33 農業が先か 医療が先か
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北の国にあった「黒龍研究所」が廃止されたという話は、国王から直接聞かされたらしい。ディアミドは「対策が遅いんだよ」と文句を言っていたが、邸の警備など様々な面でアシュリーンとブライアンの安全態勢に問題があることも承知している。
フランはあの後すぐに精霊教会領に戻っていったが、デュラッハと図書館長の連名で「大変な事があったようで」と心配する文書が届いた。もっとも、その文面は「アシュリーンを危険にさらすとは何事だ? あ? なんならこっちで預かろうか?」という内容であることを、ディアミドは正確に読み取っている。
「ったく、アシュリーンのことになるとみんな過保護になる」
「あら、助けを求めても誰も助けてくれなかった時のことを考えたら、幸せよ」
「アシュリーン……」
そうだった。精霊の指輪でトマスに隷属させられ、精霊の足輪で自由を拘束された上に力を搾り取られ続けたアシュリーンは、どれだけ助けを願っても誰も助けに来なかったのだ。あの苦しみを知っているからこそ、アシュリーンは自分を助けようとしてくれる人がいること、そしてそんな人たちが何人もいることに感謝している。
「助けてくれる人が多ければ多いほど、ブライアンも守れるのだもの。悪い話ではないのよ」
「分かっている。分かっているんだが……」
「なあに?」
「アシュリーンが頼る先は、俺だけであってほしいと思うんだ」
ディアミドの拗ねたような表情を見て、アシュリーンはクスクスと笑った。そして、腕に中にいるブライアンに言った。
「お父様はどうやら、自分が一番でないと面白くないようですよ?」
「なっ!」
「あら、事実でしょう?」
「……」
「ほら、否定できない。ブライアンは体は赤ちゃんだけど、しっかりとした知性を持っているのだから、呆れられるわよ?」
「いや、ブライアンなら父さんの気持ちも分かるよな?」
ブライアンが、赤ちゃんにはあり得ない。にやりとした笑みを見せた。生まれたあの日以来、ブライアンの声が聞こえることはない。おそらくブライアンが自制しているのだろう。「普通」の親子らしくあろうと、ブライアンも努力しているのだ。
「今はネイリウスも、先手必勝で動くことを意識して、いつも近くにいてくれるわ。何かあったら対抗するのではなくて、安全な場所に逃げるって言っているもの」
「それが一番だな。ネイリウスとやり合って勝てるとは思えないが、北の国には精霊封じの術があった。あれが広まるのはまずいだろう」
「北の国はどうして精霊封じなんてものを作ったのかしら?」
「どうやら黒龍研究所の成果の1つらしい。黒龍を捕獲するために作った術を実験的に使った結果、精霊の動きを止めることに成功したという話だ」
「黒龍は今、どこにいるのかしらね」
「さあ。あの湖の底にいるかもしれないし、空の上の黒雲の上にいるかもしれない。100年くらい前までは、あの湖に行けば顔を出していたようなんだが」
「そう。私、1度は会ってみたいわ」
「その機会があったらな」
今、ディアミドは機嫌がいい。アシュリーンは今がチャンスかも知れないと考え、ディアミドにずっと考えていたことを話すことにした。
「あのね、ディー。大事な話があるんだけど」
「どうした?」
「私、自分の力をため込んだクリスタルで命を繋ぐことができたでしょう? 今まであの人たちが農業分野で私の力を使っていたけれど、医療の分野でも使えると思うの。だから、ブライアンの離乳食が始まったら……」
「ちょっと待て。まだだ。まだクリスタルに力を込められないのだろう?」
「で、でも」
「アシュリーンが春の精霊として、この国の民に尽くしたいという気持ちはありがたい。陛下もそう言っている。だが、どの分野にどうやってそれを配分するかというのは、大きな問題なんだ」
「どうして? みんなほしがるのではないの?」
「ほしがるからこそ、さ。農業分野でアシュリーンのクリスタルを使っていた者は、あれがないと農業ができないと言っている。だが、考えてほしい。アシュリーンのように力を人間に分け与えたいと思う春の精霊ばかりではないだろう?」
「私がいるのだからいいじゃない」
「いや、アシュリーンに頼り切りになった時、この国はアシュリーンなしでは生活できない国になる。もしアシュリーンがこの国を出たくなったら? アシュリーンに万が一の事があったら? アシュリーンがいなくなったことで、この国が混乱し滅びることになる」
「そんな……」
「だから、アシュリーンに頼りすぎずにアシュリーンの力を上手く利用させてもらう方法を、今、陛下たちが考えている」
「特に力を入れる予定なのは、どんな分野か分かる?」
「農業は食糧生産にも関わるから外せない。医療分野も同じ。騎士団も死亡率を下げるために必要だと言っているが、転用の可能性があるからと陛下は迷っている」
「転用って……」
「あの光で目くらましにすることもできる。力そのものを何らかの攻撃に使えないか研究する奴らもいるかもしれない。だから、陛下が国王の名の下に、使用制限を掛ける。分かってくれるか」
「もしかして、私をまた攫おうとする人が出るかもしれないの?」
「それもある。アシュリーンが、みんなの役に立ちたいと思う気持ちはよく分かる。だから、もう少し待っていてほしいんだ。全ての人にとって最善という策はない。だが、最大多数が幸福になれるやり方を、アシュリーンが本格的に動けるようになる前に考えているんだ」
「分かったわ」
「納得はしていないが、理解はしてくれたんだな」
「お見通しね」
「大丈夫、アシュリーンはよくやってくれている。こうして今一緒に話せることが奇跡なんだから」
アシュリーンは1つため息をついた。自分には学がない。ドラガン家の邸に来てから勉強を続けているが、いつまでやっても先を見通せるようになれない。
そうか、とアシュリーンは気づいた。勉強する目的は、ただ知識を得ることではない。得た知識を使って、未来を切り開くための術を身につけることなのだと。勉強させない親は、つまり、子どもが自分の力で生きていけないように、親や指示する人間の言うことだけをおとなしく聞いて行動するように仕向けているのだ。
既にブライアンには知性がある。知識もあるようだ。それをよい方向に使うために、ブライアンと一緒に勉強しよう、とアシュリーンは思った。
でも、きっと、ブライアンの方がいろんなことを知っているのでしょうね。
知性を持って生まれてしまった子が、これからどうやって成長するのか、それは全く分からない。分からないからこそ、手探りで1つずつ丁寧に育てていこう、とアシュリーンは決意を新たにした。
「いつか、ディーをぎゃふんと言わせてやるわ!」
「ああ、楽しみにしている」
なんだかんだ言って、自分に激甘な旦那様の傍で、アシュリーンはこれも幸福な悩みなのだな、と思った。
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