35 国王、土下座する
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「つまり、かつてフィーンヒール家が捕らえていた精霊から力を奪い、その力を大地に還元して農業に利用していた、ということなのでしょうか」
「おそらく~そういうことらと~思い~ますっ」
ベロンベロンに酔ったベヴァンの手には、東の国から持ち込まれた、米を原料とする酒「黄酒」の瓶が握られている。アルコール度が20度を越えるこの酒は醸造酒としてはアルコール度が高く、知らずに飲むと酒に飲まれやすい。素人にはお勧めできない酒だ。
大使館に入ったベヴァンは、たいそうなもてなしを受けた。この国では通常食べることができないような東の国の高級料理に驚き、興味を示し、食材について語り、その食材がどのように生産されるかを聞き……そう、ガレスたちはこれまでの数週間の付き合いからベヴァンが興味を示しそうな話題を焦点化して集中的に話をし、気分をよくさせて、とっておきの酒を飲ませた。文官は酒を飲むこともためらうほどの激務である。特にここ数週間、ガレスたちの担当だったベヴァンには酒を飲む余裕などなかったはず。疲れた心に優しくささやき、酒で口をなめらかにさせ、ガレスたちは欲しい情報を引き出したのだ。
「その精霊は、いまどこにいらっしゃるのでしょうか?」
「それがわかったらぁ、僕がぁ、お願いにぃ、行ってますってぇ!」
「そうですよねえ。ベヴァン殿、我らの顧問となってはいただけないでしょうか?」
「ああ、いいっすよぉ~」
ガレスが目配せすると、部下の一人がペンと契約書を持ってきた。
「では、この契約書にサインを」
「いいよ~」
何も読まずにさらさらとサインしたその書類を、翌朝、ひどい二日酔いの中で見たベヴァンがどれほど驚いたかは想像に難くない。そこには「農業顧問として高額で雇う代わりに、フィーンヒールクリスタルについて、そしてそれを生み出していた精霊について有益な情報を必ずもたらすこと」が明記され、「これが履行されない場合は死を持って償うこと」と定められていたから。
・・・・・・・・・・
ベヴァンがフィーンヒールクリスタルの存在を東の国の使節団に漏らしたという情報は、龍の騎士団にいたディアミドの元に届けられた。どういうことかと国王に説明を求めたディアミドは、国王に土下座された。
「農業バカの中堅文官だったベヴァンという男が、自分の正義感だけで突っ走った。あの『フィーンヒールクリスタル』の効能については知っていたが、どうやって作られていたかは知らされていない地位の者でな。あれをどうやって広めようかとそればかり考えていたようだ」
「で、そいつは今どこにいるのですか?」
「辞職したと産業部長から報告があったので、話を聞くために家に人を向かわせたが、誰も出なかった」
「よくないですね」
ディアミドは眉間に皺を寄せていった。
「文官の地位を失えば王城には入れないでしょうが、かえって自由に動けるようになってしまっています」
「確かに、そうだな」
「アシュリーンが関係していることは知らないのですね?」
「ああ、それを知るのはごく一部の人間だけだ」
「分かりました。ベヴァンでしたか、その男には監視を付けて動きを探らせてください。俺は父と交代で邸を守ります」
「本っ当に申し訳ない!」
「いえ、国民全員がアシュリーンのことを知らせたとしても、アシュリーンを攫おうとする者はいるでしょうから」
「すぐに監視を付け、ベヴァンの居場所も掴む。何か分かったら必ず知らせると約束しよう」
「約束、守ってくださいね?」
「も、もちろんだ!」
ディアミドの圧のある笑顔に国王は震え上がったが、我に帰ると急いで監視の手配を命じた。
ディアミドはそのまま帰宅した。突然邸に戻ってきたディアミドにアシュリーンは驚いたが、こういう時はだいたいよくないことがあった時だと学習している。
「何があったんですか?」
「アシュリーンのクリスタルがどうやって作られているのかも分からないまま、東の国の使節団に『フィーンヒールクリスタル』として紹介してしまった奴がいるらしい」
「調べられたら私だと分かる可能性がある、ということですか?」
「そうだ。だから今まで以上に用心してほしい。東の国は悪い国ではないが、ここ数年農作物の生産量が落ち込んで困っているらしい。あのクリスタルの秘密が暴かれれば、間違いなくアシュリーンを狙ってくるだろう」
ブライアンを抱く腕に、知らず、力が入る。
「緊急事態なんだ。父さんと俺で交代してアシュリーンを守る。出仕もしなくていいようにしてきた。何、心配するな、俺がいるから」
「ディーやお義父様が守ってくれることについては心配していないわ」
「じゃ、その浮かない顔は?」
「私にできることは何なんだろうって……私はいつも守ってもらってばかりで……」
「そんなことはない。アシュリーンがいなかったらブライアンも生まれなかった。アシュリーンが来てから、俺の心も安定した。アシュリーンなしには、この邸はもう立ちゆかないんだ」
「本当に?」
「ああ。クリスタルをどう生産していくか、どう管理するかについては並行して議論されている。そうなったらきっとアシュリーンは毎日大忙しになって、俺のことなど相手にしてくれなくなるのだろうな」
「そんなことないわ、ディーは私のた……」
「アシュリーンの? た? 続きは?」
「も、もう、ディーのバカ!」
ブライアンを抱いたまま玄関先から部屋に戻ってしまったアシュリーンの顔は、確かに赤かった。
「続きが聞きたかったなあ」
ディアミドのつぶやきに、その場に控えていた使用人たちが一斉に大きく頷く。
「だが、お前たちは聞いてはいけないんだぞ?」
「どうしてですか?」
執事の一人がディアミドに尋ねた。
「我々は若様と花嫁様のお2人を見ていると、本当に幸せな気持ちになるのです!」
「そうです!」
「我らから幸せな時間を奪わないでください!」
ディアミドはくちをぽかんと開けたまま、しばらく動けなかった。
「お前たち、俺とアシュリーンを見て、目の保養だとでも思っているのか?」
「「「はいっ!!」」」
なんだか怒る気力も湧かない。
「そ、そうなのか」
「「「はいっ!」」」
あまりにも当然のことのように言われたディアミドが、顔を赤くして「俺は知らん」といいながら、アシュリーン同様自室に逃げていった。
「若様、こういう時はかわいいよね」
「花嫁様が来る前は、もっとピリピリしていたのにな」
「ああ、あの2人が並んだ姿は、永久保存したい」
「「分かる~」」
盛り上がって周囲が見えなくなっている3人に、モーガンから雷が落とされるのは、あと3分後のことである。
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