4 シアルへの出撃(ディアミド視点)
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ディアミド・ドラガンは、この国ドレイギーツの国王直属の部隊「龍の騎士団」の若き団長である。なぜまだ若いディアミドがそのような地位にあるのか。それは、ディアミドがドラガン家の嫡子だからだ。
ドラガン家は、その始祖が人ではない。この世界の創造主たる神によってこの世界を四方から守るように置かれたのが龍で、南の赤龍、東の青龍、西の白龍、北の黒龍である。
黒龍の強い力は代々その子孫に受け継がれており、普段は人間の姿であるが、龍化することもできる。黒龍の子リーアムは悪政を行っていた国王たちに反旗を翻し、新たな国王となった者の目付役となった。リーアムは国王が正しく政治を行っているかを見張り、国防の危機には国を守るため、「龍の騎士団」を結成し、代々その団長を、リーアムの子孫であるドラガン家が担ってきたのだ。
その日ディアミドに出動命令が下された。西の国境地帯シアルの関所にシェイペルの民がやってきて騒ぎを起こしているので追い払ってこいというものだった。
シェイペルは精霊教会領で、異国の支配を受けない。シェイペルの民とはその精霊教会を守る部族で、「精霊とその言葉を伝える教会の者以外の言葉を受け入れない」という文化がある。各国もまたシェイペルの民の言葉を研究することは禁じられている。つまり、教会の通訳者がいなければ、シェイペルの民とコミュニケーションを取ることができない。
それにも関わらず、今回シェイペルの民は通訳者を連れてきていない。そのため、何を騒いでいるのか分からず困惑したシアルの辺境伯が、国王に助力を願ったのだった。
王は「できるだけシェイペルの民を傷つけないように」と伝えた上で、ディアミドたち龍の騎士団に出撃を命じた。
シアルまでは軍馬を交換しながら進んでも一週間はかかる。一刻も早く決着を付けるために、ディアミドは龍化して100人の騎士たちを入れた巨大な箱を爪に引っかけ、一気に空を飛ぶことにした。
このやり方で騎士たちを運ぶようになったのは、ディアミドが騎士団長になってからのことだ。実はこの案、騎馬隊よりも早く移動できないか話し合った際、ディアミドの「龍化すればできないこともないが」という発言を受けた王が好奇心のままに進めた計画が発端となって進んだ話である。
最初、騎士たちは「自分は荷物ではない」と抵抗したし、騎士100人と食糧と馬と装備を入れても底が抜けない箱を作るのは無理だと王城の担当者は悲鳴を上げた。だが、国王はこの輸送方法を絵に描いていたく気に入り、「なんとしても箱を作れ」と職人たちに命じた。気の毒な職人たちは知恵を振り絞り、鉄製の補強を入れることでその問題をクリアした。もちろん、ディアミド以外に持ち上げられる者などいない。
実際に龍と一緒に空を飛べば、馬で移動するよりも遙かに楽で、早い。一度経験した騎士たちはそれほど遠方ではない出動要請にさえ、「お願い♡」と言う目でディアミドを見る。ディアミドが黙って馬に乗れば、騎士たちは渋々馬に乗る。今回は久しぶりの「箱入り騎士」だったので、騎士たちは上機嫌でシアルに向かった。
龍化したディアミドが姿を現すと、シェイペルの民は口々に龍の姿のディアミドを指さし、何か叫んでいるようだった。部下たちが入った箱をそっと着地させてから人化すると、シェイペルの民は武器を置き、何か叫びながらワラワラとディアミドに走り寄ってきた。
「おい、止まれ!」
だが、シェイペルの民は止まらない。祭司と同じような服を着たシェイペルの民は、神殿を守るためならば己の命を犠牲にすることも厭わぬほどに強い信仰心を持った人々だ。普段の彼らがどれほど穏やかであるかを知っている上、そもそも丸腰の民に武器を向けることもできず、ディアミドはあっという間にシェイペルの民に取り囲まれた。揉め事でもあったかと思ったディアミドだったが、必死の形相で何かを伝えようとするシェイペルの民に違和感を覚えた。
「待て、お前たち、何か言いたいことがあるのか?」
「#$%&**~!」
「悪い、何を言っているのか分からないのだ。通訳祭司を連れて来てくれ!」
「#$%&**~!」
「だから、誰か!」
「#$%&**~!」
一向に鎮まる様子が見えないシェイペルの民を黙らせるため、ディアミドは瞬時に飛び上がると龍化して上空に舞い上がり、一声咆吼した。
シェイペルの民たちの叫びがピタリと止んだ。それを見届けると、ディアミドは再び人化して彼らの前に立った。代表者と思われる男が1人進み出ると片膝を突き、胸元から書状を取り出してディアミドに手渡した。
「手紙を持ってきたのか?」
ディアミドはその場で手紙の封を切った。そして、精霊教会教皇の署名があるその手紙の中身を読むと、ふうとため息をついた。
『先日、精霊教会に、風の精霊の子が攫われたと精霊王から連絡があった。痕跡をたどったところ、シアルに入った後、ふつりとその痕跡が途絶えた。何らかの形で精霊を隠している者がいると考えられる。15年前に精霊教会から盗み出された聖道具が関係している可能性もある。どうかそちらで調査してほしい。そのため、この手紙を持ってきた男、デュラッハには、聖道具を探索するための道具を持たせている。どうか、聖道具と風の精霊の子を取り返すために協力していただきたい。なお、精霊教会もシェイペルの民に貴国への攻撃の意志は一切ない。その証拠として、貴国ドレイギーツに残るのはデュラッハと彼の守護精霊だけである』
聖道具が行方不明だという話は初耳だが、本当ならばゆゆしき事態だ。
「守護精霊?」
『我だ』
中空から声がした。ゆらゆらと浮かぶ赤い髪と赤い瞳の男がにっと笑った。
「火の精霊様ですか?」
『いかにも。デュラッハはお前たちと言葉を交わすこともできぬゆえ、我が通訳も兼ねている』
「ありがとうございます」
『龍の子に丁重に扱われるのはむずがゆい。我らと同等の存在なのだ、気にするな』
「分かった、そうさせてもらう」
ディアミドは神殿とドレイギーツの王に連絡しなければならないと気づいた。
「コルム、書くものはあるか?」
「手紙ですか?」
「ああ、ここですぐに書かねばならない」
「正式なものはありませんよ
「構わない、この手紙も急いで書かれたものだ」
従者のコルムは書類ケースから一般的なレターレットを取り出した。部下たちが簡易テーブルを設置してくれたので、ディアミドは急いで手紙を書く。精霊教会には「了承した、微力ながら手伝わせていただく」と、王には「精霊教会からの要請があり、シアル領にて捜索活動を行うため、帰還が遅れる」と。
その場にいた西の辺境伯は、捜索の許可をすぐに出してくれた。
「デュラッハ、聖道具の存在位置はある程度絞れているのか?」
『ドレイギーツに入ってから反応が大きくなっている。ここから南東の方角を指している。近づけばこの針が大きくなり、遠ざかると細くなる』
火の精霊によって自動翻訳されたデュラッハの言葉に、ディアミドはその道具を見せてもらった。コンパスのようなものだが、示すのは南北の方角ではなく、特定の聖道具なのだという。
「便利なものだな」
『万が一行方不明になった時に備えて、精霊王様が別の場所に隠しておいてくださいました。一緒に盗まれていたら、探すことは難しかったでしょう』
精霊王の先見の明に感謝する他ないのだ、と火の精霊も言った。
「では、我々は進もう」
犯罪組織等に盗み出された可能性を考えると、連れてきた騎士団員たちも連れて行った方がいい。
「では、俺が飛ぶ。彼らと一緒に、箱に入っていくか?」
『よいのか?』
デュラッハの目が輝いている。
『あの箱を見た時、皆で我々もあれに乗って飛んでみたいものだと言っていたのだ』
『だが、デュラッハ。お前が箱の中に入ってしまったら、目的地が近いことをどうやって知らせるのだ?』
「ならば、俺の背に乗ればよい」
『本当にいいのか!』
デュラッハの目が、「箱入り」の話の時以上に爛々と輝いている。
『龍の背に乗ったなどと言ったら、皆に羨ましがられるに違いない! 稀なる経験をさせてもらえることに、感謝を!』
「火の精霊殿、それでよいか?」
『我がいれば、上空の寒気の中でもデュラッハが凍ることはあるまい』
穏やかか、戦闘狂か。そう評されるシェイペルの民にも、他の表情があるのだなとディアミドは思った。
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