36 勝手に視察します
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アシュリーンがディアミドから危険な状態にある可能性を告げられた翌日の深夜。
ガレスたち東の国の視察団の数人が、西にあるシアル領を目指して出発した。この国の都の西と東には城壁が作られ、門も夜には閉ざされる。だが、南には農地がある。農民たちがいつでも出入りできるように、城壁や門は設置されていない。それに、南にはドラガン邸がある。黒龍の血を引く男の家があるため、もし南から何者かに攻められたとしても、最初に龍の騎士団長に気づかれ、そこで殲滅される。
ガレスたちは夜中に人目を忍んで出発するため、都の南から出て行くことにした。荷物は最低限。着ている服は東の国のものではなく、この国の町民クラスの人間が着るお出かけ着だ。
「ではベヴァン殿、案内を頼む」
大きなフードで完全に顔を隠されているベヴァンが歩き出した。深夜に馬や馬車で移動すれば、音で目立つ。南から出て西に向かいながら、宿場町を2つほど進んだところで、貸し馬車を借りる計画だ。
「シアルまで、馬車で一週間ほどであったか」
「王都から直接馬車で向かった場合、一週間となります。今回は2つ先の宿場町まで歩きますから、もう1日加算してください」
「承知した」
行きに約1週間、帰りも約1週間。シアルに滞在できる時間はせいぜい2~3日と言ったところだろう。それでも、大使はそこまで何とか時間稼ぎをすると言ってくれた。我が国の農業の未来のためだから、と。
ガレスたちが許可なく国内を回ったことが知られれば、ガレスたちはもちろん、送り出した大使館の職員も咎められるだろう。場合によってはスパイ活動を疑われ、処刑ということもあり得る。それでも、ガレスはベヴァンが教えてくれた「フィーンヒールクリスタル」の情報を得たかった。そして、なんとかしてそのクリスタルを故国に持ち出したいと考えていた。
「楽しみだな」
ガレスのつぶやきに一瞬だけベヴァンは足を止めた。だが、そのまま歩き出した。大きなフードをかぶったベヴァンの表情は誰からも見えなかった。
夜明けの頃には1つ先の宿場町に辿り着いた。朝食を簡単に済ませると、一行はそそくさと町を出た。そして、昼過ぎに1つ目の目的地である宿場町に辿り着いた。貸し馬車はすぐに手に入った。ここから先はできるだけ人との接触を避けるため、食糧品を買い込んだ。1度にたくさん買うと印象に残りやすいため、複数人で手分けし、複数の店で日常生活に使う程度の量を買い込む。全員が買い物から帰ってきた時には、貸し馬車の荷台にはそれなりの量が積まれることになった。
貸し馬車は、宿場町のどこででも借りて、乗り捨てることができる。個人所有のものではそうはいかないが、宿場町のネットワーク全体で馬車と馬を購入し、管理しているからだ。ガレスたちはその仕組みにも興味を持っていた。
「馬には番号が付けられており、所属先と名前、移動距離や場所、怪我の記録などがわかるようになっています。別の場所で返却された馬車と馬は、そこから新たな荷主に貸し出されて移動していきますが、2週間に1度、所属先にその馬が来た記録を送ります。それを元に、所属している馬が今どこにいるか、どのくらいの距離を動いたか等を把握し、場合によっては休ませる処置もとるのです」
「なるほどね。上手いシステムだな」
一種のシェアリングシステムである。
都を出てから8日後、一行はシアル領に到着した。
「これが、かつて不毛の地と呼ばれていた所なのか? 本当に?」
水分を多く要求するようなものは栽培できないようだが、麦類は収穫できるようだ。刈り取ったばかりの畑には落ち穂が残されている。落ち穂拾いは犯罪行為だが、寡婦と10人以上子どもがいる家庭では落ち穂拾いが許されている。飢えさせないために暗黙の了解として世界各地にある「落ち穂拾い」のシステムだが、このシアル領では落ち穂拾いををしなければ飢えるような者はいないようだ。
ガレスは、ブドウ畑の緑に目を奪われた。
「もう、実がつき始めています。まだ色づいてはいませんが、あと一月もすれば色づき始めるでしょう」
丘陵地帯に、段々畑のように飢えられたブドウ。これまでは降水量が多すぎてブドウなど到底栽培できず。精霊教会に納めるワインは西の国から購入している。それがどれほど国庫にとって負担であるかを、ベヴァンをよく知っている。
「シアルでブドウ栽培に成功できたからこそ、浮いたワインの購入費を、医療や福祉、災害対応に使えるようになりました。ですから、ブドウ栽培を可能にした『フィーンヒールクリスタル』は絶対に必要なものなのです。農業生産に使えば、食糧の生産量が増える。そうすれば飢える者がいなくなる。それなのに、あのクリスタルを農業以外に使おうなどと……」
「農業以外に? どういうことだ?」
「あのクリスタルに込められているのは、癒やしの力なのだそうです。傷ついた大地を癒やして本来持つ土の力を増幅させることで、肥料以上の効果をもたらしているのだと陛下はおっしゃいました」
「ふむ……つまり、国王陛下はそのクリスタルの秘密をご存じなのだな」
「そのようです。ああ、そう言えば、精霊が関与しているようです」
「精霊だと?」
「はい。このシアル領は、元々西の辺境伯領の一部です。豪農だったフィーンヒール家があのクリスタルを手に入れたことで農業改革が起こり、ブドウの栽培にも成功して、フィーンヒール家に貴族の爵位と農業を薦めるための土地が与えられていました。しかし昨年、そのフィーンヒール家が精霊を無理矢理捕らえ、虐待していた罪で取り潰されました。身柄は精霊王に引き渡され、どうなったかを知る者は誰一人おりません」
「精霊王に引き渡されたということは……」
「はい。おそらく人間では想像し得ないような罰を与えられたであろうと言われています」
「待て。精霊を捕らえていた者がいなくなったのなら、もうそのクリスタルを作る精霊もいなくなったのではないか?」
「少なくとも、このシアル領にはいないと思います。新しいクリスタルを手に入れたという話が全くありませんし、早く次のクリスタルを用意してほしいという陳情が上がっていましたから」
「シアルの民は、クリスタルの秘密を知らないということか」
「秘されていたのでしょうね」
ガレスは、クリスタルを作っていた精霊に会いたいと思ったが、それは難しいようだ。
「我々さえ、その精霊のことは一切分からないのです」
「分からない?」
「知るのは陛下と宰相、これは間違いありませんが、あとは誰が知っているのかさえ分かりません。箝口令が敷かれているようです」
「なるほど」
ガレスは考えた。そしてふと思い当たった。
「クリスタルもシアル領で採掘されているのか?」
「いいえ、それはミアナハ領のものだと思われます」
「ミアナハ? 聞いたことがない所だな」
「それはそうですよ。王家直轄で、地図にも載せられていませんからねえ」
「そんな機密事項を言っていいのか?」
「有用な情報なき場合は私を殺すと決めたのは、ガレス殿ではありませんか」
ガレスは黙った。そうだった。騙してサインさせた契約書に、その一項があるのを思いだし、良心がいたんだ。
「すまない、それほどに我々は情報と物を必要としているのだ」
「ええ、分かっています。私がガレス殿のお役に立てたなら、必ず私を東にお連れください。この国ではもう生きていけません」
ガレスが要求したことは、国の根幹に関わるような情報を売れということ。バレれば死刑以外あり得ないのだ。
「もちろんだ。ベヴァン殿の知識を我が国でも遺憾なく発揮してもらいたい」
「生きられるなら、それでいいのです」
ベヴァンたちは貸し馬車に戻った。荷馬車に荷台を箱形にして風雨をしのげるように作られた貸し馬車は、上に荷物が載せられ、ロングシートタイプの座席と床に毛布を引けば、眠ることもできる仕様になっている。
「さすがにミアナハ領に潜り込むことはできません。鉱物資源が豊富に産出される場所ですが、一見そうとわからぬよう森や山を利用して壁を隠し、出入りのチェックは厳重で、許可された者だけが出入りを許されます。ですが、出入りする業者たちが鉱物を取引するために作った町があります。そこでなら、最近クリスタルを仕入れた者について調べられるでしょう」
「さすがは優秀な文官として活躍していただけのことはあるな」
それについては、ベヴァンは何も応えなかった。馬を進めますと言うと御者台に上がり、静かに馬を歩かせ始めた。
「ガレス様。本当に信じてもいいんでしょうか」
「少なくとも、今は大丈夫だろう」
馬は昼間眠らせているので、夜でも動いてくれる。月明かりを頼りにぽくぽくと進んで行くのを感じながら。ガレスは横になり、いつしか眠りに落ちていった。
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