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龍の騎士団長の花嫁は、1年後に死ぬことになっている【連載版】  作者: 香田紗季


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32 龍と精霊の子

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 眠るブライアンを見つめるアシュリーン。そんな二人を見つめるディアミドとアルヴィン。幸せな家族の肖像画が、そこにあった。アルヴィンなどはアシュリーンが生きていると聞き、急ぎ部屋にやってくると、「よかった、よかった」とアシュリーンの手を握りながらボロボロと泣き崩れた。


「父さん、泣きすぎだ」

「だって、花嫁が初めて生き残れたんだぞ? やっとドラガン家に生まれた者が『母』を持てる。何より、可愛い義娘が死ななかったんだ、こんなうれしいことはないだろうが!」


 アルヴィンの胸には、心の底から愛したティーガンを守れなかったことへの悔恨が今も深く根を張っている。その気持ちに流された結果、ディアミドと距離ができていたのも事実。ドラガン家の男は、アシュリーンという扇の要を失ったら、またバラバラになってしまうはず。


 アシュリーンは、自分がそんなごたいそうなものだとは思っていない。ただ、家族と呼ばれる人たちに囲まれ、優しい使用人たちに守られ、毎日が幸せだと感じているだけだ。


「そう言えば、この子が生まれる時には呼べってネイリウスに言われていたのに、すっかり忘れていたわ」

「まずいな、機嫌を悪くしそうだ。すぐにでも声を掛けた方がいい」


 ディアミドの許可を取り、アシュリーンは体内にある水を感じながら呼びかける。


(ネイリウス? 聞こえる? 生まれたわよ。それに、私も生きているわ)


 次の瞬間、アシュリーンのベッドサイドに置かれた水差しが跳ね上がった。警戒するディアミドとアルヴィンの前に、透き通った水色の髪とロイヤルブルーの瞳の精霊が出現した。


『生まれたのか!』

「ネイリウス、慌てすぎよ。今朝生まれたの」


 夜明けに出産して、一眠りし、今はまもなく日が沈もうという時間だ。


「ごめんなさい、陣痛が痛くて、ネイリウスに連絡するのをすっかり忘れてしまったの」

『いや、それより、本当に生きられたんだな』

「ありがとう、心配していてくれたのね」

『当然だろう!』


 ネイリウスと初対面のアルヴィンは、水の精霊の出現に、そしてそれを驚かないディアミドに驚いている。


「ネイリウスは、言うなればアシュリーンの兄とも言うべき存在なんだよ、父さん」

「そうね、心配性のお兄ちゃんと言えばいいかしら」

『兄……兄か、うん、悪くはないな』


 アシュリーンは、ディアミドを見た。分かった、とディアミドが頷く。ディアミドはブライアンを抱き上げると、ネイリウスに手渡した。


「この子が新たな龍の子、ブライアンだ」

『ブライアン……高貴な者、か。いい名ではないか』


 直後にブライアンがカッと目を見開いた。ディアミドとアルヴィンも、それだけでなくネイリウスも目が変わった。


「どうしたの?」

「よくない者が邸に入った」

「!」

「おそらく、例の人たちだろう。懲りない奴だ」

『我はアシュリーンとこの子を隠蔽しよう』

「助かる。父さん、行こう」

「水の精霊様、どうか義娘と孫をよろしくお願いいたします」

『ああ、任せよ。何せ兄であり、伯父であるからな』


 ディアミドがにやりと笑った。


「待っていてくれ」

「気を付けてね」


 ディアミドはアシュリーンとブライアンの額にキスをすると、アルヴィンと一緒に部屋を出て行った。


『大切にされていたようだな』

「うん。それに、このクリスタルにも助けてもらったわ」

『中に入っていたのはお前の力だろう?』

「でも、私の体にはあんなにたくさん貯められなかったわ」

『これまで、精霊の力を他に移して使ったことはないだろう。アシュリーン、お前は精霊の力を、精霊がいない場所でも使えるようにした最初の精霊ということになる。さらに龍の子まで産める強さを持った。これから先も、お前は狙われ続けるだろう。龍の子が傍にいればいいが、この小さき龍の子が力を使えるようになるまでは、お前たち2人を守ってやろう』

「私はうれしいけれど、ディーにも確認してね」

『あれの嫉妬は激しいからな、分かった、ちゃんと本人に話を通そう……っ!』


 ネイリウスの目が険しくなった。


『来たぞ』


 窓の外から何かの気配がする。


『ん?』


 ネイリウスが訝しげな顔をした。アシュリーンはまだ起き上がれぬ体を横たえたまま、ネイリウスの服の袖を掴んだ。


「最悪の場合は、その子だけでも」

『駄目だ! 我はアシュリーンとブライアン、2人とも助けると決めたのだから。それに、必ず守ると龍の子たちに約束したのだから』


 『隠蔽』により、アシュリーンたちの存在は誰にも見えないはず。だが、このベッドに何か仕掛けてくるかも知れない。ネイリウスはブライアンをアシュリーンに渡すと、アシュリーンごとベッドから抱き上げ、部屋の隅に身を寄せた。


『嫌な気配がするな。まるで』

「精霊の指輪のような?」


 ネイリウスが頷いた。それは、アシュリーンにも感じられる。精霊の指輪に隷属させられた時のことを思い出すと、震えが止まらなくなる。


『奴らが何かをしようとする前に、水で息ができないようにしてやる!』


 アシュリーンの震えに気づいたネイリウスが、窓から様子を見ている者たちの様子を窺っている。


「で、龍の子が生まれたのでしょう?」


 この声は、グラディス王女で間違いない。


「はい。ですが、この国では7日間は母子との面会をさせないことになっています。衛生上の理由です」


 ディアミドが説明しているのが聞こえる。


「でもね、わたくしの国ではそうではないの。わたくしの国の流儀を受け入れなさい」

「お断りすると言っているだろう!」

「黙りなさい!」

「黙れ!」


 龍の姿にはなっていないが、ディアミドはグラディス王女の首を掴んで持ち上げた。キースが剣先をディアミドに向けた。


「王女様! 貴様、宣戦布告する気か?」

「俺一人でも、北の国の軍など追い払える。このまま王女をぶら下げて北の国を滅ぼしに行こうか?」

「ひ、一人でなど……」

「忘れたか? かつて我が国の王女を娶りながら虐待した南の国を滅ぼしたのは、俺だぞ」

「噂は本当だったのか?」

「南の国にいる赤龍は姿を現さなかった、それは、赤龍があの国を守るべき対象とは見なしていなかったということさ。黒龍が北の国からこの国に移ったわけではない。黒龍の子がここにいるだけ。どうしてその違いが分からない?」

「クククッ」


 突然キースが笑い出した。


「素晴らしい、素晴らしいぞ!」


 ディアミドがキースを見た。狂ったような目をしている。


「さあ、お前たち、『燃やせ』」


 ゆらりと空気が動いた。周りが火の海となる。驚いたディアミドが王女を離すと、キースは王女を抱き上げた。


『まずいな』


 ネイリウスの言葉に、アシュリーンは首を傾げた。


『あいつ、下級だが火の精霊と契約しているようだ。我がここにいることも織り込み済みなのだろう。水は火に強い。火で燃えないところに我らがいると気づかれてしまう』

「一旦、場所を移しましょう!」

「そこか!」


 キースの目が真っ直ぐにこちらを見た。


「ネイリウス、逃げろ!」

「逃がすな!」


 火が、ネイリウスの水の壁の周りを燃やしている。


『くっ、水を蒸発させて我らをあぶり出そうとしているのか!』


 どうしよう、どうしよう。


 アシュリーンはブライアンを抱きしめた。


「水の精霊も春の精霊もほしいところですが、今、私が一番にほしいのは、生まれたばかりの龍の子でね。それさえ引き渡してくれれば、すぐに立ち去ります」

「子龍狙いだったのか!」

「ええ。王女様はあなたに未練があるようですが、私は龍の子を思い通りに育て上げ、私のために働く右腕としたいのですよ。大人になってからでは難しいでしょうが、まだ赤ん坊ですからね、『教育』のしがいがありますよ」

「ふざけるな、どこに子を手放す親がいる!」

「この世界には、生きるために子を手放す親はたくさんいるのですよ。育児放棄もありますからね」


 一瞬、ディアミドの勢いがたじろいだが、龍化して彼らをつまみ出そうとしたその時、アシュリーンはネイリウスの長い水色の髪に、火がつきそうなのに気づいた。


「ネイリウス!」

『すまない、どうやらここから飛び出せないように、何か仕掛けられたらしい。窓の外にいる奴らだな』


 その時だった。


(フランを呼んで!)


 この声は、ブライアンを産み落とす直前に聞こえた声。


「ブライアン?」

(早く! フランを呼んで!)


 なぜブライアンと意思の疎通ができるのか?

 なぜブライアンがフランのことを知っているのか?


 アシュリーンが身動きできずにいる間に、ネイリウスの髪の毛に火がついた。


『ああっ』


 ネイリウスの術が解けた。ディアミドが炎を跳び越えて、アシュリーンとブライアンを火から守るように抱きかかえた。


「大丈夫か、アシュリーン? ブライアンは?」

「大丈夫、でも、ネイリウスが」


 アシュリーンの目から見ても、ネイリウスは苦しそうだ。アシュリーンは決めた。


「フラン! 助けて!」


 ここには精霊が起こした火がある。火を通して、フランに呼びかけた。


「あなたの眷属に攻撃されているの! 助けて」


 窓の外にいた者が、ぎゃあ、と叫んだのが聞こえた。


『雑魚どもが、我に刃向かうか?』


 小さな火の精霊が、狼狽したように動き回っている。


『小さき者よ。火を消せ』

「駄目だ、私の言うことを聞け!」

『お前は黙っていろ!』


 小さな火の精霊が、キースに投げつけられた。


「止めろ、お前の主だぞ!」

『小さき者が偉大な者の名に背けると思っているのか?』


 フラン。精霊教会所属のデュラッハと契約した火の精霊。フランの命令に従い、小さな火の精霊は部屋に放った火を鎮め、キースに火の玉の形でしがみついている。


「熱い、止めろ!」

『止めるな』


 キースがぎゃあと叫びながら窓の外にぶつかった。この部屋は3階にある。そのまま下にドサリ、と重いものが落ちる音がした。グラディス王女は、床に転がったままだ。


『大丈夫か、春の娘、それにネイリウスも』

「俺のことは二の次か」

『お前はもっと上手くやる必要があった。不合格だ』

「う……」

『もっとも、それはネイリウスにも言えることだ。外の奴らは、その中に居る精霊の移動を阻害する術を掛けていた。我は外から来たし、火で物理的に壊したから入れたが、ああなる間に逃げるべきだったぞ』

『それは……面目ない』

「ネイリウス? 大丈夫?」

『大分やられているな』

(クリスタルを、ネイリウスにあげて!)


再びブライアンの声が聞こえた。


「クリスタルをネイリウスに渡せって、ブライアンが」

『その手があったな! 龍の子よ、ネイリウスを助けてやってくれ』

「わ、分かった!」


 ディアミドが箱の中から、アシュリーンの力を込めたクリスタルをいくつか持ってくると、ネイリウスに握らせた。パアーッと金色の光が広がると、ネイリウスに向かって力が流れ込んでいくのが見えた。ネイリウスの目が開いた。


「ネイリウス? 大丈夫?」

『アシュリーン……子は……ブライアンは…守れたか?』

「ええ、大丈夫よ。それに、ブライアンがあなたを助ける方法を教えてくれたの」

『この小さな龍の子が、か?』


 ネイリウスとフランがブライアンをのぞき込むと、ブライアンがじっと2体の精霊を見上げている。


『春の娘よ。これはまた、たいしたものだな』


 フランの言葉に、ネイリウスも頷いた。


『黒龍の子でもあり、精霊の子でもあるブライアン。お前は知性を持って生まれたのだな』

「知性を持って生まれたって?」

『体は赤子だが、既に我ら同様に物事を理解している。龍の知識も、春の妖精の知識も、お前たちの記憶を通して全て既に知っているようだ』

『末恐ろしいことだ。精霊王にも報告せねば』


 ブライアンがネイリウスとフランにその小さな手を伸ばした。


(僕は、化け物なの?)

『違う。ブライアン、お前は特別な子だ』

『そうだ。お前が正しく人と精霊を導けば、世界は幸福で満たされるだろう』

(本当に? 僕、生まれてよかったの? 父様や母様の言うことを聞いて、母様の力を残したから、僕は母様に甘えてもいいの?)

『ああ、いいんだよ』


 聞こえるはずのないブライアンの声がアシュリーンに聞こえる。どうやらディアミドにも聞こえたようだ。


「父様と母様は、お前をずっと待っていたんだ。だから、心配しなくていい。お前は母様にしっかり甘えなさい」

「ええ、そうよ、ブライアン。あなたは私たちの大切な子どもよ。特別なギフトを持って生まれたあなたには、最初は生きづらいかもしれない。けれども、母様はあなたがこの世界に、こうやって生まれた意味があるのだと信じているわ」

(うん、わかった)


 部屋にアルヴィンが飛び込んできた。


「4人とも捕縛した。あとは王女様だけだ」

「分かった。俺が捨ててくる」


 ディアミドが出て行った後、アルヴィンは火の精霊フランに挨拶した。


『久しぶりだな、アルヴィン』

「ええ、お久しぶりです」

「お義父様、フランと知り合いだったのですか?」

「いつだったか、火の中に飛び込んだらフランがいたんだよ」


 どうやら余り楽しくなさそうな話のようだ。


「そ、それ以上は聞くのを止めておきますね」

「ああ、そうだね」


 アシュリーンはディアミドが戻ってくるまで、ネイリウスとフランに守られた。もちろん、アルヴィンにも。ネイリウスは大分フランに絞られたようで、いろいろ鍛えると気合いを入れている。


 そうそう、ディアミドだが、王女たちからの密書によって、北の国の軍が国境で侵入のタイミングを窺っていたのを見つけ、その軍隊共々黒龍の羽根で遠くへ吹き飛ばした。グラディス王女は「やっぱり黒龍は素敵! 解剖したい!」と目をキラキラさせていたが、精神を病んだという理由で幽閉されたとのことだ。


読んでくださってありがとうございました。

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