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8 ドラガン家の始まり

読みに来てくださってありがとうございます。

今日の話の中には、どうして国王がそこまでディアミドに敬意を抱き、特別視するのかを書いてありますよ。

よろしくお願いいたします。

 アシュリーンは国王の命令もあり、その日からドラガン家の邸に移ることになった。ディアミドと一緒に馬車に乗ろうとした時、ディアミドは遠くから呼び止められた。ディアミドと似たような服を着ているから、きっと龍の騎士団の人間なのだろうとアシュリーンは見当を付ける。そういう知識は、ここ数日、エーファが絵本を読む合間に教えてもらっていた。


「何かあったか?」

「はい、2点報告します。1点目、シアルから緊急連絡。『精霊の指輪』の反応が遠のいたそうです」

「遠のいた?」

「団長がシアルから王都に移動を始めるのと同時に反応が弱くなっていった針は王都を指している。おそらく、トマス・フィーンヒールがまだ隠し持っている可能性があるのではないかと、火の精霊を通してデュラッハ殿が伝えてきたとのことです」

「調べよう」

「2点目。フィーンヒール一家の長男が脱獄しました」

「何だと! 牢番は何をしていたのだ?」

「それが、牢番の前でひとりでに牢の扉が空いたと思ったら、長男の姿が突如消えたそうです。慌てて牢の中を確認しに入った所、外から鍵を掛けられたため、交代の者が行くまで牢番は閉じ込められていたそうです」

「どうやって逃げたんだ?」


 アシュリーンには心当たりがある。まだトマスの手にあの指輪があるならば、ネイリウスも自分も命じられればそのように動いてしまう。ネイリウスの持つ「水の隠蔽」によって姿を見えなくする術でトマスが悪事を働いていることに、ネイリウスが憤っていたことがある。今回もそうやって、長男オーエンを脱獄させた可能性は高い。伝えたいのに、伝えられないのがもどかしい。


「アシュリーン、すまないが、エーファと先に行ってくれるか?」


 こういう時は「はい」しかないのでしょう?


 エーファを見れば、頷いている。なぜかエーファとは、言葉がなくてもわかり合えるような気がする。


「お嬢様はご理解なさったようです。お屋敷までは護衛もおりますので、どうか若様には職務に戻られますよう」

「わかった。アシュリーン、邸に帰ったら話をしよう」


コクコクと頷くアシュリーンに目を細めると、ディアミドは馬車を降りていった。


「若様は国防の中心にいらっしゃいますので、時々急なお仕事も入ります。約束が反故にされることもありますが、それをどうかご理解くださいませ」


 自分で店を開いている者であれば、自分のスケジュールで動くこともできるだろう。だが、国の中枢にいる者には、厳密な意味での休みなどない。眠っていても招集されるということは、きっと珍しいことではないのだろう。


 アシュリーンは頷いた。邸に着くまでの間、ドラガン家の歴史について、エーファが語ってくれた。


・・・・・・・・・


 ドラガン家の始祖は、北方を守護する黒龍だった。多くの生き物が生まれては死に行く様を、他の三龍とともにじっと見守り続けた。


 ヒトが人間になった頃、龍はある人間の娘と出会った。ニーヴというその娘はまだ10才だった。なぜ北の山の奥地にある湖のほとりに住んでいた黒龍が、人間の子どもであるニーヴと出会ったのか? それは、ニーヴが人間たちによって黒龍に捧げられた生贄だったからだ。


『我は生贄など必要としないのだが。我が今まで通りそなたらの住処に出て行かなければよいのであろう? ならば、お前は帰ればよい』

「でも、もう帰る場所がありません」

『困ったな』


 黒龍は時々、空を飛んで世界を見て回る。他の龍の所に行って話をすることもある。それが黒龍の楽しみであった。ニーヴの言葉によると、そうやって空を飛んでいく黒龍の姿に畏怖した人々が、黒龍が他の人間を襲わぬようにするにはどうすればよいかと賢者に尋ねたらしい。賢者はひとしきり考えた後、「生贄を捧げればよい」と言ったのだそうだ。


『それは偽賢者だな』

「そうだったようですね」

『では、どうしてお前が選ばれたのか?』

「私、親も兄弟もいないし、私がみんなの役に立てることがあるならって思って。あの町から逃げ出したかったっていうのもあるんですよ。親を亡くした私みたいな小娘は、一人では生きていけませんから」

『それならば、せっかく町から出られたのだ。好きに生きろ』

「でも、この森の中でどう生きたらいいのか分かりません」


 仕方なく、黒龍はニーヴに食べられるものと食べられないものを教えた。危険な動植物を教え、安全な飲み水のありかを教えた。お礼だと言って、ニーヴは黒龍が耳の後ろをかゆがると掻き、持ってきたブラシでたてがみを梳いてくれた。話し相手のいなかった黒龍にとって、この小さな生き物は興味深いペットのように思われた。狼やイノシシから守ってやらねばならぬと気合いが入った。


 やがてニーヴが美しく成長すると、黒龍はニーヴを異性として愛するようになった。同じようにニーヴも龍を愛するようになっていた。とはいえ、黒龍は巨大な生物である。いくら互いに愛する心があっても、決してつがうことはできない。


 苦しい思いを抱えていたある日、黒龍は山でイノシシに襲われ、瀕死の重傷を負って倒れている猟師の男を見つけた。


『お前の体をもらってもいいか?』

「体? どういうことだ?」

『我がお前の中に入ればお前の体は永らえる。だが、お前の魂は輪廻に戻る。それでもよいかということなのだ』

「俺は体だけ生きるのか。不思議だが、それで黒龍様の役に立つのか?」

『ああ。我は人間の肉体を必要としている』

「ならば使ってくれ。だが、俺の体に入ってもこの怪我だ。死ぬばかりだぞ?」

『我を誰だと思っている。お前の体を治すなど造作もないことだ』

「それなら俺を生かしてほしいものだが」

『それで、お前は我に何を見返りとして差し出せるというのか?』

「ああ、ないな。体だけでも生きられるのなら、それでよしとするしかないか」

『その代わり、大切に、長生きすると誓おう』

「わかった。使ってくれ」


 黒龍は男の体の中に入り込んだ。そして男の記憶のみを残して肉体と魂のつながりを切ると、男の魂を空に帰した。男の魂は静かに輪廻の中に戻っていった。それを見届けると、黒龍はニーヴの待つ巣へと戻っていった。


 ニーヴは見知らぬ男がやってきたと身をこわばらせたが、すぐにその中身は黒龍であることに気づいた。


「死にかけた男から体をもらった。我の力を使えば人間の肉体の傷などすぐに治せる」

「本当に、黒龍様なのですね」

「ああ、そうだ。やっと愛しいお前をこの腕に抱くことができる」


 黒龍とニーヴは夫婦となった。ニーヴはすぐに身ごもった。体調を崩すこともあったが、2人は協力し合い、出産に備えた。つわりが収まった後、黒龍はニーヴがどれほど食べても少しずつ痩せていくのに気づいた。ニーヴは、時々難しい顔をして自分を見る黒龍に、どうかしたのかと尋ねた。


「いや、何でもない。子を産むというのは、その、大変なのだろうなと」

「ふふふ、どうしたの? あなたが守ってくれるから、私、ちっとも怖くないのよ?」


 やがて月満ちてニーヴは子を産んだ。男の子だった。


「おぎゃー!」


 息子が産声を上げた瞬間、ニーヴの体から力が抜けた。


「どうした、ニーヴ?」


 返事はない。黒龍は急いで脈を診た。心臓は既に止まっている。はっとして空を見上げた。見たくないものが見えた。


「やはり……そうなのか」


 黒龍は複雑な顔をしてわが子を見た。息子には龍の力が受け継がれている。龍の力は強い。十分なエネルギーを得てからこの世に出てくるために胎児は母体から少しずつ力を分けてもらうのだが、龍の力を宿した息子が母胎から奪う力は人間の比ではなかった。ニーヴがどれほど食べても痩せていったのはそのためだ。


 黒龍は早い段階でそれに気づいた。ニーヴを失いたくなかった。龍の力でニーヴを助けようとしたが、そうする前にニーヴの魂は肉体から離れてしまった。出産時に子どもが最後の力を振り絞って、ニーヴからエネルギーを吸い尽くしたのだ。魂と肉体を繋ぐエネルギーまで失ったニーヴの魂は、まるで手放した風船のように空へと飛び去ってしまった。


 ここまで離れてしまった肉体と魂を、再び結びつけることはできない。黒龍は生まれたばかりの息子を抱きながら、ニーヴを失った悲しみで泣いた。


 黒龍は泣きながら、ニーヴを丁重に巣に埋めた。黒光りする黒曜石を拾ってくると墓石としてニーヴを埋めた場所に置いた。風が冷たい。吹きすさぶ風の中、黒龍はわが子を胸に抱き、じっと墓石を見つめ続けた。


 何時間経っただろうか。黒龍はニーヴの墓に向かって口を開いた。


「ニーヴ。我はこの子を育てるために、お前を生贄にと送り出した連中の所へ行く。あいつの記憶があるから、町の生活も何とかやっていけるはずだ。そして、我とニーヴの大切な子を一人前にする。必ず、な。だからここで待っていてくれ。いつか必ずここに戻ってくるから」


 供えた花がかすかに揺れたように見えた。


 黒龍は息子を連れて町へ出た。行方不明だった「ショーン」が生まれたばかりの赤ん坊を連れて帰ってきたことに、町の人々は驚いた。


「黒龍への生贄として捧げられたニーヴが、黒龍に保護されて生きていたんだ」


 町の人々は口をつぐんだ。自分たちがしたことが非道だという思いはあったのだ、と黒龍はほっとした。


「黒龍の思し召しで俺はニーヴと夫婦になった。だがニーヴは出産時に死んでしまった。黒龍のお許しを得て、俺はここへ戻って来たんだ」

「黒龍は恐ろしい生き物ではないのか?」


 誰かが言った。


「恐ろしくなどない。危害を加えない限り龍は人間に危害を加えない。とはいえ、自分の愛する者を守ろうという意識が強いから、絶対に手を出さない方がいい」

「そうなのか」


 いくつかの質問があり、黒龍はその質問に答えた。人々はまだ何か言いたそうだったが、黒龍はそれをぴしゃりと遮った。


「息子はまだ生まれて数日しか経っていないんだ。こんな寒空の下では子どもの体に障る」


 誰もが納得し、黒龍を囲んでいた人々は三々五々散っていった。


 黒龍はかつて「ショーン」が住んでいた家に入った。「ショーン」のおかげで、龍はここでわが子を人間として育てていける。龍はわが子を慈しんだ。大切に育てた。5才になると、黒龍はわが子リーアムを龍の巣に連れて行った。そして、母親の墓参りをさせた。黒龍はまだ幼いリーアムに、自分が本当は人間ではなく黒龍であることを告げた。


「パパは、絵本に出てくる黒龍様なの?」

「そうだよ」

「じゃあ、黒龍になってみせて!」


 黒龍はショーンの体から出て、巨大な黒龍の姿になって見せた。


「リーアム。お前には我と同じ龍の力が宿っている。お前はこの力を使いこなせるようにならねばならぬ。そうしなければ、お前が怒りに満ちた時、世界を滅ぼしかねないからだ。ここは我とお前の母がかつて暮らしていた場所。ここには町の人も来ぬ。存分に暴れられるからな」

「うん、僕、頑張る!」


 リーアムは自分が黒龍の子であることを決して他人に告げなかった。めきめきと龍の力を伸ばし、使いこなせるようになったある日、リーアムは遂に黒龍の姿になることに成功した。龍の姿をとれば全力を出せる。再び人の姿に戻ったリーアムに黒龍は告げた。


「もうお前は一人前だ。お前が正しいと思う通りに生きていけ。我はこの地でニーヴの墓守となる」


 15才のリーアムは1人で町に戻った。そしてこの地方の代官となって人々に重税を課していた、あの偽賢者に対して立ち上がった。町の人々は1人で偽賢者に向かっていこうとするリーアムをなんとか思いとどまらせようとしたが、リーアムは静かに微笑んで言った。


「僕には龍の力がある。僕の本当の父上は、黒龍だ」


 そして、黒龍の姿になって空を飛び、偽賢者の住む邸を破壊し、偽賢者をその爪に引っかけると国王が住む城に向かった。


 国王たちは怯えた。偽賢者を裁いて欲しいと願ったリーアムの隙を突いて偽賢者を取り戻すと、騎士たちにリーアムを攻撃させた。だが、リーアムは黒龍の姿になった。そして王に告げた。


「お前もこいつと同じか。ならばお前を許す必要はない。お前が王である限りこの国の民が苦しむならば、お前を玉座から引きずり下ろすまで」


 騎士団は王の横暴に反旗を揚げようとしていた。リーアムの行動に触発された騎士団は、王に退位を迫った。王にすり寄っていた者たちを捕らえ、無実の罪で投獄されていた者たちを救い出した。王太子はリーアムの前に跪いた。


「黒龍の子に、この国ドレイギーツを献上する」


 リーアムは断った。


「僕はそんなことを望んでいない。この国の人々の幸せを約束してくれればいい」

「ならば、王家を見張る者となってくれないだろうか。王が間違った時、王を退位させられる存在として王家の傍にいてほしい、そして、この国の民をその力で守ってほしい」


 リーアムは頷いた。黒龍の血を引くリーアムは、「龍」という意味を持つ「ドラガン」の姓を与えられ、ドラガン家は王の見張り役、そしてこのドレイギーツ王国の守護者となった。


 やがて結婚したリーアムに、子どもができた。痩せ細っていく妻に気を揉みながら出産までこぎ着けたが、リーアムもまた、かつて父が味わったのと同じ体験をした。妻を失ったリーアムは父である黒龍の元に行き、尋ねた。


「リーアムなら半人半龍だから問題なかろうと考えていたが、どうやら違ったようだな」

「つまり我々の子孫は未来永劫、子を得る代わりに妻を失うというのですか?」

「妻が人間である限り、龍の力に対抗できぬであろうからな」

「……そうですか」


 リーアムは妻を愛していた。再婚を促されたが、どうしてもそんな気になれなかった。息子が大きくなると龍の力を使えるように指導した。そして伝えた。


「我々には龍の力が宿っている。お前の子も龍の力を持つ。そのせいで、龍の子を産んでくれる女性はみな出産時に命を落とす。相手にはそれを伝えた上で、それでもよいと言ってくれる者を探せ。そして、それでもよいと言ってくれた相手を大切にし、後悔のないほどに甘やかしてやりなさい。我ら龍の血を引く者の花嫁は、1年後には必ず命を失うことになるのだから」


・・・・・・・・・・


 悲しい話だと思った。ドラガン家の者が少しずつ犠牲を払いながら、人々の平和と平穏を守っているのだと知り、アシュリーンは自分にもそのような役目が果たせるだろうかと一瞬不安がよぎった。


 私にできることは、ディアミド様を愛し、孤独を癒やし、子を産むこと。この1年、どれだけディアミドを愛せるかは分からないが、命の限り、ディアミドと子どもを愛そうとアシュリーンは決意した。


読んでくださってありがとうございました。

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