40 伝説は続く
読みに来てくださってありがとうございます。
一旦最終回とします
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「ええ、あなたならその村の人を全員殺すでしょうね。いなくなればすべての問題が消えるから。彼らの人生や、思いや、夢なんて関係ない。そこにいる人だって、一人一人が自分という物語の主人公として生きているのに」
この美しくかわいらしい精霊は人の心を読めるのだろうかとべヴァンは震えあがった。
「ディーなら、薬と食料を届けてくれるでしょうね。治療法を知っているお医者様を国中から、いいえ、世界中から探して連れてきてくれるはずよ。私は、見ず知らずの人であっても同じ人間としてその痛みに寄り添おうとしてくれるディーを尊敬しているし、そんなディーだから一緒にいたいと思う。あなたとは全然違うわ!」
べヴァンは初めて、自分が「数字」を相手にしていたことに気づいた。数字が示す先にある、一人ひとりの人間の生活まで考えていなかった。生産量が上がる手段があるならそれを取るべきだ、そうすればこの地域に住むX千人が生きていけると考えることはできたが、そこに住む人々一人ひとりの幸せな生活など、想像さえしたことがなかった。
「きっとあなたのような人が役立つこともあるのでしょうけれど、私はあなたのような考え方をする人、嫌い」
言葉の矢が次々とべヴァンに刺さる。
「嫌い……か」
ディアミドが思案気な顔をしながらつぶやいた。
「アシュリーンが『嫌い』といったのを、初めて聞いたな」
ディアミドの言葉が最後の矢となった。もう、べヴァンの心は完全に折れている。国王、宰相、産業部長が「もうそれ以上言ってくれるな」という目でディアミドとアシュリーンを見た。
「私は、私なりにどうやったらこの力を生かせるか、陛下たちと相談中なの。春の精霊としての力とはどんなものなのか、どう使えるのか、小さい時に人間につかまってしまって、精霊としての教育を受けていない私にはわからない。だからこそ、私の力に頼り切らずに生かす方法を、陛下たちが考えてくれているのよ」
べヴァンは国王のほうに向きなおると「大変申し訳ございませんでした」と土下座をした。
「問題は……使節団だな」
「はい。クリスタルの存在を知られてしまった以上、そちらの対策も立てねばなりませんな」
「申し訳ありません、うちの者が……」
「謝罪より先に、仕事をしろ」
「はい……ぐすっ」
産業部長はどうやら相当胃を痛めているらしい。涙目になりながら「失礼します」と言って出て行った。
「で、お前の処分なのだが……」
国王とディアミドにぎろりと睨まれたべヴァンは、蛇ににらまれたカエルの気持ちがよくわかると思った。
「お前、囮になれ」
「囮、ですか」
「ああ、そうだ。実はお前には、退職したという連絡を受けたところで見張りをつけていた。だから、お前が東の国の使節団に丸め込まれたことは知っている」
宰相の言葉に、べヴァンの背中を冷たいものが落ちていった。
「お前が囮になるというのならその者が何かあった時には助けに入ることになるが、間に合わないこともあるだろう。それでもお前は、国を売った罪を償うか? それともこのまま外患誘致未遂で重い労役に就くか?」
自分はどうしたいのだろう、とべヴァンは思った。この国のために役立ちたいと思っていた。まるで魔法のような手段が出現したと知った時、これで誰も飢え死にせずにすむと思った。それなのに、その手段を秘匿されて怒り、東の国の使節団に……
ただの八つ当たりではないか、とべヴァンは頭を抱えた。自分には選択肢などないように思えて、選ぶことができない。
「陛下、私は早くクリスタルを渡したいの。早く送り先と使用目的を決めてくださいませんか?」
アシュリーンの声に、べヴァンは自分がどれほど愚かだったのかと痛感した。アシュリーンが続ける。
「陛下、私、思うのですが……西の国のワインのように、これを少量、輸出してはどうでしょう? もしくは、災害発生時にのみ送るとか」
「ほう、なぜかな?」
「私の力で農業を振興するというプラン、私の力だけではだめなのです」
「だめとは?」
「水がなければ農作物は育ちません。その地の水の精霊が協力してくれるか、灌漑設備を整えなければならないのです」
「ああ、そう聞いた」
「ですから、技術をも輸出するのです」
「面白そうだな。いじけているこやつは牢に戻して、そのあたりの話を詰めようではないか」
「お待ちください!」
べヴァンが声を上げた。
「わ、私は……灌漑用水を掘る労役に従事したく!」
4人の目が一斉にべヴァンに注がれた。
「あ~、違うんだよ、今までの話を聞いていてわかんないかなあ? あんたには囮になってほしいの!」
「で、ですが、私は!」
「いいからやれ! 陛下も選択肢なんて与えるからこういうことになるんですよ!」
ディアミドに叱られた国王が、シュンとしている。
「べヴァン。お前はまず、囮になって東の国の問題を探れ。それに対応する形で、東の国にアシュリーンの力を込めたものを『輸出』する。それがクリスタルである必要の有無も含めて、向こうの需要量と目的を探れ」
「え?」
「アシュリーンは、自分の力をこの国の民だけではなく、他の国の民のためにも使いたいと願っている。いろいろあちらも問題のある行動をとってはいるが、困っていることは確かだろう? だからアシュリーンはあちらも助けたいと言っているのだ」
「め、女神だ!」
べヴァンの目が、再び恋する乙女のように輝いている。
「どうか、いかようにもこのべヴァンをお使いください!」
だがアシュリーンは笑顔で言った。
「私、あなたとは二度と会わないから!」
再び地獄に突き落とされたべヴァンだった。
・・・・・・・・・・
性格や思考行動にやや難ありのべヴァンだったが、やはり優秀だった。東の国の使節団に再び潜り込むと、東の国が実は鉱山から流れ出した有毒物質によって川と大地が汚染され、その地と水で作った農作物を食べた人が死んでいるという問題を抱えていたことを突き止めた。
アシュリーンはネイリウスと協力して水の中に精霊の力を籠めることに成功した。その水を「浄化水」として東の国に売る契約を取り付けるとともに、鉱山を閉鎖して有毒な物質が流れ出ないように処置する方法を伝えた。
ガレスたちは、途中でべヴァンが寝返ったことに気づいたようだったが、自分たちの持たない「何か」を手に入れられるのならと黙っていることにしたようだった。
「べヴァン殿。本当に我が国に来ないのか?」
「行って、ちゃんと浄化されたか確認したいんですが……なにせ、このあと灌漑用水路を掘削する労役が待っているんですよ」
「そうか」
ガレスはべヴァンの手を握った。
「迷惑をかけた。すまなかった」
「いえ、私も視野が狭かったんです。ですが、ガレス殿たちと真剣に農業について語り合ったことは、一生忘れませんよ」
「ああ。世話になった」
東の国に、自分たちがしでかしたことを報告しないでくれるといったドレイギーツの国王には、もう足を向けて寝られない。
アシュリーンとディアミドは、ガレスたちが王都から出ていくのを上空から見送った。彼らと直接話すことはなかったし、あの浄化水にアシュリーンとネイリウスが関わっていることは知られていない。
「さて、これで少し落ち着いた生活になるだろうか?」
「さあ、それはどうかしら」
アシュリーンはディアミドの背に乗りながら、自分がこの世界の一員として役に立てているという実感に満足していた。
「最近働きすぎだったからな、アシュリーンには休息が必要だ!」
「それって、ディーが私を独占したいだけじゃないの?」
「だめか?」
「いいわよ、だってディーだから」
龍の額にキスをすると、アシュリーンの額にも黒龍の紋が浮かび上がった。アシュリーンの手からきらきらと光が零れ落ちる。地上に届く前に消えたその光は大地に吸い込まれ、養分となっていく。
「そう言えば、ディーに言い忘れていたんだけど」
「ん? どうした、アシュリーン」
「2人目ができたみたい」
「2人目って?」
「ブライアンの弟? 妹?」
「はあぁ!?」
ドラガン家史上初の弟が誕生するのは、あと8か月後のことである。
読んでくださってありがとうございました。
少し時間をかけて続きをある程度書き溜めたらまた再開します。東の国の部分について書き直したい気持ちの強く……気長にお待ちください。
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