7 ドラガン家には、嫁を出すな
読みに来てくださってありがとうございます。
よろしくお願いいたします。
嫁。
その言葉に、アシュリーンは顔が赤くなった。まだ子供の頃にトマスに捕らえられたアシュリーンだが、嫁が何かくらいは知っている。ディアミドに好意を抱き始めていたアシュリーンには、思いがけない話だ。
「だがな、1つだけ問題がある」
王の言葉に、アシュリーンははっとして王を見上げた。
「ドラガン家の花嫁はこの上なく大切にされるし、夫からは重たいほどの愛を捧げられる。ただし、それは1年限りの話なのだ」
1年で愛が失われるというのか。心変わりしたディアミドから冷たくされるのは嫌だな、とアシュリーンは思った。
「1年限定の花嫁なのは、花嫁はそれ以上生きられぬからだ」
頭を殴りつけられたように感じたアシュリーンに、王は続けた。
「ドラガン家の者が、黒龍の子孫であることは知っているな? 神の使いである龍の力をその身に宿しているために、彼らはすさまじい力を持って生まれてくる。そう、生まれたまかりの赤子でさえ、訓練された殺人集団が返り討ちに遭うほどの力を持って生まれてくる。生命力も強い。だが、母親は人間だ。龍の子に生命力を吸い上げられながらその強い龍の力にさらされ続ければ、母体はただではすまない。
これまでにドラガン家に嫁いだ者は、嫁いでから3ヶ月以内に全員が龍の子を宿し、出産時には全ての生命力を子に吸い上げられて命を落とす。1年後の出産時には子どもと引き換えに、必ず花嫁が死ぬことになっているのだ」
たとえディアミドに愛されたとしても1年しか一緒にいられないという事実に、アシュリーンはうなだれた。
「それが分かっているから、誰もドラガン家に娘を嫁がせようとはしない。借金を肩代わりする代わりに娘が差し出されたこともある。罪人が娘をドラガン家に嫁がせることで罪を贖ったことにしたこともある。平民の娘が、『1年大切にされ、貴族のように裕福な生活を送れるならば』と言って志願したこともある。もちろん相思相愛で、親の反対を押し切ってドラガン家に嫁いだ娘もいなかったわけではない。
この国では『ドラガン家には嫁に出すな』という言葉さえあり、龍の騎士団長が出てくるような場では父親は娘を見初められぬようにと隠すほど。年頃の娘たちも、ドラガン家の名と財と力、それに龍の騎士団長殿個人の見た目と誠実な性格に憧れながら、決して近づこうとはせぬ。いつも龍の騎士団長殿は、子どもの時からずっと一人でぽつんと立っているのだ。
男なら友だちができると思うだろう? 姉や妹がいる家では、友人の縁からドラガン家に花嫁を求められるのは困るからと、息子たちさえ近づかせない。見ているこちらが辛くなるほどに、龍の騎士団長殿は孤独の中で生きている。
どんな理由で娶ったとしても、ドラガン家の男は花嫁となった女を愛し続ける。花嫁が死んだら、後添えを迎えることもない。「後添えならば是非嫁ぎたい」という輩は数多くいるが、そういう家はドラガン家から距離を置かれることになる。そして、一生、子の母たる花嫁を思い続ける。
余は、龍の騎士団長殿の父と親しかった。父君は龍の騎士団長殿の母とは相思相愛で結婚した。そして、例外なく、騎士団長殿が生まれた時に母君は命を落とした。
父君はそれ以来、魂が抜けたようになってしまった。最低限のことはこなしたが、今の騎士団長殿のことも、妻を奪った者とつい思ってしまうらしく、普段は使用人たちに養育を任せ、龍としての訓練だけはなんとかしたようなのだ」
それでは、ディアミドは家族から愛されずに育ったと言うことなのだろうか。
ディアミドが、閉じ込められて一人でいたアシュリーンを気に掛けてくれるのは、孤独だった自分と重ね合わせているのだろうか。
アシュリーンの中に、猛然とディアミドを愛したい、愛で満たしたいという気持ちが膨れ上がってきた。
「龍の騎士団長殿の子を産むために命を差し出せというのが酷だということは分かっている。ただ、ディアミドもそなたも、どうやらお互いを思い合っている様子。それにそなたは人間ではない。これまでの記録を調べたが、精霊が龍の子の花嫁になったことはない。脆弱な人とは違い、もしかしたらそなたなら生き残れるかも知れぬ。王家も最大限の支援をすると約束する。だから、龍の騎士団長の花嫁になってくれないだろうか?」
アシュリーンは王の目を真っ直ぐに見た。そして力強く首肯した。
「そうか。わかった。ではそのように手配しよう。精霊殿、龍の騎士団長殿を頼んだぞ」
アシュリーンはコクコクと頷くと微笑んだ。王もその顔を見て微笑んだ。
・・・・・・・・・・
「どうしてそんな話を受け入れたんだ!」
その日、ディアミドはアシュリーンの元にやってくると、開口一番にそう怒鳴った。激しく怒っている。
「エーファ! お前が陛下に報告したのか?」
「お嬢様のご様子を報告するようにと陛下からの御命令がありましたので、お嬢様も心を開いているようだとは申し上げました。影の者たちがどのように報告したのか、私では分かりかねます」
「ちっ」
ディアミドが怒っている。その事実にアシュリーンは悲しくなった。その様子に気づいたのだろう、ディアミドはアシュリーンの隣に座ると、頭をポンポンした。
「俺の花嫁になったら1年後に死んでしまう。お前はやっと解放されたんだ、自由になるべきだ」
そうじゃない、アシュリーンは首を横に激しく振った。
「どうしたんだ?」
アシュリーンは思い切ってディアミドに抱きついた。
「おいおい、おれは抱き枕でもぬいぐるみでもないぞ」
もう、この分からず屋!
アシュリーンはディアミドの唇にいきなりキスをした。
「おい、何をするんだ!」
傍にいたエーファも、突然の出来事に目を丸くしている。赤くほてった顔を見られたくなくて、アシュリーンはディアミドの胸に顔を押しつけて抱きついたまま、離れることを拒否した。
「若様、お嬢様は若様のことがお好きなようですよ」
「な!」
今度はディアミドが顔を真っ赤にする番だった。
「お前、死ぬんだぞ?」
コクコク(縦に)。
「あと1年しか生きられないなんて、悔しくないのか?」
ブンブン(横に)。
「なあ、本気なのか?」
コクコク、コクコク。
「知らないぞ、逃げたくなっても逃げられないぞ?」
アシュリーンは急に顔をバッと上げてディアミドを見た。じっとその目を見る。
「なんだ?」
急いでディアミドから離れると、アシュリーンは絵本を一冊取り出した。そして、ある箇所を指さした。
「読めるようになったのか?」
アシュリーンは頷くと、もう一度その場所を指さした。
「傍にいたい……俺の傍にいたいのか?」
アシュリーンはコクコクすると、もう1つ、単語を指さした。
「好き……お前は俺が……化け物の俺が、好きなのか?」
コクコク。
「お前の名前が呼べたらいいのにな」
アシュリーンはエーファを見た。エーファが頷いた。
「若様。これがお嬢様の名前だそうです。先ほど、ご自分の手で初めてお書きになりました」
紙には、生まれたてのコジカが立ち上がろうとしている時のように震える文字が書かれていた。
「アシュリーン……アシュリーンというのか」
アシュリーンはふわっと花が咲いたように笑った。
「アシュリーン、アシュリーンか。よし、アシュリーン。お前を俺の花嫁にしよう。おまえの命が尽きる日まで、俺はお前を愛すると誓おう」
アシュリーンがディアミドに抱きつくと、ディアミドもアシュリーンを抱きしめ返した。
「最初からご自分もお嬢様のことが気になっていたくせに」
「エーファ、言うな、特にこんな時に言うな」
ディアミドにぎゅと抱きしめられながら、アシュリーンの心は喜びが溢れていた。
読んでくださってありがとうございました。
ディアミドは敵意には敏感ですが、好意には鈍感なヘタレです。
いいね・評価・ブックマークしていただけるとうれしいです!