たく、すぐに飽きが来る。

「日本のラーメン一杯あれば泣くほど感謝するわ……」心の底からそう思った。


衛生面はさらに絶望的だった。

トイレは汲み取りか野外。水洗式なんて当然存在しない。

手を洗う習慣も薄く、マジで終わってると思う。速攻で病気になるわ。


医学知識はほぼほぼ未発達で、感染症が広がるのも当然。

魔法なんかでケガや病気を治療みたいなことはできるらしいが、

ゲームみたいにクリーン(笑)なんてご都合主義魔法なんてものは無い。

風呂は湯を運ぶ必要があり、労力がかかるため頻度は少ない。

桶にお湯を運び込んで身体を拭くだけ。

「アルコールスプレー一本持ってきたら神扱いされるだろこれ」冗談でもなく本気でそう思った。


そして夜。

明かりは蝋燭か油ランプか暖炉の火。光は弱く、夜は基本的に活動が制限される。

蝋燭は高価で庶民には手が出せず、油ランプの煤は空気を汚す。

部屋の隅はいつも暗闇に沈み、火が消えれば本当に何も見えなくなる。

(ライト一つで世界をとれる……)思わずそう考えてしまう。


――衣類、食、衛生、明かり。

上げだしたらきりがないほど、この世界は不便で、不快で、苛立ちを募らせるばかりだった。


「……帰りてぇ」


心の底からそう思った。手を付けなければならないことが多すぎて、わくわくする気持ちよりとてつもなく面倒くさい。

水道の蛇口、電気の明かり、醤油の香ばしさ、味噌汁のあの優しい味。

日本での“当たり前”を思い出すたび、もう二度と手に入らないかもしれないと考えると胸が締め付けられる。


けれど、帰れない以上、絶望しているだけでは何も変わらない。

ならば――。


「何か行動を起こさないと」


醤油も、味噌も、出汁も。

清潔な衣類も、快適な風呂も、夜を照らす明かりも。

知識なら俺が持っている。

日本で当たり前だった「便利」を、この世界に持ち込めばいい。


絶望は、やがて闘志に変わっていく。

俺は拳を握りしめ、薄暗い部屋で小さく呟いた。


「快適な生活の為に俺が全て便利にしてやる」


「……でも、何から始めればいいんだ」


頭の中には完成品のイメージがある。

その“完成形”は、確かに覚えている。理屈もある程度はわかる。


……けれど、いざやろうとすると、どこから手をつければいいのか見当がつかない。

石鹸? 油と灰でできるはずだ。でもどんな油を使えばいい? どんな手順で?

出汁? 魚で代用できるはずだ。でも、この世界に昆布はあるのか?

考えれば考えるほど、最初の一歩が遠のいていく。


「思い出せ、ラノベやアニメではどうしてた?」

自分に問いかけてみる。だが、あいつらは最初から器用に何でもこなしていた。

俺みたいに「やり方が分からない」と頭を抱えてるシーンなんてなかった。


(完成系は知ってる。でもゼロから始める方法なんて、俺は知らないんだ……)


歯噛みする。俺は「知識を持っている」だけだ。

便利すぎる世界にいたせいで、それに至る過程を実際にやる必要なかった。

空想の中ではサクッと終わることでも、現実にやってみると途端に立ち止まる。


……というか待てよ?

普通、こういう異世界ものって――勝手にイベントが起きるんじゃないのか?


飢饉とか、疫病とか、魔物の襲来とか。

領主や村人が困ってて、そこで俺の知識が光る!

「すごい!救世主だ!」って称えられて、信頼度が爆上がりして……。

で、また次の問題が勝手に転がってきて、それを解決して……。


俺が知ってるテンプレは、みんなそんな流れだったはずだ。


「……なのに、何で何のイベントも起きないんだ」


薄暗い部屋で天井をにらみながら、思わず声に出してしまった。

待てど暮らせど、誰も助けを求めに来ない。

現実は、ただ不便で、ただ面倒くさいだけの日常が続くだけ。


「……仕方ねぇ、辺境伯に相談して問題を聞き出すか」


俺は寝台から身を起こし、深呼吸した。

いつまで待ってても、飢饉も疫病も魔物襲来も勝手に起きてはくれない。

この世界は、ラノベのテンプレみたいに都合よくイベントを用意してくれないらしい。

だったら自分から探しに行くしかない。


辺境伯は俺を「相談役」として迎えてくれた。

つまり「知識を活かして欲しい」と思っているはずだ。

ならばまずは聞くことからだ。――この領地にはどんな問題があるのか。

食糧なのか、病気なのか、軍事なのか、それとも別の何かか。


俺が頭を抱えて空想してるより、現場を預かる領主に訊いた方が早い。


方針が決まると急に気持ちが軽くなった。

やっと一歩を踏み出せる気がする。

俺は侍女に声をかけ、辺境伯との面会を求めた。

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