犬を抱えた少女
初の連載挑戦です
よろしくお願いします
春はあけぼの?
いつ習ったっけ、なんかそんなのあったよな。
まあいいか、高校受験も終わったし、今の時期は親も口うるさく言わないし。
4月からの新生活を前に僕は自由を満喫していた。
じいちゃんは昔でいったら16歳は元服で、もう立派な大人なんだぞとか言ってたけどいつの時代よ?
これからが色々遊べる本番みたいなものじゃないか。
新しい環境と、友達、後はその⋯⋯彼女なんかも出来ちゃったりして。
そんな事をダラダラと考えながら遅い朝を過ごし、朝昼兼用の食事を済ませた後、少しなまりかけた身体を動かそうと街に出る事にした。
「ちょっと本でも見に行ってくる」
そう声をかけて自転車にまたがり、走り出す。この時期は、顔に感じる風も気持ちいい。
(これからの高校生活もこんな風に、いい感じで過ごせるといいな)
中学時代は外出を制限されていた校区外の街並みは、すべてが新鮮に見える。
繁華街の大きな本屋や、ゲームショップに立ち寄った後、少し遠回りだけれど、普段は使わない道を通って帰る事にした。
「こちらからでも行けたよな」
とにかく今までとは違う新しい事を試してみたい。そんな気持ちで自転車を走らせると、やがて川沿いの道に出た。
土手に並ぶ桜並木をなんとなくゆっくり見たくなって、自転車を降り、押しながら歩く。
春の夕暮れが近づく遊歩道は結構賑わっていた。
途中のベンチに腰かけてぼんやりと川面を眺める人、川べりで石を投げて遊んでいる子供達、思い思いのスピードで走るランナー。
そして、犬を抱えた少女。
多分僕と同じ高校生ぐらいだろう。
少し大きめの黒のバケットハットを被り、やや小走りで向こうから駆けてくる。
その腕の中には、まるで赤ん坊のように抱きかかえられている犬。
長めの白い毛におおわれた身体、頭部だけはやや濃いめの茶色と白の2色。
特徴的な大きな耳をして、愛嬌のある顔立ちなのに、その瞳は何かを悟ったような遠い目つきをしていた。
そんな彼女とすれ違おうとした時、肩がつばに触れたのか、風のいたずらかはわからないが、ひらりとハットが宙を舞った。
「「あっ!!」」
とっさに手を伸ばし、行方を追う。
間一髪、地面に落ちる前に拾い上げた僕が振り向くと、立ちすくむ彼女と、その腕の中でもがく犬の姿があった。
「す、すいません」
「どういたしまして。それよりワンちゃんが」
どうやら驚いた拍子に抱いていた腕に力が入ってしまい、締め上げられているようだ。
「いけない」
慌てて犬を地面に降ろすと、少しフラつきながらもやがて頭を振り、しっかりと立ち上がったようだ。
「可愛いですね。なんていう犬なんですか」
「⋯⋯リーちゃんよ」
「コリーってこんな小さい子もいるんですね」
「あっ、そうじゃなくて。この子の名前がオリーなの、犬種はパピヨンっていうのよ」
そう言われて犬をよく見ると、なるほど、大きな耳が蝶が羽根を広げているようにも見えた。
「ごめんなさい、行かなくちゃ。ありがとね」
そう言うと軽く会釈をして、彼女は再び犬を抱き上げ、去っていった。
どうして彼女が犬を抱いて急いでいたのかはわからない。
「ちょっと可愛かったな」
高校生活が始まれば、あんな可愛い子とも知り合いになれたらいいのに。
そんな事を考えていたら、急に今朝考えていた事を思い出した。
春はあけぼのって春の夜明け前の時間の事だったっけ。
「これから始まる高校生活みたいなものかな」
東の空から少し明るい星が昇ってくるのが見える。
なんだかこの先の高校生活を照らしてくれるようだな、そんな事を思いながら僕は家路についた。
次回『部活動ってどんな感じ?』
明日21時頃に投稿予定です