34 東の国の農業視察団
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東の国から農業生産の研修に来ていた官僚の一行は、不思議な話を耳にした。
「西にあるシアル領ではブドウの栽培に成功し、ワインの醸造をするようになったんです」
そう教えてくれた農業部門の文官ベヴァンに、東の国の官僚であるガレスは驚いた。
「貴国の西の領地と言えば、不毛の大地と呼ばれていた所ではなかったか?」
「はい、ですが肥料ともなる鉱物が広まりましてね」
「そ、それを是非見せていただきたい!」
「上に確認してお見せしますね」
ベヴァンの言葉に、ガレスは大いなる期待を寄せていた。シアル領は乾燥気味の土地だということだったから、どちらかと言えば乾燥した水はけのよい土を好むブドウの栽培ならチャレンジすることができたのだろう。
だが同時にガレスは思いだした。シアル領は年間降水量も10㎜もないと聞いたことがある。灌漑が進んだのだろうかとも考えたが、肥料となる鉱物という物が手に入れば、東の国の乾燥地帯にも使えるかもしれないと思うと、何とか手に入れられないかと、他の官僚たちと話し合っていた時だった。
「ガレス殿。宰相がお話ししたいとのことです。急ではありますが、ご同行願えますか?」
いつも対応してくれていた農業部門の文官ベヴァンではない。宰相付きの文官だというその男には、有無を言わせぬ気迫があった。
「ガレス殿?」
「分かりました、すぐに参ります」
支度をするガレスに、同僚が声を掛けた。
「もしかしたら、肥料となる鉱物を分けてもらえるのではないか?」
「そういう話だといいな」
期待に胸を膨らませて出向いた宰相からは、ガレスは思いがけない言葉を掛けられることになった。
「……つまり、その肥料となる鉱物は、毒であったと?」
「一種の毒、と言えばよいだろうか。一時的に生産性を高める効果はあったのだが、5年でその地の全てを吸い尽くし、2度と農業ができない土地になってしまったという報告が最近上がったのだ」
「そんな!」
「いつも担当させているベヴァンの所にはまだその情報が回っていなかったようで……期待させるようなことを伝えてしまい申し訳ない。そういうことで、その鉱物のことは忘れてくれないだろうか?」
「毒と言われたら、使えませんからね……」
「そういうわけで、シアル領は今、その毒をどうやって抜くか苦労しているところで、とてもではないが視察は許可できない。そちらと同じく年間降水量が1000㎜に届かない土地を案内させるので、しばらく待ってもらえないだろうか?」
疑問形だが、これは事実上の命令だ。
「ご配慮、感謝いたします」
逗留先に戻ったガレスを、仲間たちが首を長くして待っていた。
「どうだった? 鉱物を譲ってもらえそうか?」
「それがな、一時的な生産性の上昇には繋がったが、汚染されてしまい農業が営めない土地になったので紹介できないという話だったんだ」
「なんだ、残念だな」
「だがな、変だと思わないか?」
「何が変なんだ?」
「これまでベヴァンという文官が全て対応していただろう? ベヴァンは下っ端じゃない。それなのに、突然ベヴァンが担当から外れ、シアル領への視察も却下されたんだ」
「まさか、何か隠そうとしているということか?」
「可能性はある。調べないとな」
ガレスは数人の官僚に、市場でシアル領の噂を集めてくるようにと命じた。どこの国の人間も、隠されると暴きたくなるのは同じであるようだ。
・・・・・・・・・・
その頃、国王は頭を抱えていた。アシュリーンに無理をさせず、かつ国のためになるようにその力を使わせてもらうにはどうすればいいかと話し合っている最中にも関わらず、東の国からやってきた農業視察団にアシュリーンのクリスタルの話をしてしまったという報告が上がったのだ。
ベヴァンは中堅文官である。農業技術だけでなく政策についてもそれなりの知見があり、東の国の応対役として不足のない人物の筈だった。何なら、これがうまくいったら昇格を考えていた人物である。そのベヴァンが、国家機密級の情報を漏洩したのだ。
「フィーンヒールクリスタルのことは、シアル領の者なら誰もが知っている事実です!」
ベヴァンは、そう抗議したらしい。だが、国王と宰相がベヴァンを黙らせた。
「そのクリスタルがどうやって生産されているのか、お前は知っているのか?」
「取り潰されたフィーンヒール家が制作していたと聞いていますが」
「そうではない。フィーンヒール家には横領だけでなく、精霊を不当に捕らえ、虐待していた罪もあった。精霊から無理矢理搾り取った力を閉じ込めたものが、あのフィーンヒールクリスタルだったのだ」
「では、もう手に入らないということなのでしょうか?」
「お前は、犠牲を前提としたものを使うのか?」
「一人が犠牲になることで最大公約数が幸福になれるのなら、犠牲になるべきだと考えます」
「では、お前の命を削ってクリスタルを作るか?」
「え?」
「誰かを犠牲にするのは当然というのなら、お前を犠牲にしてもよいということになる」
「そ、それは……」
「自分は嫌だが他の誰かが犠牲になるのは多くの民のために当たり前のことだというお前の考えは極めて危険だ。よって、ベヴァン。お前を今回の応対役から外し、本件は宰相直轄案件とする」
「お待ちください」
「命令に従えぬか?」
「そうではありません、あのクリスタルが手に入らなければ、この国の農業は、シアル領のブドウがなかったら、精霊教会に納めるワインはどうするのですか!」
「アテはあるのだ。ただ、お前の言うとおり、犠牲を払うことに違いはない。だから、無理のない範囲で、できるだけ細く長く継続してもらうために、クリスタルの分量や配給先を検討している」
「農業以外にも、ということですか?」
「医療分野でも使えるらしい。人でも大地でも植物でも、その傷を癒やすというものらしいからな」
「そんな! 農業こそが最も重要な政策なのに!」
「お前が重農主義であることは知っている。だが、命に関わることだからな、農業だけという訳にはいかないのだ」
「民を見殺しにするのですか?」
「ベヴァン、控えよ。陛下に対する言葉としては聞き捨てならんぞ」
「私も、農業文官としての誇りがあります!」
国王は大きなため息をついた。
「お前が農業バカだと知っていたが、周囲への配慮を失うほどの愚か者だとは思わなかった。残念だよ、ベヴァン」
「陛下?」
「お前を中級文官から降格し、一般文官とする。もう一度やり直せ」
「陛下! どうかお考え直しください!」
近衛兵に引きずられるようにして産業部の農業課に放り投げられたベヴァンは、深く宰相と国王を恨んだ。彼らが利権を独占しようとしていると思い込んだのだ。
絶対に許さない。真相を暴いてやる。
降格処分に納得がいかないからと辞表をその場で書いて産業部の部長にたたきつけた。そのまま私物を全て持つと、都の隅にある小さな家に戻った。数日引きこもっていたが、もう食糧も尽きてしまう。仕方なく夕食を買いに夜市に出た。夜市は飲食店街のようなものだ。たっぷりのローストビーフとレタスを挟んだコッペパンを2つ買って帰宅しようとした時、ガレスの部下たちが歩いているのを見かけた。
「おや、ベヴァン殿。役を外れたとか、何かあったのですか?」
「いえ、少々面白くないことがありまして、文官を辞めたのです」
「我々に問題が?」
「いえ、上に不満がありまして、辞職したのです」
「なんと! 一体何があったのです!」
「鉱物肥料の件でお叱りを受けたのです」
「あの、シアル領の?」
官僚たちが目配せした。
「逗留先の大使館でお話を伺いましょう。ああ、お食事も一緒にいかがですか? お持ちの物は明日の朝食にすればよろしでしょう」
「ええ、そうですね」
ベヴァンは、東の国の視察団が宿泊している東の国の大使館に入り、翌朝になっても帰宅しなかったのだった。
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